2「今時こんないわゆる『脅迫状』、みたいな体裁の脅迫状を作る人がいるもんだなあと」
「これは我々探偵部への脅迫ということだろう。しかし、奇妙なものだね。ワトソン君」
机の上に広げた脅迫文を眺めながら、すっかり上機嫌で六車が俺に言う。
ワトソン呼ばわりはもう放っておこう。
改めてよく見ると確かに、非常に妙な書類だ。書いてある内容はそこまで変なものではないのだが…
「今時こんないわゆる『脅迫状』、みたいな体裁の脅迫状を作る人がいるもんだなあと」
俺は正直な感想を述べた。
『部活をやめろ』
『従わないとどうなるか、わかっているな』
A4縦の大きさの紙に、たった2行。書いてある内容はこれだけ。
しかし、奇妙なのはその体裁だ。
文字は、その一字一字がそれぞれ四角く枠取られ、字体もバラバラ、色も大きさもバラバラで向きもずれている。まるで、新聞か雑誌から切り取ってきた文字を、一字一字紙に張り付けて、意味の通る文章にしたかのような体裁。
ちょうど昔のドラマシリーズで見た脅迫犯が作る脅迫状のようだ。
「そうだな。ただ、他にも妙なところがあるだろう。わかるかね」
六車が言った。
「うーん、ずいぶん手が込んでるなあとは思うけど」
六車があからさまにため息をつく。
「分からないのか?これがカラーコピーだっていう点だよ」
「なんだそんなことかよ。それくらいはわかるよ。バカにするな」
そんなことはもちろん俺も気づいていた。
たしかに「切り抜いた文字を紙に張り付けたかのよう」ではあるが、紙には凹凸もなく、実際に紙の上に別の紙を実際に張り付けたものではないことは一目瞭然だ。
俺の言葉を聞いて、六車は微妙な表情をしながら言った。
「ああ、まあ結構。いや、僕が言いたいのはそういうことではなくて、なんで犯人はそんなことをするのだろうか、ということさ」
「どういう意味だ?」
「犯人は、文字を新聞や雑誌から一字一字切り抜き、紙に貼って、せっかく時間をかけて脅迫文を作ったんだろうね。
じゃあ、普通はそのまま使ってもよさそうだろう。
『なぜ、犯人はわざわざカラーコピーなんて取ったのか』ということさ」
言われてみれば。
「うーん、指紋を隠すためとか?」
「そう、紙に指で糊付けをしたら、指紋が残るだろうね。しかし、我々は警察ではないし、そこまではなかなか調べられない。犯人も、おそらくこの学校の生徒だろう?そんなことのためにいちいちコピーを取るだろうか」
「確かにそうだな」
「後は・・・まあ、コピーを用いる一般的な理由はいくつかあるが、もう少し手がかりがないと単なる推測の域を出ない。じゃあ、動機を考えてみようか。どういうことが考えられる?」
しかしこいつは本当に生き生きしているな。さっきまで暗い顔で相談者のことをののしっていたとは思えない。
「そうだな、探偵部に対する恨み、又は、俺、またはお前に対する恨み」
「いいね。まあそんなところだろう。この手の脅迫の動機としては、人間関係。
特に、我々のような高校生であれば、恋愛関係のもつれというのが考えられるが・・・」
と言った後に、奴は椅子の中で腕を組み、俺の頭をまじまじと見てから言葉をつづけた。
「これは排除してもいいだろう」
「なんでだよ!」
とっさに言い返した俺。
「いや、それを僕に言わせるのかね?生まれてこの方彼女がいない君のような童貞が異性関係の恨みをかうということはないと言っていいだろう。」
「まあ、そうかもしれないけどさ!わからないだろ!」
そう、実際俺だって好きな女の子くらい、いるし、それに悩みだってあるさ。
…などと反論しようと思ったが、こいつに何かしゃべったら最後、根掘り葉掘り聞かれて隠しておきたいことも全て丸裸にされてとんでもないことになるに決まっている。やめておこう。
俺は奴の方に矛先を向けることとした。
「というか、異性関係なら、俺よりもお前のほうが問題あるんじゃないか。
よく告白されてるじゃないか。振られて恨んでるやつとか多いだろ」
「それはないな」
思いっきり嫌味を言ったつもりだったが、六車はあっさり答えた。
「なんでそんなに言い切れるんだよ」
「僕は単に、交際の申し込みを断っているだけで、相手に気を持たせたりもしていない。これは誰に対してもそうだ。だから、僕が恨まれるということは考えられないと思うよ」
「…」
いや、男女ってそんな簡単なもんでもないだろ、と突っ込もうと思ったが、童貞の俺が言っても説得力ゼロなのでやめておいた。
六車が続ける。
「後は我々探偵部を恨んでいる人物か。これはまあ…」
「思いつかないよなあ」
「いや、いるだろう」と六車。
「そうなのか?」
「…ただ、現時点で特定するのは難しいだろう」
「そんなに恨みを買った覚えはないんだが?」
「まあ、探偵というのは何もしなくても恨みを買うものだからね。ともかく、ここからわかるのはこの程度だろう。あとそもそも、この文面についてだが…」
と六車が言いかけたそこへ、
コンコン。
と突然また、部室の扉をたたく音がした。来客だろうか。こんなに多いのは珍しい。
「どうぞ」
六車がくだんの脅迫状を折りたたんで脇によけてから言った。
「お邪魔します」
扉を開けて入ってきたのは、きれいなロングヘアの美少女だった。
制服と胸元の赤いリボンの色から我が校の3年生とわかるが、大人びたイメージで大学生だと言われても信じるだろう。
「こんにちは。はじめまして。私は文芸部の部長の高橋と言います」
「どうぞ、探偵部部長の六車です。どうぞこちらへ」と六車。
高橋先輩は椅子に腰かけると、おもむろに話し出した。
「実は、相談したいことがありまして…さっき起きたことで、事件と言っていいのかわからないのですが、是非、相談に乗ってほしいのです」