第22話 擬死
長い連休も過ぎ去り、僕が朝の園芸部の活動を終えて一度部室へ寄ると、いつもならそこにない筈のものがあった。
――死体だ。
口から赤い血を流し、黒ずんだ床に横たわっていたことでやたらと白さが際立つそれは、まるで生気が感じられなかったけれど、紛れもない美少女だった。僕はこの人物を知っている。同じクラスで学年一の美貌を持つ――白雪姫こと冬月雪乃だ。
いったい誰がこんなことを…………決まっている――犯人は彼女自身だ。
「冬月さん、その床汚いよ……?」
「…………」
返事はない、まだ続けるようだ。
「僕、前に我慢できなくて、そこでおしっこしたことあるんだけど……」
さっきまで死体だったそれは、まるでキョンシーのように跳び起きた。
「あなたホントに最低ね! 犬よりタチの悪い粗相をするならオムツでも履きなさいよ! かれこれ20分くらいここで寝転がってしまったじゃない! もう今日はお風呂へ入りに一旦帰るわ! 制服も弁償してもらうわよ!」
「ごめん冬月さん、嘘だから……」
彼女は、だらーんと前に伸ばしていた両腕ごと、ガックリと肩を落とす。
「はぁ……この為に死体メイクまでしたのに……時間返してくれるんでしょうね!?」
相変わらず横暴だ。それに本来、擬死――つまり死んだふりとは動物が危険から身を守る為の行動の筈だけど、それを逆手にとって殺人の餌として使うだなんて。彼女が横たわっていた場所には、さっきまでは体で覆い隠していたであろうサバイバルナイフが落ちている。僕が慌てて駆け寄ったところをグサリ……という筋書きだったのか。
「とりあえず、顔拭いたら?」
「確実にここであなたを殺すつもりだったんだから、メイク落としなんて持ってきていないわよ……」
「じゃ、じゃあ僕のハンカチ使いなよ。水で濡らせばある程度は落ちるでしょ?」
僕がハンカチを手渡すと、彼女はバツが悪そうにそれを受け取り、メイクを落とし始めた。
「なんでこの部室には鏡のひとつもないの? 花守君、これちゃんと落ちてる?」
「うん……落ちてると思うけど……」
「そんな遠くからじゃ信用できないわ。もっとよく見て!」
そう言ってグッと距離を詰めてきた彼女の顔が近い……僕が慌てて顔を逸らすと、それに気付いた白雪姫も、さっきまでは青白かった顔を赤くさせて黙り込んだ。
「そ、そう言えばここでメイクしたんなら、自分の鏡持ってきてないの……?」
「家でメイクしたのよ……」
「え? じゃあその顔で登校してきたの!?」
「そうよ……誰にも見られないよう、2時間前にね……」
僕は堪えきれず、涙を流すほど大笑いしてしまった。
悔し恥ずかしといった表情の冬月さんは苦言を呈す。
「あなた……それ以上笑ったら殺すわよ……」
「ごめんごめん……もうこんな時間だし、そろそろ教室行こっか」
教室に向かっている最中に冬月さんは不思議そうに尋ねてきた。
「ところで、なぜ死んだふりだって分かったの?」
「だって、あの部室に入れるのは僕か飛鳥先輩だけだから、先輩がそんな事する筈ないし、冬月さんもあんなところで自殺する訳ないしね。どうせ先輩から鍵を借りたんだろうなって思ったんだ」
「あの一瞬でそれを判断するだなんて、あなたって意外と切れ者だったの?」
「まぁ、ちょっとはドキッとしちゃったけどね……生き返ってくれて良かったよ」
「フン……本当にお人好しね。そうやって誰にでもいい顔をしていたら、私以外からもいつか刺されることになるわよ?」
「別に……僕は誰にでもはしないよ」
冬月さんはジトっとした目つきで僕を睨む。
「飛鳥さんに膝枕されて、デレデレだったくせに……」
「えっ、見てたの……!?」
「そっちから勝手に私の目に映ってきたのよ。まぁ花守君が誰とイチャつこうが私には全く関係ないけれど、あなたはこのままじゃ死ぬのだから、今の内に学校の花壇だけでなく人間関係も綺麗にしておくことね」
「もしかして、機嫌悪い……?」
「自惚れないでくれる?」
「すみません……」
――こうして彼女とはギシギシ……いや、ギスギスしたままお昼を迎えてしまった。




