第21話 火花
僕が寝室に籠って心を落ち着かせていると、部屋の扉がノックされた。扉を開けると、そこには気まずそうに僕と目を合わせようとしない冬月さんが立っていた。
「もう大丈夫なの……?」
「うん。そろそろ戻ろうかと思ってたんだ」
「少し2人で話がしたいんだけど、いいかしら」
「ど、どうぞ……」
部屋へ通すと、冬月さんが地べたに座ったから、僕も目線を合わせるように向かい合って腰掛けた。
「花守先生から、あなたのことを全部聞いたわ。それでも私は……謝らないわよ」
「そっか……知らなかったんだから当然だよ」
「キャンプファイヤーの事だけじゃなくて……私があなたに焼身自殺での心中を持ちかけたことも、今までの事も全部……謝りはしないし、悪い事をしたとも思わない」
「もちろん。僕から持ち掛けたんだから、今まで謝って欲しいなんて思った事ないよ」
ようやく僕と目を合わせてくれた白雪姫は、珍しく自分語りを始めた。
「……私が焼身自殺にこだわる理由、言ってなかったわよね」
「そういえば、聞いてなかったね」
「あなたと真逆なの。私は火を見ると落ち着く。以前私の家へ来た時、食堂に暖炉があったでしょ? まだ幼かった頃、寒い冬の時期には亡くなった母とよくあの暖炉の前で身を寄せ合って温まっていた。だから、私は火を見ると大好きだった母を思い出すの」
「そうなんだ。本当に、僕とは真逆だね……お母さん、どうして亡くなっちゃったの?」
「病気よ」
「そっか……」
「私が病気になれば良かったのにって、今なら思うわ」
「そしたら、今度は僕が冬月さんの病気を引き受けるよ」
「それが出来たらどんなに良かったかしらね」
「まだ死にたい?」
「ええ、どうしようもないくらい。私のことはいいから、今は花守君の話を聞かせて」
「なんでも聞いてくれていいよ」
「あなたにとって最も憎いであろう行為を犯そうとする私を、殺したくはならないの?」
「ならない。生きてて欲しい」
「じゃあ疎ましく思ったり、憎しみの感情を抱いたりしないの?」
「うん」
「それはなぜ?」
「冬月さんが綺麗だから……かな。僕は初めて君を見た時、本当に心から美しいと思ったんだ。だから、憎みたくても憎めないのかもしれない」
「外見の話をしているのなら、あなたは本質を見誤っているわね。あなたも知っての通り、私は最低の性悪女よ。今まではずっと誰からも好かれるように猫を被って生きてきたけど、それをやめた途端、すぐに私から人は離れていったわ」
「そうだとしても、園芸部のみんなは冬月さんのこと、そんな風には思ってないよ。誰だって、少なからず裏の一面を持ってるんじゃないかな」
「また、私の話になってしまったわね。もしもこの先私が花守君を好きになったとしたら、こんな不安定な人間を支えられる自信はある?」
「どうだろ。でもこれだけ殺されかけても僕はまだ生きてるから、なんとか最悪のシナリオだけは回避できるかも」
「そう……まだ私にはあと78通りほど殺害計画が残っているけれど……」
「それでも僕は、君をヤンデレヒロインに更生させるまでは、死ねませんから……」
「なによそれ。私があなたにデレデレしている未来なんて想像もつかないわ」
「冬月さんが落ち着けるなら、その相手が僕じゃなくたっていいと思うんだ」
「それなら迷わず千秋君でお願いするわ。でも……ひとつ吉報があるとするなら、今は千秋君のことを思い出すよりも、あなたをどうやって殺そうか考えている時間の方が、ずっと多くなってる気がする……」
「じゃあ、一歩前進なのかな?」
「どうでしょうね。ただ殺意が募っているだけかもしれないけど」
冬月さんはこんな調子で僕を励ますでもなく、殺そうとするでもなく、ただただ雑談を続けた。僕にとっては下手に気を遣われるより、そっちの方が有難いとすら思えた。
「ねえ、ここでキャンプファイヤーしてもいいかしら?」
「どうやって? 火事になっちゃうよ」
「この世界で一番小さなキャンプファイヤーだから大丈夫よ」
そう言うと冬月さんは部屋の電気を消して、カチャカチャと音を立て始めた。ポワッとついた灯りは、ライターの火だった。このくらいの大きさなら発作も起こさずに僕も見ることが出来た。
その小さな炎をボーッと見つめながら、冬月さんはゆっくりと話し出す。
「昔の人はメラメラと飛び散る火を見て、美しさの象徴である花に喩えて“火花”と呼んだ。火と花は、一見相性が悪く共存なんて不可能かのようにも思えるけれど、人間の素晴らしき着眼点と想像力が、それを可能にした。知ってる? 英語では火花のこと、スパークって言うのよ? 日本だと電気のイメージが強いわよね……繊細で趣き深い日本だからこそ、生まれた言葉だと思わない?」
「……何が言いたいの?」
「あなたが一番嫌いなものと、一番好きなものは、表裏一体なのかもしれないってこと」
「もしかして、励まそうとしてくれてる?」
「どう捉えるかはあなた次第よ。私は自分の目的である花壇の花を燃やす口実が欲しかっただけ……」
冬月さんがどんな心境でこの素敵なレクリエーションを僕に披露してくれたのか――それは直接聞かずとも、答えは火を見るよりも明らかだった。彼女もまた、自分の好きなものを誰かと共有したかったんだ。それは彼女にとって――あるいは僕にとっても、更生への大きな一歩だと信じたい。
あとがき
ここまで『堕ちデレ』をご愛読下さいまして誠にありがとうございます。次回から3本続く特別編「拗らせ姫の農泊」を持ちまして、第2章が終了となります。
この作品は書いている私ですら、ぶっ飛んだラブコメだなぁと、つくづく思います。既に落とし所は決めてあるのですが、もし想定以上のお声をいただけたり、人気作になれば続編も書きたいと思えるほど愛着の湧く作品になりました。皆様のご感想を日々楽しみにしております。
この物語の続きが気になる、面白い、もっと癖強ヒロインとの絡みが見たいと思っていただけた方はぜひ、評価や小説のブックマークなど頂けると大変励みになります。
では、今後とも本作をどうぞ宜しくお願いします。




