5 「でもそうすると、結局、誰もこのいたずらをできないってことか!?」
「失礼します」
六車が言って職員室に入っていく。
放課後ということで、職員室では多くの教師がバタバタと動き回っていた。その中で、六車はまっすぐに一人の女性教師、学年主任の原先生のところに向かった。
「あら、何かしら?六車さん」気づいた原先生が机から目を上げて六車に向かって言った。
「先生、実はお聞きしたいことがあるんです」
こいつは教師の前では本当に態度がいい。ホームズ気取りの口調はどこへやら、普通の優等生のようだ。
「何かしら。あ、和田さんもいるのね、っていうことは『探偵部』かしら」
「そうです。いつもご迷惑かけてすみません」
俺が言う。
「いいのよ、楽しませてもらってるから」
にっこりと笑う原先生。気さくな彼女は生徒から人気も高い。
この先生なら六車が仮に探偵気どりで話しても怒らないだろう…と思う。
「それで、今日は何?」
「はい、一つ目はコピー機の貸し出しなんですけど」
「コピー機を使うの?」
「いや、そうじゃなくて過去にコピー機を使った人の記録が見たいんです」
「ああ、そう、ちょっとまって」そう言って先生は青いB5サイズのノートを持ってきた。
この学園では生徒もコピー機を使うことができるが、それは職員室の隣のコピー室で教師の許可をもらった上で利用目的や使用枚数を書いて、コピーカードを借りる必要がある。
原先生が渡してくれた青いノートには、日付、借りた人の名前、学年クラス、所属、時間、使用目的、使用枚数が書き込まれていた。
六車はそれをパラパラとめくる。
「これは文芸部の事件と何の関係があるんだ?」
「ああ、これは我々への脅迫状の件だ。脅迫状はコピーで作られていただろう。もし、校内でコピーをしたなら、ここに記録が残るはずだ。君のスマホを貸してくれ」
「あ、ああ」
俺からスマホを借りると六車が写真でノートの各ページを撮影していく。
「六車、確かにここでコピーしたなら記録がのこるけどさ、ああいう脅迫をする人は学校でわざわざ脅迫状を作ったりはしないのでは?」
「まあ、普通はそうだね」
六車と一緒に貸し出し記録を調べてみる。結果、文芸部の高橋部長、坂本、岡本、小林の4人共が、毎週みな複数回コピー機を使っていることが分かった。利用の目的は「資料のコピー」が多く、「部誌の作成」というのもあった。
そもそも脅迫状をいつ作ったのかも特定できない以上、もし脅迫状を文芸部の誰かが作ってても、特定のしようがない。
「あ、先生、もう一つ」
「まだ何かあるの?六車さん」
六車の言葉に、さっきから興味深そうに俺達のやり取りを眺めていた原先生が聞き返す。
「はい。職員室で、工具の貸し出しをしていたと思うのですが」
「ああ、そうね。部活とかで必要な場合に貸し出してるわ」
「その中に、大きなはさみ、というか『金切りばさみ』ってありますか?」
「金切りばさみならあるわよ」
「その金切りばさみの貸し出し履歴を知りたいんですが」
「ちょっと待って」
言って原先生は書類入れから赤い表紙のノートを持ってきて、俺達の前で開く。
「うーん、ここひと月くらいは貸し出しの記録はないわね」と原先生
「おかしいですね…金切りばさみを見せてもらえますか?」
「いいわよ」
そういって、原先生は工具がしまってある鉄製の戸棚を開けた。
そして、中に入っている物を探っていたが、やがて、首をかしげながら言った。
「おかしいわね…ないわ」
「ない?盗まれてるってことですか?」
「そんなことはありえないと思うけど…ねえ、高木先生、金切りばさみって知りません?」
原先生はたまたま通りかかった短髪の男性教師、高木先生に声を掛けた。
体育教師の高木先生はいつものように赤いジャージに身を固めている。生活指導も担当しているので一部生徒には嫌われていたりもするのだが、(表面上は)品行方正な六車は目をつけられたことはない。
「ああ原先生、あれならこっちに」
高木先生は、工具が入っていた棚の隣の鍵のかかるガラス棚を指さした。そして俺達がそのガラス棚をのぞき込むと、確かに金切りばさみが入っていた。
「お前たち、これを使いたいのか?ならそのノートに名前を書きなさい」
いや別に…と言おうと思ったが、六車が俺に目配せするので俺がさっき原先生が見せてくれたノートに名前を書く。
すると、鍵のかかっていたガラス棚を開け、体育教師が棚の中から金切りばさみを取り出してくれた。
俺が手に取ってみると、金切りばさみはずっしりと重い。
「ちょっとそのまま持っていてくれ」
そういって六車が取り出したのは、切られたノートの表紙の破片だった。
いつのまに持ってきてたんだこいつは。
その切り口と金切りばさみを合わせると、ぴったり合った。
しかも。
「おい、この紙を見てみろよ」
よく見ると金切りばさみの歯の根元に、小さな白い紙の紙屑がくっついていたのだ。
紙くずには、ノートの罫線が入っていた。
「どうやら、この金切りばさみでノートを切ったようだね」
そのようだ。これは驚いたな。
「お前らどうしたんだ、ハサミ、使うんじゃないのか?」
高木先生が俺たちのやっていることをいぶかしそうに見ながら言った。
「いや、もう確認が終わりましたので、返します」言いながらはさみを高木先生に手渡す六車。
「そ、そうか」
「ところで先生、なぜ、金切りばさみは別の棚にしまってあるんですか?」と六車。
「いや、実はな、この前、授業の準備のためにの金切りばさみを作業で使おうと思ったら、職員室の戸棚の中になかったんだ。
それでほかの先生が使っているのかと思って聞いて回ったりしているうちに、いつの間にかはさみが戻ってきていた。どうやら、生徒がノートにも書き込まずに勝手に持ち出したようだ。
一応刃物だからな。危険があるといけないから、鍵のかかるこっちの棚の中に入れておいたんだ」
「それ、いつのことですか」と六車。
「そうだな、水曜日の授業に使うためだったから、火曜日の放課後だな」
「それからはずっと鍵の掛かる戸棚の中に?」
「そのはずだ」
「先生、色々教えていただきありがとうございました!」
六車はぺこりと頭をさげると、そのまま職員室の出口に向かう。俺も後についていった。
「面倒なことになってきたな」
廊下に出るなり、六車が俺に言った。
「何がだよ?ノートを切ったのは、あの金切りばさみで間違いないんだから、一つ謎が解決したじゃないか」
「でも、新たに分からないことが出てきた」
「というと?」
「部長が最後にノートを見たのが火曜の放課後で、ボロボロで発見されたのが、木曜日の今日だ。だから、その間にノートはあの金切りばさみで切られたことになる」
六車は職員室から部室への歩みを止めずに続けた。
「…しかし、金切りばさみは火曜日の放課後からあの棚の中にあり、勝手につかうことはできなかった。
そうすると高木先生がはさみがなくなったことに気づいたちょうどその時、つまり火曜日に、勝手に持ち出されてノートが切られ、その後に返されたとしか考えられない」
「なるほどね、でそれが何か?」
「分からないのか?部長によれば火曜日の放課後すぐ文芸部全員は大会のため外出していた。ということは、文芸部員は金切りばさみは使えない。」
「そうだね、だから、文芸部員以外の人が切ったんだろう。それがなにか?」
文芸部員があんなことをするはずもないしな。
と、六車が突然足を止めて俺を見つめ、わざとらしくため息をついてから言った。
「さっき、君が部長から聞いていただろう。部室のロッカーには鍵がかかっていた。そして、そのカギを開けられるのは…」
あ。さっきそういえば部長が言っていた。
『鍵をもっている部員以外が錠を開けるのは無理でしょう』
こいつ、あの時はノートをいじるのに夢中かと思ったのに、ちゃんと覚えていたのか…
「鍵を開けられるのは文芸部員だけ、というわけか」
「部長の話によるとそうなる」
ん?まてよ?
「でもそうすると、結局、誰もこのいたずらをできないってことか!?」
思わず大きな声を出してしまった俺に、六車は肩をすくめる。
「いや、そんなわけはないだろう。僕が言いたいのは、どうやら単純ないたずらというわけにはいかないようだ、ということさ。
さあ、部長に呼んでもらった文芸部員が来る前に早く部室に帰ろう」
言って六車は再び歩き出した。