死ねばいいのに
丸いシートクッションに腰を下ろした私達はお互いの知らないことについて色々話した。
出身地、家族構成、高校時代のあだ名からサークルやアルバイトについても話した。
都会的なオーラを纏った友香だが出身地は長野県で大学進学を機に上京してきたらしい。学生時代のあだ名は大和撫子で五人兄弟の長女だそうだ。
兄弟の多い友香の家はお金がない為、奨学金制度を利用していて友香自身も学費や生活費を稼ぐために週五日で最寄り駅のファミレスでウェイトレスをしていると話す。
「本当はもっと稼いで貯金したいんだけど学生だから扶養範囲内で働かないとでしょ?歯痒いけど、しょうがないよね…私、早く卒業して独り立ちしたいんだぁ。」
切実な様子でまだ見えぬ卒業を待ち望む友香は明日、オープンから夜遅くまでシフトが入っているそうだ。
「サークルも入ってるんだけど時間がなくて最近は全然、顔出せてないんだよね〜。私、ゲームが好きだからゲーム同好会に入ってるんだけど最近はゲームする時間もないし…彼氏が同じ同好会で、そこで知り合ったんだけど彼氏もフットサルと掛け持ちしてるから参加できてないってこの間、言っていたんだ〜。」
思わぬタイミングで出た先輩の話題にドキッとしながらも私は顔に出さずに平静を装った。
「ねぇ、祐美は彼氏とかいるの?」
「私?…私はいないよ。」
「へぇ〜、そうなんだ!彼氏欲しいって思わないの?」
「……別にいらないよ。」
「え、そうなの?なんで⁇…あ、わかった!誰か好きな人がいるんでしょ!」
嬉しそうに私の顔を覗き込む友香に私は慌てて否定する。
「違うよ!好きな人なんていないよ。…別に今は欲しくないだけ。」
「そうなんだ〜。祐美、可愛いのに勿体無いなぁ〜。」
友香は口惜しげにそう言うと私から視線を外して天井を見上げた。私も見上げると天井に点いた電気が煌々と光っていて眩しかった。
その夜、私達は同じシングルベッドで体を寄せ合って眠りについた。
最初は友香が床で眠ると言い出したが、私がそれを止めて二人で寝ることになった。
友香の体からは彼女の部屋と同じ匂いがした。どこかで嗅いだことがあるようなよその家の匂いだ。
先輩も同じ匂いを嗅いでこのベッドで眠っているのだろうか。先輩は一体、どんな匂いがするのだろう。
いくら考えても先輩の側に寄れない私には分からないことだった。
翌朝、目を覚ますと友香の姿がいなくなっていた。
一人分が消えて動きやすくなったシングルベッドでスマホを開いて時刻を確認するとお昼になっていて、友香は私を置いてアルバイトに行ったことを察した。
このまま彼女の帰りを待っていたら夜遅くなって明日の大学にも影響することを考えていると、ラインが一件、通知されていることに気がついた。
”昨日はありがとう❤︎私はバイトに行ったけど祐美は好きなタイミングで帰っていいからね!洋服は畳んでベッド横に置いておいたよ❤︎テーブルの上に合鍵があるから、それで戸締りよろしくね^ ^”
メッセージを読んでテーブルの方に視線をやると鍵が一つ置かれていた。
初めて遊んだ相手を家に泊める友香の距離感にも驚いていたが、その相手を置いて家を出て合鍵を渡す彼女の奇行にはさらに驚かされた。
驚きながらも友香が洗濯して畳んでおいてくれた服に着替えた私は彼女の合鍵で施錠をして自分の家に帰宅した。
翌日、合鍵を返そうと思い友香をバスの中で探したが、珍しく彼女の姿がなかった。
休みなのかと思っていたが講義室で真希たちと喋っていると急いだ様子で彼女が入ってきたため、私は単なる寝坊なのかと思った。
講義を終えた後、私は真希たちと話しながら友香の姿を目で追った。
きっとこの後はまたアルバイトに行くに違いない。その前に彼女に合鍵を返したかった。
スマホを見ながら何かを打ち込んでいる様子の友香が足早に講義室をあとにする。私は真希たちに用事があると言ってその場を離れると慌てて彼女を追いかけた。
バス停に向かうであろう彼女を追っていると彼女は予想外にもバス停とは逆方向に脇目もふらず歩く。不思議に思いながらあとを追っていると自転車置き場のある角を曲がった。
もしや…と嫌な予感がしていると案の定、角を曲がった先に笑顔で手を振る先輩の姿があった。
私の視線の先で先輩がニコニコしながら友香だけを真っ直ぐに見ている。その瞳に私が映ることは決してない。
先輩と合流した友香が体の向きをこちらへと向けそうになったので私は慌てて角に隠れた。
先輩が彼女といる時にバレないように隠れるのはこれで二度目だ。私はあと何回、こんなことを繰り返すのだろうか。
角に隠れながらじっとしていると友香が自転車を引いた先輩と肩を並べながら裏門に向かって真っ直ぐに通り過ぎていく。すると通り過ぎ際に二人の会話がわずかに聞こえた。
「昨日は俺ん家泊まったから、今度は友香の家な。」
先輩が友香にそう言っている声が聞こえて私は目を見開きながら息を呑む。
友香は昨日、私を置いて家を出た後、帰らずに先輩の家に泊まったのだ。その事実を先輩の口から知った私は嫉妬で気が狂いそうになるのを必死に抑えた。
必死に抑えながらも先輩と並ぶ友香の後ろ姿を見ていると蹴り倒してしまいたくなるくらいにムカついた。
ムカついた。兎に角、ムカついた。ムカつく。
家に帰っても苛立ちや憎しみは溢れ出てきて自分の感情を抑えることが出来なかった。
鞄から友香に返し損ねた合鍵を出すと窓を開けて、隣のアパートの敷地が見える外の景色を眺めながら大きく振りかぶる。
そのまま合鍵を遠くに投げようとしたが、手を振り下ろすことが出来ず鍵を握ったまま静かに腕を落とした。そして力無く手を開くと、コンッと床に鍵の落ちる音が静かに響いた。
遣る瀬無い音だった。まるで私の心のように虚しくて独りよがりな音だ。
なんだか疲れた私は鍵を床に落としたままベッドに倒れ込んで静かに目を閉じた。
嫌なことは眠れば忘れられる。そう信じたかった。
だけど浅い眠りについて三時間ほど経ってから目を覚ましても私の遣る瀬無さから生まれる怒りや嫉妬心は未だ止む気配はなくて、あの二人の後ろ姿が脳裏に焼き付いたままだった。
目を擦ってから洗面台に向かって水で顔を洗う。顔を上げた時に鏡に映る私の顔はどこか大人びていて高校生の時とは明らかに違っていた。
もう何も知らずに夢見ているだけの少女の顔ではなくて、欲望から生まれる醜い感情に支配された女の顔をしていた。
昔は嫉妬して意地悪な感情を持っていても、もっと愛嬌があった。今の私には愛嬌なんて微塵も感じないほどに嫉妬心で狂った顔をしている。
ふと思い立ってタオルで顔を拭いた私はカーテンを開けて窓から空を見た。
夜になって真っ暗になった空にはポツンと満月が浮かんでいた。
丸くて美しい大きな満月。満月が私をじっと見下ろしている。
私は満月に向かって跪くと手を組んで憎しみを込めた。
(先輩の彼女が死にますように。)
友香の名前を出して願うのは流石に罪悪感から出来なかった。
出来なかったから友香と仲良くなる前のよそよそしさのある呼び方で死を願った。
あの二人の背中を思い出すとムカついて、苛ついて、自分を抑えることが出来なかった。だからこのくらい願ったって構わないでしょう?
あの子は私が欲しいものを持っているのだから…。
翌朝、スマホを開くと友香からラインが来ていた。
“祐美、この間チーズ好きって言ってたよね⁉︎今度一緒にチーズフォンデュ食べに行かない⁇○○駅に気になるお店があるんだ(*´-`)”
そう言ってお店のURLが貼られていたが私はそれに反応せず既読スルーをした。
もう二度とこの子と関わらない。この子と関われば関わるほど私の心は不安定になる。憎しみの中に情が入り込むと余計に自分で自分が嫌になる。
だから私はこれ以上、友香と親しくならない。
そう誓って大学に向かった。