第18話 合宿
「合宿へ行くわよ!」
誰もが待ち望んでいたゴールデンウィークが始まる3日前、まるで倉庫のような埃っぽい園芸部部室で高らかにそう宣言したのは、顧問である僕の叔母だった。
「は? なんで園芸部に合宿なんてあるの? それに、その間の花壇の手入れは?」
「あんたねぇ……一度しかない高校生活を少しでも楽しもうとか思わないわけ? ここは子供らしく素直に喜んどきなさいよ。まあ、どうせそう言うと思って合宿中の花壇の水やりは新任の先生に脅迫しておいたから、そっちも心配いらないわ」
「やけに準備いいね……なんか怪しい。ちなみに場所はどこなの?」
「あんた教師を疑うの? 市内よ……」
県庁所在地である市内までは、僕たちの住む町から車で約2時間半~3時間ほどかかる。
「なんで逆に自然の少ないところへ行くのさ。あ、そういえば叔母さん昨日、友達と電話で婚活パーティがどうとかって話してたけど、もしかして諸々の経費を浮かす為に園芸部を隠れみのにする気じゃ……」
どうやら僕のこの考察は的を得ていたようで、叔母の迫力ある舌打ちが部室内に轟くと、驚いた埃たちが宙を舞ったような気がした。
「これだから勘のいいガキは嫌いなのよ……あんたにはまだ分かんないだろうけどね、こんな田舎に住んでたら婚活すんのにも金がかかんの! あんたらもタダで旅行出来るんだからウィンウィンでしょうが」
「税金使って婚活って……」
「いい人が見つかったら少子化問題だって解決するかもしれないんだから、ふんぞり返ったおっさん達が無駄遣いするよりよっぽどマシよ」
「もうそんなに時間ないように思えるけど、これから一体何人産むつもりなの……」
「オイ……それ以上言ったらてめぇを花壇に埋めんぞこら」
この時、叔母の背後に鬼のような幻覚が見えた……ふと隣を見ると、気の弱い夏樹ちゃんは意識を失っていた。
凍りついた空気を溶かすように、冬月さんが挙手をする。
「先生、私はその合宿、遠慮してもいいですか?」
「何か用事でもあるの?」
「ええ、大切な用事が……」
そうだ……僕がこの町からいなくなれば冬月さんにとっては好都合じゃないか。しかもサッカー部の千秋とチア部である平さんはGW中も部活で学校へ来るはずだ。このままでは冬月さんにとって絶好の状況が整ってしまう。
「や、やっぱり僕も不参加でもいいかな?」
「いいえ、私に遠慮しないで花守君は楽しんできて?」
焦った僕は深く考えなしに声を荒げた。
「ダメだよ! 君がいないなら僕は楽しめない。お願いだ冬月さん、僕と一緒に合宿へ行こう!」
叔母と飛鳥先輩が目を丸くさせながら僕を見つめ頬を赤らめていたから、何か変なことを言ってしまったのかと先ほどの台詞を思い返してみると…………これ第三者が聞いたらとんでもないこと言ってないか僕!?
「あんた……私の知らない間に随分と言うようになったのね……なんか負けた気分……」
「雪乃ちゃん……ここは春人の勇気と熱意を受け入れてあげたらどう?」
叔母は何故かどんよりと表情を曇らせ、先輩は僕の背中を押そうと冬月さんを説得している……どうやらこの2人を完全に勘違いさせてしまったようだ。夏樹ちゃんは……まだ気を失っていてよかった。
冬月さんにとっても不意打ちだったのか、少し動揺しているように見えた。
「飛鳥さんがそこまで言うなら……分かりました。私も参加します」
白雪姫が首を縦に振ると、先輩は満面の笑みを向けて僕にそっと耳打ちをする。
「良かったね春人……私のことは都合のいい女でもペットでも構わないから、春人のこと、応援させてね……?」
――めちゃくちゃ綺麗で優しくて魅力的な女性なのに、なぜこの人は少しだけ残念なんだ……飛鳥先輩が今後悪い男に騙される事がないよう、僕の人生の命題には、おやゆび姫の更生もリストへと加わった。
ここでねむり姫が目を覚ます。
「あ、あれ……あたし、どのくらい寝ちゃってました……?」
「おはよう。5分くらいだよ」
夏樹ちゃんが安堵の表情を浮かべると、みんなが心内で気になっていた事を飛鳥先輩が代表して叔母に質問してくれた。
「それで花守先生、合宿って具体的には何をするんですか?」
「父の知り合いの農家さんが連休中に旅行へ出かけるらしいから、帰ってくるまでその家の畑仕事を受け持ったの。その間、今は使ってない別宅を自由に使っていいと言ってくれたわ。2泊3日の農業体験ってところね」
「……それは分かったけど、叔母さんも手伝ってくれるんだよね? 僕、野菜なんてほとんど育てた事ないよ?」
「あんたはバカなの? 私の教育方針は生徒達の自主性を重んじてるのよ。私は美容院に行ったり買い物で日中も忙しいんだから、そのくらい自分で調べなさい。他に質問ある人は?」
もう反論するのも疲れたから、全てを受け入れた訳じゃないけど、僕は沈黙を選んだ。
すると夏樹ちゃんが恐る恐る手を挙げる。
「あのぉ……部屋割りはどうなるんですか?」
「あなたたちで好きにしていいわよ。どうせ男は春人だけだし、間違いも起こらないだろうから」
「えっ……ありがとうございます先生!」
僕に対する皮肉が込められた返答だったというのに、夏樹ちゃんは何故か叔母へ嬉しそうにお礼を告げた。
――ゴールデンウィーク初日。
そこには僕たちの想像していた何倍もある広大な畑が広がっていた。ネギ、じゃがいも、ほうれんそうにかぼちゃなど、様々な野菜が植えられているその畑は、市街地からもさほど離れている訳ではないのに、見渡す限り緑の絨毯が敷かれ、周りには景色を隔てる建物もなく、青い空もスッキリとしていた。
「ここが今日からあんたらが泊まる家よ」
叔母さんは知り合いの農家さんが最近改築したという、普通の一軒家くらいある立派な2階建ての別宅を我が物顔で紹介する。
「あんたらって、叔母さんもでしょ?」
「私はほら……運命の人に出会ってそのままお持ち帰りされちゃうかもしれないでしょう……?」
年甲斐もなく照れながら高校生になに言ってんだこの人。と思っていたら、僕以外の3名も叔母と同じように何かを想像して顔を火照らせていた。
はてさて、この合宿はどうなってしまうんだろうか。




