死んでしまえ
「テストも終わったし、明日から夏休みだね〜。今からみんなでガ○トにでも行っちゃう⁇」
試験最終日を終えて講義室を出ると真希が私や好美、景子に向かってしたり顔でファミレスでの打ち上げを提案してきた。
私以外の二人はその誘いにノリノリだったが、私は前日の純二の発言が尾を引いていた為、断って一人だけ帰路につくことにした。
「祐美、なんか最近付き合い悪いけど嫌なことでもあった?」
真希が心配して私に尋ねたが、私は首を横に振って三人にバイバイする。
手を振り返す三人は私をキョトンとした顔で眺めていた。
構内を出てバス停に向かうと青空の下、バスが来るのを待つ。すると背後から聞き慣れた声で私の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
「祐美〜。」
振り向くと真夏に黒いロング丈のワンピースを着た友香が笑顔で手を振って私のそばに寄ってきた。私はその様子を無表情で見ると、ふいっと素っ気なくそっぽを向いた。
やがてすぐにバスが来た為、乗車して一人席に座ると友香は気にせず私の真後ろに座った。バスに乗っている間、私は振り返って友香の様子を見ることはなく、無言でスマホをいじっていた。
インスタで見たくもない写真たちを永遠にスクロールして見ているとバスはあっという間に駅へと到着した。
バスを降りると友香が私のそばに寄って純二との関係について尋ねてきた。
「ねぇ、あれから山塚くんとどう?」
「別に…」
「そっか〜、急に紹介してごめんね。祐美が山塚くんのことで嫌な気持ちになっていたらどうしようって最近、不安になっていたんだ。」
今までだったらなんとも思わずに受け止められた友香の発言全てが今の私には裏があって見下しているように思える。
この子は一体、何を考えているの?
今の私には友香が不気味で恐くて憎かった。
「…どうして私に山塚くんを紹介したの?」
友香に尋ねると彼女は平然とした顔で話す。
「え?だって山塚くんが祐美のこと可愛いから紹介してくれってうるさいから…山塚くん、元カノと別れてからずっと引きずってたんだけどようやく吹っ切れて前向きになれたから新しい彼女が欲しいんだって!それで祐美も彼氏いないから嫌じゃないのなら紹介しようって思って…何かまずかった⁇」
しれっとした顔で話す友香に私のプライドがポキポキと音を鳴らした。それは関節が外れるような音で、すでに崩れたものが再び悲痛な叫びを上げる声だった。
「……嘘つかないでよ。私の気持ちを知っていて紹介するなんて私に他の男を当てがえばいいって考えでしょう?友香、あんた恐いのよ。私が一条先輩のこと好きなの知っていて平然と仲良くして男を紹介するなんて…不気味だよ。」
沸々と湧き上がる怒りを抑えて話す私はきっと顔が引き攣っていたに違いない。
それに呼応するように友香の顔も暗く冷酷になっていって私を見据える彼女の顔は普段とは想像もつかないほどに冷たかった。
「祐美の方こそ私が隼人と付き合っているから仲良くしていただけでしょう?私は祐美のことを友達だと思っていたけど祐美はずっと私を憎んでいたんでしょう?」
「…そんなことないよ。」
「嘘つけ。友達だなんて一ミリも思ってないくせに…」
友香の口調はいつもよりも荒んでいた。彼女の黒い部分を私は初めて目の当たりする。
どんなに綺麗な女の子でも胸の奥で汚い部分を秘めているのだ。
「それは友香も同じでしょ?本当は私のこと大嫌いなくせに。」
つい苛立って言い返すと友香は目を見開いて呆然とした表情になった。そして私の顔を見たまま顔を歪めると突然、ポロポロと涙を流した。
「…よくもそんなこと言えるね。私の気持ちなんて何も知らないくせに…。祐美、最低だよ。…本当に最低。」
そう言って嗚咽する友香を前に私は苛立ちと罪悪感が濁流のように襲ってきた。
この苛立ちと罪悪感を消さないと私は自分が嫌いになってしまう。そうならないように自然と生まれる考え…それが開き直ることだった。
そうだよ、私は最低なんだ。だから友香を憎んでもいい。そうやって自分を言い聞かせることで私は私を守る。
ぐうの音もでない私を前に友香は啜り泣きながら涙を手のひらで拭くと私のそばから静かに背を向けて去っていく。
私はその背中を追いかけることも出来ずにただじっと見つめるだけだった。
私の心は羞恥心や嫉妬も交えたぐちゃぐちゃな感情に苛まれて今すぐにでも殻に閉じこもりたい気持ちになった。
卵のように小さな球体で自分の身を隠して閉じこもっていればこんな風に傷つかないで済むのに…
どうして私は友香なんかと仲良くなってしまったのだろう。友香なんかと友達になんてならなければよかった。
アパートに帰ると友香との出来事を忘れるためにスマホでゲームをした。
だけど頭の中では彼女の涙する顔が離れなくて、だんだん私も涙が出てきてゲームを中断した。
私だって辛くて苦しいのに自分だけ可哀想な感じで涙しないでよ。
先輩と付き合えて幸せな癖に被害者ヅラしているのがムカつく。
“祐美、最低だよ。“
友香の言葉がこだまする。
あんなこと言うなんて友香だって最低だよ。
友香だって私が先輩を好きなの分かってて友達ごっこしてたじゃん。それなのに私だけ責めるなんて…私も、私だって…
いくつもの言葉が頭の中で浮かんでは後味悪く消えていく。
私はベッドの上でスマホを乱暴に置くと声を上げて泣いた。
先輩に愛されている友香にはこの気持ちなんて分かるはずがない。
そうだよ、友香には私と違って先輩がいる。先輩がいる癖に何を傷ついているの?私はいくら泣いたって先輩に慰めてもらえない。
やっぱり私だけが惨めなんだ。
そう思って泣いていると日が落ちてすっかり部屋が真っ暗になっていた。
ベッドから降りた私はカーテンを開けて月を見上げた。そして大きな満月が私を見下ろしているのを確認すると勢いよく窓を開けて満月に向かって叫んだ。
「友香なんて大っ嫌い‼︎死んでしまえ‼︎」
そう叫び終えると窓とカーテンを乱暴に閉めて再びベッドに上がってタオルケットにくるまった。
友香なんて死んでしまえばいいんだ。
本当に大嫌い…
そうやって呪文のように頭の中で何度も唱えた。
窓の外では冷房を動かす室外機の音と蝉の鳴き声が途切れることなく聞こえていた。
冷房で涼しくなった室内で私は顔を真っ赤にしながら涙を流していて身体中が熱くなっていた。
機械的な音と虫の音だけが響く静かな夏の夜。
夜が明けたら私達は大学生になって初めての夏休みが始まる。
まさかこんな気持ちで夏休みを迎えるなんて思ってもみなくて最悪だ。
一ヶ月前まではもっと退屈で平和な状態で夏休みに入るのだと思っていた。
それなのにこんなぐちゃぐちゃな心で泣きながら夏休みを迎えることになるなんて…
この夏休み、きっと私は友香と連絡を取って会うことなく終えるだろう。
夏休みが明けたらどんな顔をして彼女と会えばいいのだろうか…