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山塚純二

 講義終わりに友香が行きたがっていた中華料理のバー○ヤンへ二人で行った日のことだった。

 ラーメンと半チャーハンセットを前にした友香が食事をすることなく私の様子を窺っていた。

 中華丼と餃子を食べる私は友香のじっと見つめてくる視線に耐え切れなくなり声を掛けた。

 「どうしたの?」

 すると友香は私から視線を外して気が重そうに大きなため息を一つ吐くと重い口を開いた。

 「実はね、私のバイト先にたまたま高校の時の同級生が入ってきて…同じクラスにはなったことないから全く接点はなかったんだけど目立つから存在だけは元から知っていたの。それで向こうも私のことを知っていたみたいでバイトをキッカケに話すようになったんだ。」

 友香はそう言って(おもむろ)にスマホを出すとライン画面を私に見せてきた。

 ライン画面には山塚純二と書かれた名前とスキー場かなんかの雪山で仲間たちと自撮りしている写真がアイコンになっておりメッセージが表示されていた。

 “山口さん、山塚です!改めてよろしくね〜。早速なんだけど仲良しのゆみちゃんって子に俺の話しといてくんないかな⁇返事待ってるよ、よろしくね!“

 私がメッセージを読み上げてから自分の名前が出ていることに驚いて顔を上げると不安げな顔をした友香と目が合った。

 友香は私に眉を下げて困ったように笑うと事情を話し出した。

 「祐美がこの間、私にプリクラをくれたでしょう?それを見た山塚くんが祐美のこと可愛いし気になるから会いたいって私に言ってきたの。祐美が嫌なら断るけど…明るくて悪い子ではないと思うんだよね。仕事もよく頑張っているし…試しに会うだけでもどうかな?」

 様子を窺うように尋ねる友香に私は一瞬、戸惑ってなんて返せばいいのか分からなかった。

 友達に男の子を紹介されるなんて今まで経験したことがないし、未知なことで想像すらしたことがなかった。

 正直、恐いし自信がない。でも、このまま先輩を想っても…

 友香の顔を見ると彼女は美しい瞳をパチクリさせて期待を込めるように小首を傾げた。彼女の長くてサラサラな黒髪が斜めに揺れる。

 私がこのまま先輩を想っても目の前に彼女が存在する限り不毛な気持ちのままだ。

 それがどれほど愚かで空虚なことか、痛いほどわかっている。

 いつまでもこの気持ちを持て余すくらいなら新しい何かを見つけたい…本当はそう思っていた。

 「…うん、いいよ。」

 私が応えると友香は目を見開いて安堵したように息を吐いた。

 「それじゃあ山塚くんに連絡するから後日三人で会おう。」

 友香が笑顔で私にそう言って、ようやくラーメンに手をつける。

 緊張の糸が切れたようにラーメンと半チャーハンを頬張る彼女はいつもの食欲旺盛な姿だった。



 数日後、友香から純二との待ち合わせ場所と時間の連絡が来た。

 迎えた当日の夕方、講義を終えた後に一旦、家に帰った私は友香と初めて遊んだ時に悩んだ末つけなかった赤いリップを唇の上になぞってみた。

 鏡の前でリップを塗った自分の顔を見てみると子供のような幼い顔に赤いリップが不自然に浮いていて友香のように美しくはなかった。

 赤いリップをティッシュで擦って拭き取る。すると唇が摩擦で赤くなってタコのようになった。元の唇の方がよかった私は赤いリップを引いたことを後悔した。

 服装はいつも通りチューリップの絵が描かれた白地のTシャツに膝まであるデニムスカートを合わせて白のハイカットスニーカーを履いて行った。

 (かばん)も大学で使っているいつもの白い肩掛けのもので向かった。

 待ち合わせは隣町の最寄り駅だった為、友香と二人で電車に乗った。

 「祐美〜!今日は本当にありがとうね。山塚くんも会えるって聞いて喜んでいたよ。」

 電車に乗っている時、友香が嬉しそうに頬をピンク色にして私にそう言った。私は満更でもない様子で頷いて自分が紹介してもらう側ではなく、顔を出してあげる側の態度でいた。

 隣町に着くと友香がスマホを開いて純二に連絡を取る。

 「山塚くんはもう着いてて、改札を出たすぐ先のコンビニ前で待ってるって来てるね。」

 そう言ってスマホを片手に持つ友香と現金をチャージしたICカードで改札を抜けると友香が、あ!いたいた!と声を上げた。

 友香の視線を追うと改札を抜けた先のすぐ目の前にあるコンビニの端で白地のVネックシャツにデニムを合わせた刈り上げ頭の男がスマホを持ったまま顔を上げてこちらを見ていた。

 うわっ、嫌だ!

 目と目が合った瞬間、私はそう思った。

 それはその男に対しての嫌悪感というよりかは異性と何かが始まるかもしれないと言う生々しさに対する嫌悪感だった。

 笑顔で純二のそばに寄る友香のあとを居た堪れない思いでついていくと二人が目を合わせて会話し始める。

 「ごめん、待った?」

 「いや、全然。今、来たところだから。」

 「そっかぁ〜よかった。あ!紹介するね。私と同じ学部の滋賀崎祐美ちゃんで、こっちは同じバイト先の山塚純二くん。」

 友香に紹介されて純二の方を見ると彼が頭を下げて、山塚でーす。と言った。私も頭を下げて、滋賀崎祐美です…と返す。

 顔を上げて互いの目が合うと純二の眼差しに再び居た堪れない気持ちが芽生えた。

 純二の私を見る眼差しはきっと私を彼女として"あり"か"なし"かで判断している眼差しで自分に自信がない私は今にも逃げ出したい気持ちでいっぱいになった。

 あ〜ぁ、最悪だ。来なければよかった。

 頭の中でそんなことを思いながら友香と純二が肩を並べて歩く姿から一歩引いた状態で二人の背中を見つめる。

 二人の後ろ姿は私と違ってバランスが取れていて、どこからどう見てもカップルのようだ。

 二人とも肩を並べて歩くことに抵抗がなくて小慣れている。それは私を圧倒させて圧迫感を覚えた。

 二人の背中を怖ず怖ずとついていくと一軒のイタリアンレストランに辿り着いた。

 「俺の友達がここでバイトしてて教えてくれたんだ。」

 そう言って小洒落た店内に入ると純二に似た刈り上げ頭の男や茶髪の明るいお姉さんたちが何人も店内を歩き回っていた。

 席に着くと私は海老ドリア、友香はマルゲリータピザと海の幸ドリア、純二はボンゴレパスタの大盛りをオーダーした。

 「山口さん、急に紹介して欲しいなんて頼んでごめんね。祐美ちゃんも忙しい中、俺に会ってくれてありがとう!」

 向かいに座る純二に言われて私は一応、小さく頷く。

 私に笑いかける純二の両耳にはシルバーのフープピアスが光って見えた。

 「二人は同じ大学なんだよね。俺は○○大学の情報学部なんだ〜。理系なんだけど課題ヤバいし単位落とさないように必死だよ。俺と山口さんは同じ地元なんだけど祐美ちゃんはどこ出身なの?」

 「…千葉です。」

 「へぇ〜、千葉なんだ。じゃあ、あれだ!ディ○ニーランドだ!祐美ちゃんは地元にいた時、結構行ってた?」

 「…半年に一回くらいは。」

 「やっぱ地元だから結構行ってるね!じゃあ、高校生の時は彼氏と行ったりとかもしてたんだ?」

 純二の言葉にドキッとする。

 彼氏がいたことないなんて二人を前にして恥ずかしくて言えやしない…そう思ってモジモジしていると友香が思い出したように口を開いた。

 「そう言えば私も高一の時に彼氏とデートで行ったなぁ…親には友達と行くって嘘ついて。」

 「えぇ〜そうだったの?山口さんって高一の時、誰と付き合っていたの?」

 「四組の高田くん。」

 「うわっマジで⁉︎高田ってあの野球部で顔が凛々しいやつ⁉︎俺、あいつに授業中にうるさくて寝れないって怒られたことあるわ〜。うるさいのもダメだけど寝るのダメじゃね?って思いながら黙った記憶ある…」

 純二の話に友香が楽しそうにクスクスと笑う。

 私はその間、ニコニコしながら彼氏に関する話がこのまま流れて欲しいと願っていた。しかしその願いも虚しく純二が私の顔を見て時間を巻き戻すように再び質問して来た。

 「それで祐美ちゃんは彼氏と行ったことあるの?」

 私はごくりと唾を飲み込んで苦し紛れに答える。

 「…二回くらいなら!」

 嘘だった。彼氏なんていたことないのに小慣れた二人を前にして正直になる自信がなくて意味の分からない嘘をついた。

 私の顔は真っ赤になっていないだろうか。

 嘘だって見破られていないだろうか。

 内心、ヒヤヒヤしながら意味不明な嘘に罪悪感を覚えた。

 「そうなんだ〜。俺も高三の卒業間近に彼女と行って直後にフラれたんだよね…あれから三ヶ月以上経ってようやく元カノのこと忘れられるようになったよ…。」

 純二が思い出したようにしみじみと呟いて切なげな表情を見せる。

 元カノ、デート、フラれた…全てが自分とは縁遠いワードに私はますます自信をなくして不安を覚えた。

 食事を終えて一通り話し終えると私は純二に言われるまま互いのラインを交換した。

 解散して家に帰ると純二から早速ラインが届いていた。

 ”祐美ちゃん、今日はありがとう!今度は二人でご飯行きたいんだけど、いつなら空いてる?”

 純二のラインを読みながら私はこれから彼と関係性を深めることに恐怖を覚えた。

 私と純二はあまりにも違う。見た目も中身も経験値も何もかもがまるで違う。

 そんな男が私をメスとして見て誘っている。自己肯定感の低さから不安になった私は慌ててラインを打ち込んだ。

 ”ありがとうございました。でもしばらく忙しいので会えません。”

 純二に対して嫌な気持ちはない。でも彼は先輩じゃない。

 先輩じゃないし、刈り上げだし、ピアスとかしちゃってるし、初対面で元カノの話とかしてきてなんか軽いし、とにかく嫌だ。

 そうやって言い訳を並べて逃げるように送信ボタンを押した。



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