廃れるものたち
大昔、テレビというものがあったそうだ。
プロの『芸能人』とか『アナウンサー』なる職業のひとたちがいて、テレビジョンという機械の中で大衆の余暇を慰めていたらしい。そう、ちょうど現代でいえばパピプネットみたいなものだったんだろう。ただし現代のそういうものからリアルさを抜いて、大衆とは違った特権階級を生み出すようなものだったらしいから、もちろん過去の遺物だ。
映画や漫画、小説なんかも大昔は専業のプロが作ってたらしい。笑えるよね。今ではそんなもの、AIツールさえあれば誰でも作れるってのに。
しかもそういったものを視聴するためにお金を払っていたそうだよ。まぁ、『サブスク』という言葉は今でも聞いたことのあるひとは多いだろう。でも『レンタル』って知ってる? 大昔は映画を記録した円盤みたいなものを、お金を払って借りて観ていたらしい。ご苦労さまだよね!
あとね──
なんか古代の昔には『音楽』ってものがあったらしいよ。
楽器ってあるじゃん? そうそう、ギターとか。
あれって今では指先の運動に使う道具だけど、昔はあれを『音楽』ってものに使ってたらしい。
どんなものだか僕もよくは知らないけど、決まりきった音とか『歌詞』とかいうものを並べて作る、とても退屈なものだったそうだよ。
いつもおんなじことをやるんだって。うん、いちいち時間をかけてね、おんなじことを毎回やり直すんだって。時間の無駄だよね。
何のためにやってたかって? なんだか心を落ち着けるためとか、逆に高揚させるためとか、そんな目的のものだったらしい。そう、現代でいう音波と同じようなものだよね。ただ、音波は浴びればすぐに心が落ち着いたり高揚したりするけど、『音楽』とかいうのはいちいち自分から聴きにいかないといけなかったんだって。だるいよね。
その『音楽』ってものを使って『ライブ』とか『カラオケ』とかいうものもあったそうだよ。どんなものかって? 今でいうサケビバみたいなもんじゃない? たぶんね、ストレス解消のために『音楽』を使ってたんだよ。バカみたいだよね、決まりきった音を叫ぶより、自由に大声で叫ぶだけのほうが誰でもできるし、何より気持ちいいに決まってるのにね。
『音楽』がなんで廃れたかって?
大抵のものと同じだよ。
便利な世の中になって、必要がなくなったんだ。現代じゃ心は音波が癒やしてくれるし、ストレス解消にはサケビバがあるからね。
それにとっても差別的な思想によるものだったみたい。音痴なひととかリズム感のないひとなんかは差別されて、肩身の狭い思いをしてたんだって。ひどいよね。
逆に歌や楽器のうまいひととかは神のように崇められて、いい気になれたみたいだよ。ひどいよね。そうやって下手なひとを差別して、みんな平等じゃなかったところとか、いかにも旧時代の人間のやってたことだよね。
思えば大昔と比べると、色んなものが廃れたよね。
そのぶんいい時代になったと思う。すごく便利で、公平で、平和な時代ばんざい。
そういえば昔の人間って、足を使って『歩行』とかしてたらしいよ。だっる……!
あと会話は口を使ってしてたらしい。昔は口って、叫ぶだけのためのものじゃなかったんだって! びっくりだよね。
それじゃぼちぼちスイッチを切るよ。
現代っていいよね。
みんなそれぞれのカプセルに入ってて、清潔で、触れ合うこともなくて、思念波で会話もできてさ。
退屈だったらパピプネットに飛べばいいし、心が疲れたら音波を浴びればいいし、動きたくなったらサケビバをロードすればいい。平和で、何事もなくて、まるで理想郷のようだよ。
──あ、そうそう。
大昔の人間は、生きることに意味なんか求めてたそうだよ。
笑っちゃうよね。