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第1話 白雪姫




 僕が高校1年の冬という中途半端な時期に転校してきた学園には、「白雪姫」と呼ばれる学年一の美少女がいるらしい。


 日本中どこにでもありふれていそうな、このよくある話をふと思い出したのは、ちょうど手入れをしていた白い花の名前が、偶然にもスノープリンセスだったからだ。


 学園の校門から中庭まで続く、壮大で広々とした花壇には、僕の全てが詰まっている。こんなつまらない学校(場所)でも、ひとつくらい好きになれるものがないとやっていられない。転校以来、誰よりも早く登校して花々の世話をするのが、僕の1日の始まりだった。


 僕が引っ越してきた片田舎の港町には、高校はこの一校しかなく、ひと学年あたり3クラスだけの小さな世界だったから、白雪姫の噂を耳にしたところで全く期待などしていなかった。正直なところ、井の中の蛙が囃し立てられているだけだろうと、心の中で小馬鹿にしていたくらいだ。


 白雪姫こと――冬月 雪乃(ふゆつきゆきの)に呼びかけられ、この後、振り返るまでは。


 都会からの転校生にも関わらず、転校から1週間足らずで、もう誰も僕に挨拶すらしてこない。友達もおらず、花を育てることだけが生き甲斐のこんな僕に向かって「おはようございます」と、少し屈んで笑顔を向けてくる……その可憐な少女を、思わずまじまじと見つめてしまう。


 これは僕に対しての挨拶なのか、それとも花壇の花に対してなのか分からなくなった僕は、小さく頷き返すことしか出来なかった。

 

 少し前まで都心に住んでいた僕は、見るだけならば、こんな小さな町の人口の何倍以上もの女性をこの目に映してきた筈だ。でも……彼女を知ってしまった今、ここより遥かに大きな世界でも到底感じる事の出来なかった衝撃に、心を駆り立てられてしまう。

 

 ――歩く姿、立ち居振る舞い、言葉遣いなどから一目で分かってしまう、育ちの良さ。内面から溢れ出る気品はもちろん、恐らく気を使っているであろう外見にも思わずうっとりとさせられる。地面に着いてしまうのではと心配になるほど長い白銀の髪を、緩くふんわりとふたつ結び(ローツインテール)にさせている。青い瞳はまるでサファイアのような光を宿し、白くきめ細かい肌は眩いばかりの太陽の光でさえ、全てを反射してしまいそうだ。そして白と言えば……上下共に真っ白で、差し色の赤いスカーフと、襟や袖、スカートの裾に青いラインが入った本校のシンプルなセーラー服は、もしかすると彼女1人だけの為に特注でデザインされたのではないかと勘ぐってしまうくらい、呆れる程に似合っている。全体的に強調された()()は、その呼び名の通り、まさに純白であり、潔白であり、白白としていた。


 ――気が付つくと僕は、去っていく冬月さんの後ろ姿を無意識に目で追っていた。

 

 彼女とはそれから特に会話をすることも、深く関わることもなく時は過ぎていき、2年生に上がると僕たちは同じクラスになった。僕の苗字が同じハ行だったから、彼女の前の席になり少し舞い上がってしまうも、同じクラスになる確率は単純に1/3な訳で、これもよくある話だろうと、わざわざ振り返って挨拶をするのも気が引けた。


 


 至極真っ当なことだけど……冬月さんには彼氏がいる。

 

 お相手は、千秋 奈良丸(ちあきならまる)というここらでは有名な旅館の息子でイケメン。更にはサッカー部のエースでもあり、絵に描いたようなお似合いのカップルだった。僕が転校してきた4ヶ月前とほぼ同時期に彼らの交際がスタートすると、一部の女子生徒の間ではしばらく千秋ロスなる現象が発生したと、風の噂を耳にしたことがある。


 まぁ僕とは住む世界が違う。そういうのは要らないと、決めたのは僕自身だ。いつか都会へ戻った時、ここでの人間関係はきっと僕の人生の邪魔になる。だからこそ、僕は誰にも気を許さない。大好きな花を眺めてさえいられれば、ひとりぼっちも悪くはない。そう自分を納得させて、昼休みの日課である屋上の花壇の様子を見に行こうと席を立った。


 立ち入り禁止と張り紙のされた屋上へ続く扉は、少し建て付けが悪くなっている。ドアノブを捻りながら鍵を差し込み、今ではすっかり慣れた手つきで開錠して扉を開くと、気持ちの良い春風が勢いよくブワッと校舎へ入り込んだ。

 

 僕は今、訳あって両親とは離れて暮らしている。その間、親代わりとして面倒を見てくれているのが、父方の祖父と、父の妹である叔母だった。祖父はさびれた商店街で小さな花屋を営んでおり、叔母はこの学園の生物教師で、僕が所属している園芸部の顧問でもある。それもあって、本来ならば生徒は立ち入り禁止の屋上や、校内至る所の鍵を預からせて貰っていた。これも全て、24時間いかなる時も花の手入れをする為に他ならない。花屋の孫として、大切に育てた花を枯らすなんてもってのほかだ。誰に与えられた訳でもない使命感だけが、僕を突き動かしていた。



 今日も美しく咲き誇る花たちにしばしの別れを告げて屋上の鍵を閉めていると、下の階から言い争うような声が聞こえてくる。


「千秋くん、なぜいきなり……別れるなんて言うの?」


「自分で分かんねーの? 俺からしたら、俺らって今まで本当に付き合ってたのかどうか疑問だったけどな」


 どうやら、千秋と冬月さんが今まさに別れ話の真っ最中だった。どうしてよりによってこんなところで……僕が教室へ戻るには、あの2人のいる階段の踊り場を通る他に道はない。盗み聞きしているみたいで悪いと思ったけれど、少しの間だけ、ここで身を隠してやり過ごす事にした。


「私の……どこが不満なの……? 言ってくれたら……直せるように努力する……から」


「じゃあこの際だから、遠慮なく言わせて貰うけどよ……」

 


 

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