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1 「さっきそこのポストに匿名の手紙が入っていてね、今日これから来るらしい。 久々の依頼者だよ」

「ワトソン君。ちょうどいいところに来たな」


 俺が部屋の扉を開けるや否や、その人物はいつものように深々とアームチェアに腰かけたまま、読んでいた新聞から目を上げて言った。


「さっきそこのポストに匿名の手紙が入っていてね、今日これから来るらしい。

久々の依頼者だよ」


「それはよかったな。最近暇そうだったからな。・・・というかワトソンて呼ぶな」

机の上に鞄を放り投げ、そっけなく俺が返すと、奴はため息をついて言った。


「無粋なことを言うようになったな。君も日常に退屈して今日もこのシャーロック・ホームズのもとを訪れたんだろうに」


また始まったか。俺は呆れて言った。


「というか、毎日会ってるじゃねえか。あとお前もホームズじゃないだろ」


「そこを気にするのかワトソン」


「俺はワトソンじゃなくて、和田わだたけるだから。お前もガキの頃から俺をタケルって呼んでただろ、六車ろくしゃ。」


そしてここはベーカー街でもなければ探偵事務所でもない。

南条学園高校、部室棟の一室だ。

もっとも備品の長机やパイプ椅子の他に、奴がどこからか持ち込んだアームチェアや実験道具や本の山が積まれてはいる。


俺も椅子に腰かける。机の向こうでアームチェアに腰かけ、腕組みをしているこいつが六車炎ろくしゃほむら。俺の子供のころからの腐れ縁の幼馴染だ。


 奴とは家が近所で親も親しく、いつも一緒に遊んでいたので、子供のころは周りから本当の兄弟みたいに言われることもあった。


 その時の兄は俺の方だったな。俺のほうが体もデカかったし。

 もちろん小学校も一緒で、名前順に並ぶと「ろ」と「わ」で近い関係もあり何かと比べられることも多かった。


ただ、だんだんと比べられることもなくなっていった。その理由の一つは、やはりこいつが全てにおいて俺なんかよりずっと優秀な人間だったからだろう。

 小学校低学年の頃に、俺はまず勉強で勝てなくなり、そのうち運動でも勝てなくなった。そして、いつしかもう奴に追いつこうとか勝とうとも思わなくなった。


 結果、俺は平々凡々、成績も運動も中くらいで全く目立たない高校2年の男子になった。ちなみにモテたためしもなく、彼女もいない。


 一方で、六車は成績優秀、運動万能、容姿端麗でとてもモテる。

1年の頃こいつは柔道部に入っていたので、一度試合を見に行ったことがあったが、応援席から黄色い声が飛んでいて驚いた。

柔道部なのにそんなのありか?おかしいだろ。


 幼馴染なので、高校に入ってからもときどき話したり遊びにいったりしていた俺たちだが、いろんな部活に出入りしたりしている奴と帰宅部の俺では接点も減っていった。


 ただ、こいつの「幼馴染」というので面倒をかけられることはたびたびだった。

というのは…俺に用だと呼ばれて行ってみると、たいていこいつに用がある…というかこいつへの『告白』だなんだということがよくあったのだ。


というか、奴の予定を根掘り葉掘り聞いた挙句、ラブレターを渡すよう頼んでくる奴は、何を考えているのか?俺も年頃の男子高校生だぞ。人の気持ちも考えないのか?


 閑話休題。何でそんな奴と俺が、部室棟の一室で机を挟んでホームズだのワトソンだのと言っているのかということだが。


 一年の頃入っていた柔道部を一年の終わり頃にやめた奴は、その体力を頼まれて色々な部活に顔を出していたのだが、二年になりゴールデンウィークも明けたある日、突然「探偵部を作る」などと言いだしたのだ。


 まあ、普通の生徒がそんなことを言い出したところで一笑に付されて終わりだ。

いくら我が南条学園高校が色々と緩い学校だとしても、部活の新設なんてそんな簡単に認められるわけもない。


ところが、六車が成績優秀で、しかも教師の覚えも非常にめでたく、そして何よりも、学校内を騒がせたあの『美術部事件』を奴が解決したということになって色々と話題になり(たまたま巻き込まれた俺も含め、だ)、探偵部は部としての新設が認められ、ちょうど空いていた部室棟の部屋を与えられたのだった。

『美術部事件』?その話はまた機会があればすることになるだろう。


そう。その結果、俺は探偵部の部員としてこいつにつき合わされ、部室に顔を出さざるを得なくなった。

しかし当然のことながら、探偵部などと言っても、平和な高校にそんなに事件などあるわけがない。したがってここを訪ねてくる者もまれなのだが――。


と、そこへ部室のドアをノックのする音がした。


「どうぞ」六車が答える。


「失礼します」


扉を開けてぺこりと一礼したのは、小柄でスポーティな印象の女生徒だった。

制服のブレザーから覗くリボンの色が水色なので、一年生、つまり俺たちの後輩にあたることが分かる。手には荷物を持っていない。


「さあ、入って」

 六車が扉の外で立ったままの女生徒を部屋の中に招き入れる。

 俺は奴の向かいの席を譲り、女生徒はそこに座った。俺は六車の隣の椅子に移る。


「やあ、よく来たね。僕がシャーロッ…」


 奴を遮って俺が言う。


「こいつが六車。で、俺が和田だ」


「六車先輩、よろしくお願いします。私は…」


 と、今度は六車が言葉を遮って言う。

「ああ、言わなくていい。君は、弓道部一年の子だよね。確か名前は篠塚光君だったか」


「え?どうしてそれを?」

目を丸くする少女。


「単純なことだよ。礼の仕方、歩き方を見れば、武道の経験があることがわかる。僕も少しやっていたからね。そして、右腕の筋肉のつきかたと右手の指のタコ。これは、弓道をやっている人間特有のものだ」

当たり前のことだとばかりに言う六車。女生徒が息を飲む。


「その身のこなしや筋肉からすると、君は高校に入って弓道を始めたのではなくて、以前からそれなりに経験がありそうだね。それで、校内新聞に載っていた弓道部の活動の記事を思い出したんだ。

写真は乗っていなかったけど、一年生の篠塚光さんが活躍してチームが入賞した、というね。だから君かなと思ってね」


「すごいです先輩!南条高校のシャーロックホームズって言われているのは伊達じゃないんですね!」


「まあ、それほどでもないよ」

 謙遜しているようで得意の笑みを隠しきれてないぞお前。


「それはそうと、相談というのは何だね?」

 六車に言われて女子生徒はまじめな顔になる。

「私の相談は、実は・・・」

 そこで一度大きく深呼吸をしてから言った。


「私、好きな先輩がいるんですけど」





「参考になりました!さすが名探偵ですね!ありがとうございました!」

一気に言い終えると、美しい一礼をし、笑顔で彼女は扉を閉めて去っていった。


「…」

そして無言の六車。


「よかったな『ホームズ』、依頼者に感謝されて」

 わざとホームズと呼んでやると、六車は思いっきり渋い顔をしながら言った。


「本気で言っているのか?恋愛相談なんかを僕のところにしに来るなんてどうかしてる。 大体「恋愛相談」なんて「相談」とは名ばかりだ。」


「とか言いながら『学園の伝説では10月3週、つまり来週にラブレターで告白すると結ばれるといわれている』とか具体的なことを言ってただろ。

 お前意外と恋愛相談に向いてるんじゃないか」


「バカか君は。こういう相談で相談者が望んでいることは「告白したい」「気持ちを伝えたい」とか明白なのだから、適当な理由をつけてそれを勧めてやっただけのこと。まったく、あいつは探偵というものを何だと思ってるんだ」


「でも、こんな相談でもあっただけよかったじゃないか」


「…」


そう、探偵部ができて部室も与えられたものの、特にこれといった依頼もないのが毎日になっていた。時々来るといえばこの手の身の上相談だけ。俺は幼馴染のよしみでつきあっているが、正直面白くもないし面倒だ。


まあ確かに、こいつの推理を聞くのは嫌いではない。それは認める。

先ほどのように観察眼には目を見張るものがあるし。

しかし正直探偵部なんてものを作ったところで平和な学園に事件なんてそんなに起きる訳もない。

それに、事件が勿論起きたら起きたでこの前のように面倒なことになるので巻き込まれたくもない。

俺としてはそんなことよりは、まあ、どこかに遊びに行ったりとかゲームしたりとか、高校生活を満喫したいと思わないわけでもないわけで。


「なあ六車、おれそろそろ帰っても…」


 と言いかけた突然六車が俺を遮って言った。


「ところでだ。その上着の内ポケットの中のものを見せてくれないか」


「え?」

 完全に不意を突かれた。

 六車が俺の目を見つめながらすかさず続ける。


「今日部屋に入ってきたときからずっと気にしてただろう。僕が気づかないと思ったのか」


「いや、これは別になんていうか、そういうのじゃなくて」


「しかも、さっきから僕と目が合った後に何度か目をポケットに落としていた。僕に関係あることなんだろう?」


うっ、何でこいつはこんなに目ざといんだ。


「それはどうしても見せられない物、なのか?」

 六車が突然悲しそうに目を伏せる。

 いつも勝気なこいつにこういう風に言われると弱いんだよなあ…。


 俺は観念して、胸ポケットの中の紙をテーブルの上になげてやった。


「ほらよ」


 六車は、四つ折りにされていた紙を開くと、その中身を読み上げる。


「なに、『部活をやめろ。従わないとどうなるか、わかっているな』。おい、これはどういうことだ?ワトソン」


 もう正直に答えるしかない。俺は覚悟を決めた。


「実は、今朝、俺の下駄箱にこの紙が入っていたんだ」


「差出人の名前はなかったのか?」


「なかった」


「最初に聞いておくがこれはお前の悪ふざけではないよな?」


「もちろん、違う。そんなくだらないことで暇を潰そうなんて思わない」


「そうか、そうか。ククク…ワトソン君、これは実に興味深い事件ではないかね?」


ああ、やっぱりこうなってしまったか。

こいつに気づかれたら、面倒なことになりそうだから、黙ってたのに…

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