モノローグ 花守春人の告白
僕は、今まで一度として自分を特別な人間だと思ったことはない。
都会に住んでいた頃も僕は、本当にどこにでもいる普通の高校生だった。少ないけど気の許せる友達もいたし、勉強も運動も人並み。ひとつ、みんなと決定的に違うところがあるとするなら、両親からは愛されていなかったことだろうか。
両親の関係は僕が中学生の頃までは良好で、毎年の結婚記念日には必ず2人で食事に出かけていた。そんな2人の様子がおかしくなっていったのは、僕が高校に入ってからだった。いつもは和やかに笑い合う声が僕の部屋まで届いていたくらいなのに……この頃から段々とそれはお互いを罵り合う声に変わっていった。
ある日、僕が学校から帰ると、リビングがぐちゃぐちゃに荒れていた。割れた食器やぽっきり折れた観葉植物、倒れたテーブルなどが散乱する我が家は、よもや泥棒に入られたと勘違いしてしまうほどだった。でもどうやらそれをしでかしたのは、この家の主である僕の父親だった。
部屋の隅でうなだれていた父に何があったのか尋ねると、「うるさい黙れ!」と、一喝されてしまう。結局その夜から、母は家に帰ってこなくなった。
それでも僕は今まで通り普通に学校へ通い続けた。でも父には、今まで通りの生活を送ることは難しかったようだ。いつもは仕事へ行く時間なのに、いつまでも寝ている。夜も、遅くまでお酒を浴びるように飲んでいる。そんな父の様子を見ていると、とうとう僕は気付いてしまった。僕と父は……母に捨てられたのだと。
2人での生活が始まると、父は毎日千円札をリビングのテーブルに置いてくれていた。僕はそれで昼と夜の食事を買い、自室に戻って父とは別々に食べた。そんな生活を半年も続けていると、流石にこれが普通ではないことも理解していた。最初は千円だった食費も、この頃にはワンコインに姿を変えていた。ほとんど毎日カップラーメンしか食べられなかったけど、いつか父が昔のように戻ってくれることを、僕にはただ待つことしか出来なかった。
それから、家に変な電話がかかってくるようになった。封筒に入った郵便も、毎日山のように届く。父は誰かからお金を借りているのだと、子供の僕にも分かった。僕は父に何が出来るだろうか、考えても一向に答えは出ない。僕が母の代わりになんて、なれる筈もないのだから。
――心の奥底では早く抜け出したいと思っていたその生活は、突然、終わりを迎えた。
眠りについていた僕は、季節は冬だというのに、真夏のような暑さで目を覚ます。しばらくの間、まるで現実を受け入れることができなかったけど、確かに家が燃えていた――その煙は2階にある僕の寝室にまでも入り込んできて、玄関へ向かおうにも階段から見える1階の様子は既に火の海だった。部屋の扉を閉めて、僕は布団にくるまった。すぐに窓を開けて助けを求めるべきだったんだろうけど、焦り過ぎて通常の思考ではなかったのだと、今になって思う。消防車の音で我に返った僕が窓から叫びを上げると、伸びてきた梯子で救出された。
出火の原因は、放火だった。
そしてその犯人は、父だった。
父は、僕と心中するつもりだったらしい。でも途中で飲んでいた睡眠薬が切れ目を覚ましてしまい、1階で眠っていた父は怖くなり僕を家に残して窓から逃げだしたのだと聞いた。もちろんこんな残酷な話をまだ子供の僕に警察が話した訳ではない。1日だけ検査入院した病院で、看護師さんの噂話を立ち聞きして分かった。
この真実を知っても、父がまだ生きていることを喜んでいる自分がいた。
それからは父とは一度も会っていない。火事の翌日には祖父と叔母が血相を変えて地方から迎えに来てくれ、今に至る。僕はあの火事以来、焚き火以上の大きな火を見ると息が出来なくなる。病院で診断された訳じゃないから分からないけど、ネットで症状を検索するとパニック障害と出てきた。
そんな大きさの火を見る機会なんて日常生活では決して多くないから病院にもいかず、祖父と叔母にも内緒にしていた。
――みんな心配してるかな……こんなことなら、正直に話して病院でちゃんと診て貰えば良かった。冬月さんに弱点を知られてしまったから、今度こそ本当に殺されてしまうかもしれない。何か対策を考えなくちゃ。
やっと落ち着いてきたから、もう少ししたらみんなのところへ戻ろう。




