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学園を放火しようとする闇堕ちした学年一の美少女をヤンデレヒロインに更生させるまで  作者: 野谷 海
第2章 おやゆび姫とねむり姫

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第19話 女殺しと寸鉄殺人




 

「じゃあ荷物置いたら早速作業頼むわね。私は美容院の予約の時間だからあと宜しくー!」


 叔母は颯爽と車に乗り去って行った。なんて無責任な引率教師だろうか……いつか教育委員会に抗議してやる。


「春人先輩、早く中入りましょうー?」


 僕を呼び込んだ夏樹ちゃんだけでなく、冬月さんも飛鳥先輩も、この異常事態になんら疑問を感じる素ぶりも見せていないのが不思議でならない。


 スタイリッシュで現代風な外観の家の中へ入ると、家具は最小限に抑えられていて、吹き吹けのリビングにある大きな窓からは広めの庭が一望できた。


 飛鳥さんはソファに荷物を置くと深く深呼吸をする。

「まるで新築みたい……私この新しいフローリングの匂い好きなの」


「それ分かります。僕ん家も今は畳なんで、憧れます」


「やっぱり気が合うのね。じゃあ私たちの新居はフローリングで決まりね……」


「すみません先輩、僕には引っ越しの予定はありません」


 ひと足先に2階の様子を見ていた冬月さんが、リビングから続く階段を下りながら僕たちに声をかける。

「イチャイチャしているところ申し訳ないけど……部屋割りはどうするの? 今見てきたら寝室が2部屋しか無いみたいだけど……」


「え……ベッドはいくつあったの?」


 あからさまに表情が暗くなる白雪姫。

「1部屋に2つずつよ……」


 あのオバさん……それくらい確認しといてよ。

「じゃ、じゃあ僕はこのソファで寝るよ!」


「駄目よ!!」

「ダメです!!」


 飛鳥先輩と夏樹ちゃんは同時に叫ぶと、2人で顔を見合わせていた。


「でも流石に女子と相部屋じゃ、僕も緊張しちゃって寝られないと思うから……」


「それって……今夜は寝かさないってこと……?」

「そ、そんなのもダメです!!」


 飛鳥さんがいつもの勘違いを始めると、夏樹ちゃんにも誤解を与えてしまい怖い顔を向けてきた。

 

「ち、違いますよ! 夏樹ちゃん、これいつもの飛鳥ジョークだから!」


 結局、かなりの重労働だったけど寝室からベッドを1つ移動させて3人部屋と1人部屋に分けた。そこそこ広い部屋を独占するのは気が引けたけど、こればっかりは倫理的に仕方がない。もし売れ残った叔母さんが帰ってきても……そんなの知らない。

 


 寝室に荷物を置いて体操服に着替えると、僕たちは畑へと繰り出した。農家の方が詳しい栽培方法の書かれたメモを残してくれていたから、みんなで協力して作業に取り掛かかる。3名の学園のお姫様が土にまみれて働く姿はなんとも新鮮で、悔しいことに一瞬でここに来てよかったと改心させられてしまう。


 昼過ぎから始めていた作業も、集中しているとあっという間に辺りは暗くなった。夕食には飛鳥先輩が、収穫した不格好な野菜を使用した料理を用意してくれた。旅館の娘さんなだけあって料理の腕もプロレベルで、ウチの叔母なんかよりも遥かに上の実力だった。


「お口に合うといいんだけど……」


「めちゃくちゃ美味しいです! 特にこの天ぷらなんて最高です!」


「良かった……これから毎日作るわね!」


「毎日天ぷらはちょっと……って、合宿は3日間ですよ?」


「だから……帰ってからも、この先ずっと……」


 この時は得意の愛想笑いで流したけど、そりゃあ僕だってこんな綺麗な人に毎日美味しいご飯を作って貰えたら素直に嬉しいし、舞い上がりそうにもなる。でも先輩が僕に優しいのは千秋の件があったからで、純粋な感情とはまた違う。こんな不純な優しさに慣れてはいけないと、頭をブンブンと振って冷静さを取り戻した。

 

「春人先輩……これあたしもお手伝いしました。食べてください!」


 寝室を分けてからなぜか不機嫌だった夏樹ちゃんが、ほうれん草のおひたしをつまんだ箸を僕の顔へ向ける。


「え、箸渡しはお行儀悪くない……?」


「違います! このまま食べてください!」


「ちょ、ちょっとそれは……」


「あたしだって、頑張りました……」


 涙目になる夏樹ちゃんを見て、僕が泣かせてしまったのかと不安になり、恥ずかしさはあったけど思い切ってバクっとそれに食いついた。

「う、うん、すごく美味しいよ!」


 僕の感想を聞くと彼女の表情がパッと晴れる。

「ホントですか!?」


 安堵する僕を横目に、冬月さんは憮然とした表情を浮かべながら会話には決して混ざろうとはせず、静かに食事に集中していた。



 ――そして僕が完全に油断しきった深夜、事件は起こる。


 詳しい時間は分からないけど夜も更けてきた頃、静かに僕の寝室の扉が開いた。叔母が帰ってきたのかと思い目を覚ました僕だったが……だとしたら静か過ぎる。


 幸せな普通の日常を過ごしたことですっかり忘れていた――僕は今、僕の命を狙う殺人鬼とひとつ屋根の下にいることを。


 僕が慌てて電気を点けると部屋の入口には、白いネグリジェに身を包んだ長く美しい銀髪の少女が……そして彼女の手に持つ包丁がキラリと光を反射する。まるでホラー映画のワンシーンだ。彼女は僕をここで殺し、タクシーでも使って町へ戻るつもりなのだろうか。


「冬月さん……一旦落ち着きませんか? ね、話し合おうよ?」


「私はいたって冷静よ……自分でも恐ろしいくらい。やっぱりこんなところ、来なきゃ良かったわ……」


「農業、つまらなかった……?」


「……その逆よ。楽しいと思ってしまったことが屈辱なの」


 白雪姫は、一向に襲ってこない。いつもなら、こんな会話に乗ってくることなんてないのに。


「なら良かった……」


 冬月さんは珍しく声を大にした。

「良くないわよ! 私はあの日、全てを捨てる決意をしたの……それなのに、こんな普通の毎日を送っていたら、それが少しずつ惜しくなってきちゃうじゃない! 全部花守君、あなたのせいよ……あなたに責任とれるの!?」


「とる……つもりだよ」


「じゃあ、早く千秋君を忘れさせてよ……」


 冬月さんはずっと俯いていたから表情はしっかりとは見えなかったけど、涙が頬を伝っているのだけは、分かった。


「うん……ごめん、もっとちゃんと、冬月さんと向き合うべきだった……」


 僕がそう言うと、彼女は振り返って僕を襲うことなく部屋を出ていこうとした。ドアノブに手をかけると、そのまま問いかけてくる。

 

「ところで花守君、彼女たちの事はどう思っているの?」


「……先輩であり後輩であり、友達だと思ってるけど」


「そう……私にはそれだけだなんて到底思えないわ。白か黒どちらかハッキリしないのは、それだけで罪なのよ。火のないところに煙は立たないし、私にはその火種はあなたのように思えるけど」


「僕は別に……」

 

「プレイボーイと言えば聞こえはいいかもしれないけれど、あなたのやっていることはただの思わせぶりよ。この、女たらしのスケベ男」


 冬月さんが扉の前で振り返らずに僕へ宛てたその捨て台詞は、シンプルに効いた。食らってしまった。うまく言えないけど、心を丸裸にされて雪山へ置き去りにされたような……そんなどうしようもない絶望にも似た感覚だった。


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