第17話 新生園芸部
僕――花守春人の所属する部活には、3人の姫がいる。
闇堕ちして殺人鬼と化した白雪姫こと――冬月雪乃。
ブラコンで世間知らずのおやゆび姫こと――千秋飛鳥。
病気がちで中二病を患ったねむり姫こと――風間夏樹。
こんなにも個性溢れる学年一の美少女たちが一堂に会するこの園芸部は、もしかしてすごい部活なのではないだろうか。入部希望の生徒が殺到したらどうしよう……でも花に興味を持ってくれる人が増えるのは純粋に嬉しいかもしれない。
……だけど、その人たちの目当ては植物の花ではなく、きっと高嶺の花に近づきたいという不純な動機なんだろうな。それに本当に興味があるのなら、とっくに見学に来ている筈だよね。
「春人先輩……どうしたんですか? ボーっとして」
ここ数日、毎日のように朝の活動を手伝ってくれていた夏樹ちゃんは、花壇の前で膝をつき、不思議そうに僕を見つめていた。
「今までずっと一人で活動してたから、なんか新鮮で……」
「あたしもこうやって早起きするようになってから、前よりも体調が良くなった気がします」
「きつくなったらいつでも休んでくれていいからね?」
夏樹ちゃんは愛らしい表情を歪めた。
「嫌です……これだけは譲れません……」
「でもここんとこ毎朝5時集合だし、授業中寝ちゃったりしてない?」
「だって……春人先輩とは学年も違いますし、それにお昼休みの活動は……千秋先輩も、冬月先輩だっているじゃないですか……」
この部活で一番年下の自分が頑張らなければという使命感に駆られているのだろうか。頑張り屋さんな後輩を持てて、僕たちは幸せだ。
「あの2人は朝弱いらしいからね……手伝ってくれるのは嬉しいけど、僕は今まで一人でもやってこれたから、あんまり無理はしないでね?」
僕なりに体の弱い彼女へ気を使ったつもりだったけど、夏樹ちゃんは不機嫌そうな上目遣いで呟くようにポツリと溢す。
「春人先輩のにぶちん……」
「え、それどういう意味?」
「煙草に含まれる強い毒性と依存性のある物質です」
「それってニコチンなんじゃ……?」
なぜか彼女は「ふんっ」と、そっぽを向いた。
「春人先輩のせいで煙草吸ってみたくなっちゃいました。あたし、グレちゃいそうです」
「な、なんでっ!?」
ビシッと立てた人差し指を、フリフリと振るねむり姫。
「とっても美人なあのお2人の先輩に比べたら、あたしはまだちょっとキャラが弱い気がしたので、もう少し要素を増やしてみようかなと」
「……いや、もう十分過ぎるくらいキャラ立ってるから心配することないよ?」
「そうですか。せっかく花守先生に不良の極意を教わったんですけど、無駄になっちゃいましたね……」
――あのおばさん、教師のくせになんてことを教えてるんだ。
きな臭い雑談に花を咲かせていると、続々と生徒が登校してくる時間になり、僕達も早々に切り上げて教室へと向かった。
一度部室に寄ってから教室へ入ると、入れ違いだったのか既に冬月さんは席についていた。
「冬月さん、おはよう」
「あら、これはこれは、最近仲良くなった可愛いらしい後輩ちゃん(見る人が見たらブヒブヒ言いそうな年下で眼鏡属性持ちの清楚系美少女)と早朝からイヤらしい密会を何度も重ねている花守君じゃない。私に何かご用かしら?」
おはようへの返し言葉とは思えない長台詞を、わざわざ嫌味たらしく文中のカギカッコまで発声しながら流暢に述べた白雪姫。
「あの、なんか怒ってる……?」
「まるで私が嫉妬しているかのような言い方はやめて貰える? 私はただ、未だ傷心している私の目の届くところであなただけが毎日楽しそうにしているのが気に食わないだけ。どう考えても不公平だし不条理よ。その上早く殺したくても、最近あの子と飛鳥さんどちらかがあなたの周りにベッタリくっついているせいで、下手に動けなくて鬱憤が溜まって仕方がないわ。ねぇ花守君、私の為にあの2人と縁を切ってくれない?」
最近やけに大人しいと思っていたらそれが原因だったのか。それにしても、よく微塵も悪びれずに真顔でこんなにも横暴かつ常識外れな不平不満をスラスラと言えたものだと、つい舌を巻いてしまう。
「……冬月さん、おはよう」
僕は全部聞かなかったことにして、もう一度最初から挨拶をやり直した。
すると不満げな白雪姫は、ふてくされながらも僕の望んでいた4文字を送り返してくる。
「おはよう……」
――まるで欲しいおもちゃを買って貰えなかった子供のような面持ちの彼女は、今だけはどこにでもいる普通の女の子みたいで、なんだか無性に嬉しくなった。
部員が4人になってから園芸部のお昼の活動は、一度部室に集合してから全員で屋上へ向かうのが近頃のルーティーンとなっていた。屋上までの道のりを1階の部室を経由して敢えて遠回りをする理由は単純で、冬月さん以外はみんな教室に自分の居場所がないと思っていたから。だから僕たちは、お世辞にも綺麗とは言えない部室に集まって、お互いの傷をなめ合うようにご飯を食べていた。
僕が扉を開けると、部室にはまだ飛鳥先輩しかいなかった。彼女は開口一番に尋ねる。
「春人、今日はお昼ごはんちゃんと買えた?」
「最後の1個だったパンをなんとかゲットしました……」
この学園に学食はなく、購買があるにはあるが品薄でいつもすぐ売り切れてしまうのだ。
「それじゃあ、そのパンひとつだけ? 育ち盛りなのに……良かったら私のお弁当一緒に食べない? 旅館の板前さんが毎日作ってくれているんだけど、いつも量が多くって……」
毎度のことながら断れば何を言い出すか分からない人だから、僕はお言葉に甘えることにした。
「ありがとうございます……今度なにかお礼しますね」
「私が食べて欲しいんだから気にしないの。じゃあこっちへ来て隣に座って? 今日のメニューは何かしら……」
僕が隣に座ると飛鳥先輩は浮かれた様子で二段のお重と保温ポット、タッパーを机の上に並べた。女性の昼食にしては確かに量が多そうだったけど、彼女の豊満ボディを作っている食事となれば納得だった。先輩は蓋を順に開けていきお弁当の中身を確認する。
「お味噌汁の具は……なめこ汁ね。それで今日の主食は……あら、とっても美味しそうなお稲荷さん。おかずはマツタケの姿焼きとアワビに栗きんとん、この真ん中に穴が開いてねじれているのはこんにゃくの煮物かしら……見て春人、こんなに大きくて立派なソーセージも入っているわ。そしてデザートにはマンゴスチンまで!」
「…………」
「どうしたの春人……好きなもの入ってなかった?」
「すみません……どれも美味しそうですし食材にはなんの罪もないんですが、どうしても偏りが気になりまして」
「そうね、言われてみれば少し栄養バランスが悪いかも」
いや見た目と名前が下ネタに極振りでしょうが! なんて、今からそれを食べる人に向かって言えるはずもなかった。そして彼女はこれも恐らく無意識に、どこか卑猥に見えてしまう料理を、実にイヤらしく召し上がる。
――あまりに刺激的な先輩の食事風景は、もしかするとモザイクが必要なんじゃないかと思うくらい、耐性のない僕には直視できないほど淫猥だった。




