7 「こんにちは!わあ、すごい、探偵部のお二人ですよね!校内の有名人じゃないですか!」
「こんにちは!わあ、すごい、探偵部のお二人ですよね!校内の有名人じゃないですか!へえ、気になる!失礼かもしれないですけど、普段、二人は部室でどうしてるんですか?いやいや、どうしてる、っていうのは別に全然変な意味でじゃなくて、純粋な興味で、というのは、私、ああもう小林さんから聞いたかな?私は小説を書くんですけど、それでこうお二人の関係とか、いやいや別に、何かそういうのばかり書くわけではなくて、でも…」
坂本と名乗った彼女は、部屋に入って椅子に座るなりこの調子で一人でしゃべり続けている。ブレザーの胸には緑色のリボン。つまり、俺たちと同じ2年生だ。清楚な雰囲気のボブカットに大きな目、もしかすると口を開かなければ美少女の類に入るかもしれない。が、マシンガンのように口から出てくる言葉は自分の興味の赴くまま、相手の都合なんぞお構いなしという感じで、これは、かなり残念な感じの生徒と言わざるを得ないだろう。
「…坂本さん。申し訳ないが、僕は事件のことを君に聞きたいのだが、いいかな?」
暫く黙っていた六車も我慢できなくなってきたのか、咳払いとともに言葉を遮って言った。
「わかりました!いいですよ!今回の事件、うーん、興味深いですよね。やっぱり、動機は痴情のもつれ?それとも、恨み?でも、鍵のかかったロッカーが荒らされたってことは、内部犯ってことになるのかなあ?」
「…ロッカーの鍵の話だけど、今日放課後に切られたノートを発見した時に、ロッカーに鍵がかかっていたのは確かかい?確か君が部長と一緒に教室にいたんだろ」と六車。
「それは間違いないですよ。私と高橋部長が一緒に部室に入った後、部長がロッカーの鍵を開けるのを私見てましたから」と坂本。
「じゃあ、火曜日に部室を出る時に、ロッカーに鍵を掛けたのは誰だかわかる?」
「え、部長じゃないんですか?いつもロッカーに鍵をかけるのは部長だから、たぶん、その時も部長だと思います。でも、部長ってああ見えてそそっかしいところあるから、時々ロッカーの鍵をかけ忘れることもあるんですよね」
「鍵をかけ忘れるの?」
俺は思わず口をはさんだ。
「そうですよ。いつだったかも最初に私が部室に来たら鍵が開いていて、なんてこともありました」あっさり言ったなおい。
「それじゃ、部員以外でもロッカーの中の者を弄ることができた可能性もあるってことに…」
俺が言いかけると坂本さんに遮られた。
「いや、さっき言ったでしょう。『部長と私が発見した時には鍵がかかっていた』って。」
「だ、だけど、あの錠は南京錠だから鍵がなくても閉めれば…あ」
そこまで言いかけて思い出した。そういえば高橋部長が言っていたな。
「ロッカーのカギは、南京錠みたいな形だけど、鍵がないと閉められないんです」と坂本さん。
「そうだったね。…すまない」
俺が俯いて黙ると横でやり取りを聞いていた六車が口を開いた。
「話は変わるが、切り裂かれた日誌のノートについては、部員が持ち回りで欠くことになっていると聞いたが、君はどういうことをノートに書いていたんだい?犯人の動機に関わるかもしれないから聞くのだけども」
「そうですね、小説です。私はさっきも言いましたけど小説を書くのが好きで…それでいつもきっちり1ページ、短編小説を書くんです。内容は気分によって違いますけど恋愛ものが多いかな?そうすると、次の日の岡本さんが次のページに、ああ彼女の場合は文芸評論とか書くことが多いんですけど、彼女が書いた文の余白で私の小説の感想を書いてくれるんですよ。私、感想なんてもらったことなかったから、春に岡本さんが入部した後初めて感想を書いてもらった時はうれしくて…」
「ふーん、日誌の担当の順番は決まってるのかい」
「基本的には部長、小林さん、私、岡本さんの順で書いています」
「なるほど。ところでさっき、内部犯行って言ったけど部活の中の人間関係は?」
興味があるのかないのか、六車は話題を変えた。
すると坂本さんの目が輝く。この話題、彼女またしゃべり続けるのでは?
「部長はなんでも一人でできる人って感じ。私たちの部室、というかあの予備教室も教師と掛け合って確保したのは部長なんです。
でも本当は、私達が正式の部室を貰える可能性もあったんですけど、そちらの探偵部が先に部室を割り当てられた、って部長が以前みんなの前で言ってました。まあこれ校内でも結構有名な話ですね。いや、これ別に何も恨みとかないですよ?私は。
小林さんは、1か月くらい前に入部したんですけど、いつでも本を読んでるというか、まあそれは文芸部だから普通か。物静かだけど、私とはよく話をする・・・って私が一方的に話してるだけかも?でも、彼女の書く詩はとてもロマンチックでいいと思うんですよね。まだ書き始めたばかりっていうのが信じられないです。
もう一人の部員の岡本さんは、さっきも言いましたけど私の小説の感想をくれるので本当にうれしくてありがたくて。岡本さんは小林さんと同じクラスで、前から仲がよかったみたいで、彼女が小林さんを誘ったので小林さんが入部したんです。それはそれとして小林さんの詩の内容、何が良いってそれはもう…」
「それで、どうも吉川っていう人が部長にちょっかいを出してたって聞いたけど」
六車が言うと、坂本さんが露骨に表情を曇らせる。
「ああ、その話、聞いたんですね。確かにそう思います。部長につきまとってて、やめてほしいです。実際、あの吉川って奴は色々なところで悪いことしてるとか、女子生徒に嫌がらせしてるとか聞きますし、今回のことも怪しいですね」
「鍵は部長のほかに岡本さんと君が一個ずつ持ってるっていうけど、見せてくれるかな」
「はい。ありますよ」
そう言って坂本さんは小さな鍵を取り出して六車に渡した。
部長が持っていたとの同じ、特徴的な柄の形をした鍵だ。ロッカーの鍵に間違いないだろう。
六車はしばらく鍵を眺めた後、坂本さんに返し、そして別の質問を始めた。
「部員の他に鍵を持っている可能性がある人はいるの?」
そういえばたしか小林さんは『吉川は鍵を持っているかもしれない』といっていたな。坂本さんは何か知っているのだろうか。
彼女は少し考えてから答えた。
「…いると思います。
小林さんが入部する前の話ですけど、以前は一個の鍵を部員が共通で部活で使ってたんです。でも、それがなくなってしまって。今考えると、それを吉川が盗んだというなら、話があうんです。ちなみに、鍵がなくなった後に、部員それぞれが一個ずつ管理するってことにしたんです。小林さんは最近入部したのでもっていないけど」
「しかし、鍵をなくしたのにそのままっていうのは不用心じゃないか?」
疑問に思った俺が聞く。
「盗られたなんて考えもしなかったし、部長がドイツから仕入れてきた鍵だから、普通の鍵よりは安全だろうと思ってたんです。でも、今回のことで流石に鍵を変えるってさっき部長も言ってました」
「ところで、これについてどう思うかね」
六車が、探偵部に届いた例の「脅迫状」を取り出して机に広げて見せる。
「なんですか?これ」
「我々探偵部に届いた脅迫状だ」
「うーん、『部活をやめろ』『従わないとどうなるか、わかっているな』ですか。これ文芸部と関係あるんですか?まるで推理小説の脅迫文みたいですよね。コラージュで作るやつ。あ、それで文芸部の私に聞いてるんですか?こう見えても私は推理小説も結構…って、いや、もしかして、これ私が疑われてるってことですか!?それはひどくないですか?」
ころころと表情を変える彼女。
果たして、彼女がこの「脅迫状」を書いた可能性があるのか、あるいは見たことがあるのか。俺は彼女の表情から読み取ろうとしてみたが、無理だった。
「色々と面白かったです!ありがとうございました!」
そんなこんなで、ひとしきりしゃべると、招いた側の我々になぜか感謝をして彼女は帰って行った。