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4 「ノートが切られたというから、何かで切り付けられたみたいなのかと思ったけど、これはひどいな」 

「ここです」


部長に案内されて、文芸部の「部室」に入る。

文芸部の部室は、俺のクラス2-Dの隣の「予備教室」だった。


「予備教室」というのは余った教室をそのまま学校の備品置き場などに使っている部屋で、教室の後ろ半分くらいは使っていない棚やら段ボールやらでふさがっている。


前の入り口から教室に入るとすぐ右手にロッカーが置かれていた。ロッカーは普通の教室に置かれているような、四角い小型の扉が縦横たくさん並んだもので、その一つ一つは幅30センチ、高さ50センチ程度。そのロッカーの一番左の列の上から2段目の扉だけに青い小さな筒状の南京錠のような錠がついていた。


高橋部長は鍵を取り出す。六角形のような特徴的な柄のついた小さな鍵だ。

それを錠前に差し込んで回すと、かちり、と音がして錠のU字部分の片方が外れて鍵が開いた。


「今日、放課後に私と部員の坂本さんが一緒に教室に入って、私がロッカーの鍵を開けたんです。そうしたら、こうなってました」


言いながら、部長がロッカーの扉を開ける。


「うわあ…」


思わず俺は声を上げた。


 ロッカーの中の中に入っていたのは、ズタズタに引き裂かれた白い物体だった。

 縦横に引き裂かれ、白い紙でできたヘビのような状態になっているその物体には、青い厚紙がところどころくっついており、線の引かれた白い紙には黒い文字と思しきものが書き込まれている部分があることから、これが部長の話していた通り、ノート・・・おそらくはキャンパスノートであったことが分かる。

しかしほとんど原型をとどめておらず、まるで何か動物に食いちぎられたかのようなゆがんだ切り口で切断されており、破れた紙片もロッカー内に散乱していた。


「ノートが切られたというから、てっきり何かで切り付けられたみたいなのかと思ったけど、これはひどいな」俺は思わず感想を口にした。


「触っても構わないかね?」

六車は言いながら、返事も待たずにその紙でできた物体をロッカーの中から取りだした。

そして、それをそばにあった使われていない教卓の上に並べ始める。


ロッカーにはほかに文庫本や国語辞典、筆記用具、原稿用紙の束などが入っていた。

部長はそれを取りだして、教室の真ん中にある4つの机をくっつけた大きな机の上に取り出して置いていく。


「ロッカーには文芸部の備品が入れてあるんです。部活の時は取り出して使って、いつも終わったらロッカーにしまって鍵をかけていました」


「…」

六車は聞いているのか聞いていないのか、黙ったまま黙々とバラバラになったノートの切れ端を並べている。

仕方ないので俺が代わりに聞いた。


「ええと、その…そうだ、そのロッカーの鍵は誰がもってるんですか?」


「部員は全員で4人で、私の他は2年の坂本さんと1年の岡本さん、小林さんなのですが、坂本さんと岡本さんには鍵を渡しています」

と、先ほどロッカーについていた青い筒状の錠を見せる。


「これは南京錠ですか?」


「いえ、これは叔父がドイツに旅行に行ったときに買ってきたもので、見た目は南京錠みたいですけど、開ける時も閉じる時も鍵が必要なんです。ほらこうやって」


 言いながら、青い錠に部長が鍵を差し入れて回す。すると、U字部分が鍵に噛み合ってロックがかかった。


「中の構造が非常に複雑で、日本国内で合い鍵を作るのは無理だとか。だから、鍵をもっている部員以外が錠を開け閉めるするのは無理でしょう」


「へー、そうなんだ、すごいですね…」と俺。


 まずい、会話が止まってしまった。

 六車になんか言えよと目配せするが、奴はばらばらのノートのパズルに没頭している。

 うーん…ノート、ノート、そうだ。


「ノートはいつから使っているんですか?」


「被害にあったノートは新学期の9月1日からです。それ以前のノートもありますが、それは別の所で保管しています」


「ふーん…ええと、ノートにはどんなことが書いてあったんですか?」


「文芸部の持ち回りで好きなことを書いていたんです。読書感想文、創作のネタ、思いついたことなんでも。文芸部として、物を書くことに慣れるために、順番で書こうっていうこともあって」と高橋部長。


「じゃあそんなノートを破くなんてとんでもない奴ですね」


「まあそうなんですけど…でも、実は控えが取ってあるんです」


「え?」


 そういって部長は、鞄からタブレットを取り出した。


 「記録のためにタブレットで写真を撮っておいてあるの。だから破かれても実害はなかったのですが」


部長がタブレットをスワイプすると、写真に撮られたページが一ページずつめくられていく。


「なるほど。そうすると、そんな無駄なことをするっていうのは、やはり外部の人間?」


「分かりません。ただ、私たち火曜日はみんな文芸部の大会で外部に出掛けていたので、その時にやられたのではないかと」


「大会?」


「文芸大会で、部員皆が応募していたんです。火曜日は一度部室に集まったあと、すぐにみんなで一緒に出掛けたんですが、その時まではノートに異常はありませんでした。ノートをロッカーにしまい部室を出て、水曜日は部活がなくて、今日木曜日に私が鍵を開けて気づいたんです」


「文芸大会ってどんな内容なんですか?」


「雑誌社が主催している高校生向けの文芸大会です。とはいってもまあ、私たちは賞を取れるような実力ではないですけど、でも、部活としてはこういうのがないと張り合いがないと思うので」


「ところで、火曜日に鍵をかけたのは誰でしたか?」

 突然、六車が声を上げた。見ると、奴は手元のノートの切れ端を組み立て続けている。

 こっちの話を聞いていないのかと思っていたが聞いていたようだ。


「え?」部長が聞き返す。


「火曜日、皆で外部に出掛ける前にロッカーに鍵をかけたんですよね?誰が掛けたんですか?」


「それは、いつもは私が掛けるのだけど…でも、そう、あの日は出かける前はバタバタしてたから」


「かけ忘れた可能性もあるってことですか?」と六車。


「まあもしかしたら…ただ、今日来た時は確かに鍵がかかっていたわ」


「ふうん…なあ、ちょっとこれを見てたまえよ」

 突然六車が俺に言う。

 見ると、六車はズタズタになった紙を並び替え終えていた。

 勿論、紙はなくなってしまっている部分もあるが、何とかノートのような形をしている。


「こうしてみると、このノートは一冊40ページ以上あるずいぶん厚いノートだってことが分かる」


「そうです。みんなが書くので厚めのノートを使っていて」


「ここを見てみろワトソン」


六車が、切り裂かれた紙の切り口がゆがみ、擦れた紙がちぎれている箇所を指さす。


「これがどうしたんだ?」


「この切り口からすると、ノートをはさみで一気に真っ二つにしたことが分かる」


「確かに、直線的ではないから、カッターなどで切られたわけではなさそうだけど、それがどうしたんだ」


「40枚を超える厚さの紙を一気に切れる鋏なんてそうそうない。

かなりこれは大型の鋏で切られたことになる。普通の生徒はこんなものを学校にもってこないだろう。とすると、工具がある職員室で借りた可能性がある。」


「なるほど」


「それから、ノートが何枚か破かれている」


「破かれるもなにも、バラバラじゃないか」俺が答える。


「そうじゃない。ここを見ろ」

六車がちぎれたノートを慎重にめくっていく。

そうすると、ノートのうちの何ページかが、鋏で切られるのではなく、ページ丸ごと破かれていた。


「誰かが、切られる前に破いたものだろうね」


「一昨日までは、破かれてなんていなかったわ」と高橋部長。


「そうだとすると、犯人が破った可能性はあるわけか?」俺が言った。


「それから、ノートの表紙のここを見てくれ」

見ると、青い表紙の一部に、茶色いベタベタがくっついていた。


「これはガムテープ、か?」


「そうだろうね。部長、ノートの表紙にテープがついていましたか?」


「いいえ、そんな物なかったわ」


「ってことは六車、これは犯人と関係あるかもしれないって事か」


「そうだ。それから部長、こういうことをしそうな人間に誰か心当たりはないかね?部活や部員を恨んでいるとか」と六車。


「そうね、実は」

 そう言いかけたところで、スマホの着信音が鳴った。六車はスマホを持っていないし、俺のでもない。

 果たして部長の電話だった。

「もしもし…うん、ちょっと今…こっちからかけなおすね」


そういって、部長は俺たちの方に向き直った。


「ごめんなさい、ちょっと今家族から連絡があって・・・続きは後でもいい?」


「分かりました、じゃあ、後で…30分後くらいに部員の方たちに探偵部に一人ずつ来てもらうよう、伝えてもらえますか」


「分かったわ」


俺たちは予備教室の部屋を出た。




「それで、次はどうするんだ?」予備教室の扉を閉めながら俺が言った。


「そうだな、まずは職員室に行って鋏を見てみようか」言いながら六車はもう歩き出していた。


校舎の二階の廊下を歩きながら窓の外を見ると、運動場でサッカー部が活動しているのが見える。

まだ時間はだいぶ早い。夕方までにほかの部員の話を聞くことができるだろう。


しかし今日はなんか色々あった。恋愛相談に脅迫状の件に文芸部の事件。

うーん。

最初のはともかく、脅迫状と文芸部の事件は偶然なのだろうか?


歩きながら考え事をしている様子の六車に声を掛けた。


「そういえば、脅迫状の件って、文芸部の事件と関係ないのかな」


「どういうことだね。君はどう考えるんだ」と六車。


 まさか、いきなり聞き返されるとは思っていなかった俺は、あわてて言葉をつないだ。


「えーと、例えば…そう、俺たちがこの文芸部の件を調べるのを妨害するために脅迫状をだした、とか」


「君にしては面白いね。どうしてそう思うんだ?」と六車


「いや、単に事件が重なったからさ」


「うーん。…君が脅迫文を見つけたのは今日の朝で間違いないね?」


「ああ」


「そして、部長が事件に気づいたのがさっき、つまり今日の放課後で、その後我々の相談に来た。我々探偵部は有名とはいえ、部長が我々に事件を相談するとは限らないから、それを見越して脅迫するというのは少し無理があるだろうね」


「そうか」


「しかし、脅迫の動機が恨みだとすれば、文芸部には我々に恨みがある人間がいてもおかしくはないだろう」


「え?」


「文芸部は部と名前はついているが、彼女らは同好会だ。だから正式の部室はない。

部員は4人もいるから部活としての要件は満たしている。それでも、承認が得られなければ部活とは認められない。そのためには部室の空きが必要だ。

ところで、この前まで、部室棟には空きの部室があったわけだが」


「あ」


「我々が部室を取ってしまったわけだ。別に、僕は悪いと思ってはいないがね。

しかし相手にしてみればどうかわからない。さっき、我々を恨んでいる人がいるかもしれないと言ったのは、その話だ」


「そうすると、脅迫状の件についても、ついでに文芸部を調べるのか?」


「もちろん、そのつもりだ」


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