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学園を放火しようとする闇堕ちした学年一の美少女をヤンデレヒロインに更生させるまで  作者: 野谷 海
第2章 おやゆび姫とねむり姫

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第11話 おやゆび姫




 わざわざ家まで押しかけてきた白雪姫から奇妙な提案を持ちかけられた日の翌朝――教室へ入り着席したと同時に背中をつつかれ振り向くと、冬月さんは疑いの目を向けてくる。

 

「昨日聞き忘れていたことがあったのだけど、花守君、私の机に変な手紙入れなかった?」


「え……あぁ呪いの手紙だよね?」


 あの事件のせいで、そんな事すっかり頭から抜けていた。


「呆れた……もしかして、あんなくだらないものを信じていたの?」


「僕は送り主へ送り返しただけだよ」


「は? 馬鹿にしてるの? 私はそんな幼稚な手紙出していないわ」


 片目を細めて仏頂面を浮かべる冬月さんは、嘘をついてはいなさそうだった。でもそうだとしたら一体誰がこんなイタズラをしでかしたんだろう。もしかして僕は知らない間にイジメの対象になっていたり……考えるのはよそう。こういうのは知らぬが花だ。


「僕の勘違いだったみたいだね、疑ってごめん……」

 

「いいえ、あなたの気持ちはよく分かったわ。あんな手紙を送るってことは、少なからず私が死ねばいいと思っているのよね? それなら望み通り今夜にでも復讐計画を実行するから今度こそ邪魔しないで」


「ち、違うよ! ごめん冬月さん許して!」


「私、すごく傷ついたわー」


 物凄く棒読みな台詞とセットで不敵な視線を飛ばしてくる彼女に、僕はたじろぎながら椅子の背もたれに両手を置いてこうべを垂れた。

「何がお望みですか……?」


「そうね、指の一本くらい貰っておこうかしら……」

 

「ど、どの指をご所望で……?」

 

「左手の薬指なんてどう? 今後も使う予定ないでしょ?」


「さすが冬月さん……配慮にすら毒があるね……」


 HRが始まるチャイムのおかげで、この物騒な会話はここで強制的に終了となった。


 1限目から体育の授業だったけど、まだ僕の体調は万全とは言えなかったから、今日は見学することにした。クラスメイトが校庭でサッカーに勤しむ様子をボーッと眺めつつ春の陽気に微睡(まどろ)みながら、待ちかねたチャイムが鳴ると一目散に校舎へと戻った。

 


 教室までの道のりで園芸部の部室の前を通ったから、室内で育てている豆苗の水を変えようと、ついでに立ち寄ることにした。


 鍵を開けようとすると、既に開いている……こんなこと今まで一度もなかった。扉を半開きにして中を覗いてみると、そこには丸椅子に腰掛けて足を組む1人の女子生徒の姿があった。その人物は手に持っていた紙切れを怖い顔で見つめている……あ、あれは先日、僕が机に置いた呪いの手紙だ。


「よ、よりにもよってあの人の手に渡るなんて……」


 なぜ僕がその女生徒を知っていたかと言うと、彼女は冬月さんと並ぶ、この学園の超有名人だったからだ。冬月さんが「白雪姫」と呼ばれているように、あの人は3年生で一番の美女と噂高い、通称「おやゆび姫」様だ。


 僕が彼女を恐れている理由は、この呼び名に関係する。「おやゆび姫」と聞けば、小さくておしとやかな女性をイメージするのが一般的だと思うけど、この通り名の意味はそんな可愛らしいものとはかけ離れている。それは彼女が今まで多くの男子から告白された際、その全てに親指を下に向けるハンドサインで一蹴してきたのが由来だった。


「そこに誰かいるの……? 隠れてないで出てきて」


 僕としたことが視線に気付かれてしまった。観念して扉を開けて入室する。

「すみません……隠れている訳じゃ無かったんですけど、人が居るのに驚いちゃって……」


「もしかして……君が、花守春人君?」


「え……なんで僕の名前を……?」


「この手紙、まさか君が……?」


「い、いや、そ、それは……」


 おやゆび姫が立ち上がると、黒ニーソが生み出したムチッとした絶対領域が顔を覗かせる。コツコツと音を立てて僕との距離を詰めてくる彼女の恐るべく美貌に、逃げ出したくても……体が言うことを聞かない。

 

 ――真っ直ぐに腰の辺りまで伸びた深い青色の髪に、それと同じ色の瞳。高2男子の平均身長ドンピシャな僕と同じくらいの背丈で、出るとこが出たメリハリのある女性らしくイヤラシイ体つき。整った顔のパーツの中でも吊り上がった切れ長の目からは、吸い込まれるような引力を感じた。


「あの……僕は……」


 睨むようにジッと目を合わせながら僕の真ん前まで到達したおやゆび姫が、手を伸ばしてきた瞬間――僕は反射的に目を瞑った。


「この度は本当に、申し訳ございませんでした……」


 彼女から予想外の謝罪の言葉が飛び出してきたことに耳を疑った僕が目を開けると、視界から先輩が消えていた。目線を下へ移すと、何故か彼女は土下座をしている。


「なに、してるんですか……?」


「なんでもします……ですから、どうか命だけは……」


「い、命ってなんの話ですか!?」


 顔を上げた先輩は涙ぐんでいた。すると、彼女はもう一度深く頭を下げてとんでもないことを口走る。

「お金ならいくらでもお支払いします。も、もし……私の、体がお望みなら……好きにして頂いて構いません。私はまだ処女ですが、言われた通りに従順に御奉仕いたしますので……」


 訳が分からない……聞いていた噂とはまるで別人みたいだ。

「ちょ、ちょっと待って下さい……なんか勘違いしてませんか? その手紙はただのイタズラで、間違えてそこに置いてしまっただけなんで気にしないで下さい!」


 先輩は唖然として、僕を見上げる。

「え……? 君は私を脅迫しに来たんじゃ……?」

 

「な、なんで僕が先輩を脅迫するんですか?」


「それは……弟が君にあんな事を……」


 

 ――先輩の溢したこの一言で、僕の中で募っていた疑惑と全てが繋がってしまった。おやゆび姫こと彼女の本名は、千秋 飛鳥(ちあきあすか)……冬月さんの元カレである千秋 奈良丸(ちあきならまる)の実の姉だった。

 

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