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学園を放火しようとする闇堕ちした学年一の美少女をヤンデレヒロインに更生させるまで  作者: 野谷 海
第3章 芽吹く恋、燃える恋

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第26話 飛ぶ鳥跡を濁さず




「飛鳥先輩……落ち着いて話を整理しましょう。僕らっていつ結婚の約束なんてしましたっけ?」


「この前、車の中で春人は私のことが好きだって言ってくれたでしょう? だから私もそのお返事に好きって伝えた。あれって……プロポーズじゃなかったの?」


 思わず呆気にとられてしまったけれど、飛鳥先輩の顔の火照り具合から推察するに、これは彼女にとって至って真面目な問答らしい。


 僕はため息混じりに誤解を解こうとする。

「飛鳥先輩、あれは……」

「も、もしかしてあれは……嘘だったってこと……?」


 彼女の瞳へ急速に涙が溜まり始めた。


「う、嘘じゃありません! 好きか嫌いかの二択なら問答無用で好きです! でもそれは――」

 

 話し終わるのを待たずして、先輩は僕の声を遮ると食い気味に捲し立てる。

「良かった。じゃあ式の日取りはいつ頃がいいかしら? 春人は確か2月生まれよね? 18歳になるのは約2年後だから、いっそのこと春人のバースデー当日に結婚式を上げるのなんてどうかしら!? 春人の好みは和装と洋装どっち!?」


「先輩……お願いですから僕の話を聞いて下さい……」


 僕はその後、約1時間かけて飛鳥先輩の勘違いを正す為、念入りに説明した。



「――という訳なんですが、ご理解いただけましたか?」


「じゃ、じゃああれは結婚の約束ではなかったのね……ごめんなさい春人、私ったら、独りよがりの早とちりをしちゃってたみたいで……」


 先輩は見るからに気落ちしていた。


「僕こそすみませんでした……軽率だったかもしれません……」


「いいえ……そんなことないわ……やっぱり私が世間知らずだからいけないのよね……でもどうしよう、お母さんにあんな大言を吐いて出てきちゃったのに……」


「それは、素直に謝るしかないかと……必要なら僕も一緒に事情を説明します……でも、それだと余計に話をややこしくしちゃいますかね……」


「だけど……お見合いは嫌……」


「それも……ちゃんと話し合うべきなんじゃ……」


「だってお母さん、私がこういう話をするといつも聞きたくないって私と距離を置くの。この前の春人との初体験の話だって、私はちゃんと相談に乗って欲しかったのに『そんなので妊娠する筈ないでしょ馬鹿』って、ろくに話も聞いてくれないの。私は産婦人科に行こうか本気で悩んでいたのに……」


「飛鳥先輩……僕との初体験って、なんの話ですか?」


「……初めて会った日に屋上で、ほら、しちゃったでしょう? 私たち……」


 顔を真っ赤にさせて、彼女は一体何を言っているんだろうか。まさか本当にあんな些細なスキンシップを女性にとって貴重な初体験だと信じきって……そして母親に妊娠したかもしれないと相談をしたということだろうか。もしそうだとしたらこのおやゆび姫様は、僕の思っていた10倍、いや100倍は拗らせている。


「で、でも安心して? あれからすぐに生理がきたから……」


 安心なんて、できる訳ないでしょう……むしろ不安でいっぱいですよ。ご両親の苦労、お察しします。

 

「先輩、僕が学年トップの先輩に物を教えるなんておこがましいのは分かっていますが、これから少し授業をしてもいいでしょうか?」


「え、春人、どうしたのいきなり……?」


「これは飛鳥先輩の今後の人生において、とっても重要なお勉強です……」


「わ、分かったわ……」


 それから夕食までの時間をフルに使って、僕が知り得る保健体育の知識……そして勿論経験のない僕にでも分かる範囲でのそっち方面の用語を、先輩へ徹底的に叩き込んだ。


 体中を真っ赤に染めていた飛鳥先輩は、恥じらいからかプルプルと小刻みに体を震わせている。

 

「こ、こんなことを……みんな経験しているの? は、春人も、誰かとそういうこと、したことあるの……?」


「ざ、残念ながら僕も未経験です……それなのに偉そうに授業してすみません……」


 僕たちは叔母から夕飯が出来たと呼ばれるまで、互いに目を合わせることが出来なかった。でも、これで多少は彼女の世間知らずはマシになった筈だと、確かな達成感も感じていた僕だった。



 夕飯を食べ終えた僕達は順番にお風呂へ入ると、叔母が僕の部屋へ来客用の布団を持ってきた。


「ねえ叔母さん、本当に飛鳥先輩をここで寝かせる気?」


「なに? 飛鳥になんかする度胸なんてあんたにあんの?」


「そういう問題じゃないと思うんだけど……」


「まぁ私も理解ある大人だから、そういうことをするなとは言わない。でも、やるならちゃんとゴムつけろよ?」


 先輩は布団を敷きながらキョトンとした顔で尋ねる。

「ねぇ春人、ゴムってなんのこと?」


「ね、寝癖がついちゃうかもしれないんで、寝る時ヘアゴムとか使いますか!?」


「そっちのほうが跡が残るんじゃないかしら……」


 叔母はニヤニヤと悪い大人のような表情を浮かべる。

「飛鳥ぁ……ゴムっていうのはね……」


「叔母さんはもう出てってよ!」


「はいはい、あとは若いお二人でどうぞごゆっくり〜」


 まるで旅館の中居さんのように正座をして扉を閉めようとする叔母を睨みつけると、能天気なオバさんは楽しそうに口元に手を当てながらオホホ〜とほくそ笑んでいた。


「もう、寝ましょうか……僕ちょっと疲れちゃいました」


「そうね……明日から休日なのに、私のせいで疲れさせちゃってごめんなさい……」


「ち、違いますよ! 飛鳥先輩のせいじゃありません!」


 ある程度距離を離して並べてはいたけれど、いざ布団の中へ入ると、やはり緊張して中々眠れない。


「春人、まだ起きてる?」


「お、起きてます」


「春人は私のこと、タイプじゃなかった?」


「なんでそんなこと聞くんです?」


「だって……あれだけ好きにしていいって言ったのに、春人からは私に指一本触れてこようとしないから……」


「それは……対等な条件じゃありませんから。もしなんのしがらみもなく、僕と飛鳥先輩が互いに好き同士だったなら、僕は絶対我慢なんて出来ないと思います……それくらい先輩は、魅力的ですから……」


「そ、それって、もしも状況が整えば私とそういうこと、したいってことでいいのよね……?」


「そうですね……一応、僕も男なので……」


「そう……なのね。てっきり春人は雪乃ちゃんや夏樹ちゃんみたいな体型の子が好きなんだと思ってた」


「体型で言うなら、先輩がダントツで女性らしくて魅惑的だと思いますよ。これはあくまで僕の主観ですけど……」


「…………」


「ど、どうしました?」


「ご、ごめんなさい、ちょっと考え事をしていただけ……も、もう寝るわね……お休みなさい春人」


「は、はい……お休みなさい……」



 翌朝――僕が目を覚ますと、そこに飛鳥先輩の姿はなかった。


 綺麗に畳まれた布団が、昨夜の出来事は夢ではないと告げてはいたけど、いつもより殺風景に見えた僕の部屋は、普段よりも無駄に広く感じた。


 


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