8 「何?文芸部に『私みたいなの』がいたら悪い?」
「用があるから呼んだんでしょ。用事はなに?」
机の向こう側の彼女にそう言われて、俺は『おい、何か聞けよ』と六車に目配せをするが、六車は何を考えているか何も話そうとしない。
しかたないので俺がかわりに話し始めた。
「岡本さん、だよね」
「そうだけど、何か?」
椅子に深々と腰かけ、足を組んだまま、ぶっきらぼうに答える彼女。
「いや、その、文芸部に入っていて、文芸評論をかいたりもするそうで」
さっき坂本さんから仕入れた話を言ってみる。
岡本さんは髪をかき上げると舌打ちをして言った。
「何?文芸部に『私みたいなの』がいたら悪い?」
「そ、そんなことはないですけど」
茶髪に色とりどりのネイルをした彼女の見た目はいわゆる「ギャル」だ。
文芸部で文芸評論を書くというからまた黒髪の物静かな少女みたいなイメージを勝手に想像していたのだが全く正反対だった。
というか、我が学園はそんなに校則は厳しくないのだが、ちょっとスカートの短すぎないか?
と俺が考えているのを察したのか彼女が舌打ちをする。
「はあ。生活指導の高木じゃないんだからウザい」
困って隣の六車の方に目を向けたところ、奴の口の端が笑っていた。
こいつ、俺がこういう子が苦手とわかっててわざとやってやがったな。
「事件については部長から聞いたかな。君の意見を聞きたいんだけど」
ようやく口を開いた六車。
「あんまり興味ないの。嫌がらせなんて気にしたことないし。バカみたい。
というか、文芸部の中にはあんなことする人はいないってわかってるしね」
「小林さんを文芸部に誘ったのは君だっていうけど」
「そう。彼女と同じ1年3組だけど、本が好きだっていうから、誘ってあげたの。…あと、さっき色々と小林に話を聞いていたようだけど、あまり問い詰めないであげて」
「そんなつもりはなかったが、どうして?」
「彼女は…いや、いい」
言いながら、彼女は一瞬顔色を曇らせた。六車はそれ以上聞くこともなく話を続ける。
「今回の事件の犯人の心当たりは?」
「部長に付きまとっている吉川っていう奴が怪しいでしょ」
「部長から聞いたと思うけど、切り裂かれたノートは、鍵のかかった部室のロッカーから出てきた。で、ロッカーの鍵は3本しかなくて、部員で全部をもっているらしいけど」と六車。
「はあ?部長やほかの人から聞いてないの?それともカマでもかけてるの?」
「これはすまない。念のため、みんなに聞いているんだ」
「…昔は一本の鍵を共有してて、最後に部室を出る人が鍵をかけることにしてたの。
部活中はペン立ての中に鍵をいれてて、それを最後に出る人が片付けた後で鍵をかけるようにしてたんだけど、いつのまにかなくなった。結局出て来ないんでそのまま。
その後は部長が私と岡本さんに鍵を一個ずつ渡して、三人がそれぞれ鍵を保管するようになった。ほら、これ」
言って、例の六角形の柄のついた鍵を取り出してみせる岡本さん。
「そういう経緯だったんだね」
「だから、そのなくなった鍵を、吉川が持ってると思う。だって、前にロッカーの中に変なプラスチックの虫の模型が入っていたことがあって。部長から聞いてない?」
「いや、その話は聞く前に話が終わってしまってね」
「たまたま部長が鍵をかけ忘れていたずらされただけかとも思ってたけど、先週、吉川が部長に『虫はどうだった?』て言ってきたって。絶対、あいつが鍵盗んで持ってたんだよ。それで今回も鍵を開けてあんなことをした。吉川以外ありえないでしょ」
「なるほど。ところで」
六車の目配せを受けて俺は例の脅迫状を取り出して机に置く。
「これについて何か知っていることはないか?」と六車。
「なにこれ?」
いかにも興味ないと言った風だ。
「いや、これは俺の下駄箱に入っていた物なんだが、誰がやったのかわからないんだ。何か知らないか?」と俺。
「いや、知らないわ。今回の件と関係ないんでしょ?なら興味もないし。もういい?」
「そうだね、ありがとう」と六車が言う。
「じゃあ」言うと岡本さんは部屋から出て行った。
「どう思う」
部室から岡本さんが出て行ったあと、六車は俺に聞いた。
「どうって、鍵を外部の人が持っている可能性があることが分かったよね。その人間、吉川、まあ俺も聞いたことある不良だけど、彼が犯人である可能性は非常に高いんじゃない?」
「その可能性はなくはない」
「なくはないというか、それ以外ないじゃないか。
吉川が、火曜日に職員室から金切りばさみを持ち出し、ロッカーを鍵で開け、ノートを切り裂き、ロッカーを閉める。それで全てつじつまが合うだろ」
「しかし、犯人が吉川だとして、彼が鍵を持っていたとすると、何故金切りばさみを使ったのかが分からない」
「金切りばさみ?ああ、ノートを切るのに都合がいいからだろ。あれじゃなきゃ厚いノートを一刀両断にできないって、お前自分で言ってたじゃないか」
「いや、嫌がらせでノートを切るのが目的なら、カッターかなんかでいい。金切りばさみじゃなくてもできるだろう。なぜ、職員室から、教師に見つかる危険を冒してまでわざわざ無断で金切りばさみを持ち出したのかという点が分からない」
「つまり…どういうことだ?」
「僕はね、破かれたノートを繋ぎ合わせて、切り口が分かった時、これはおそらく金切りばさみを使ったなと思ったんだ。そこで、ピンときた。
つまり『犯人は鍵を持っていなかった。ゆえに、鍵をこじ開けるつもりで金切りばさみを持ち出し、それでノートを切り裂いたのだろう』とね。
しかし、吉川がやったとすると、鍵を持っているなら鍵を壊す必要がないのだから、金切りばさみを持ち出す理由が分からないんだ」
なるほど。
「そもそも、先程坂本さんが言っていたように、部長が鍵をかけ忘れてロッカーの中のノートが切られたとしても、発見されたときにはロッカーに鍵が掛かっていたのだから、犯人が鍵を掛けたことになる。ゆえに『犯人は鍵を持っている必要がある』。しかし、これは犯人が金切りばさみを持ち出したことと整合しない」
「ということはつまり…犯人は鍵を持っているのか、持っていないのか、どっちなんだ」
「まだわからない。しかし、どうにも矛盾があるってことだ。あと、文芸部の部室についてだが、坂本さんの話ではやはり、我々が部室を横取りしたと思われているかもしれないね。…おやもうこんな時間か」
いつの間にか、部室の窓の外は暗くなり始めていた。そろそろ下校時刻だ。
「明日は、吉川を調査に行こうと思う。昼休みに僕の教室まで来てくれよ」
「ちょ、ちょっと」
いうだけ言って、奴は部室から出て行ってしまった。やれやれ。