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先輩

「それで、二人の馴れ初めは?」

 ファミレスで向かいの席に座るあづさが烏龍茶の入ったコップに刺さったストローを指でなぞりながら私に尋ねる。

 私はあづさの根元まで綺麗に入ったゆる巻きの茶髪を眺めながら暗い顔で話の続きをした。

 「大学にゲーム同好会っていうのがあって先輩はそことフットサルのサークルを掛け持ちしていて、あの女はゲーム同好会で一緒だったみたい。」

 私の苛立ちと憎しみを込めた言い方にあづさは鼻で笑いながら卓上のシーザーサラダにフォークを突っ込む。

 「“あの女”ね〜。祐美は高校の時から普段は純粋で可愛い子なのに先輩の女が絡むと凶器のように鋭くなるよね。」

 そう言ってフォークに刺さったレタスとベーコンを口に運ぶあづさ。

 言われた私は慌てて甘えるように体を揺らしながら弁明した。

 「だって私、先輩が好きで諦めきれなくて同じ大学を受験したんだよ。それで合格して一年ぶりに先輩の顔が見れて舞い上がっていたのに…」

 「先輩に彼女が出来ちゃったのね。しかも相手が同じ学年で同じ学部の喋ったことはないけれど同じ講義室で授業を受けている子なんて…私だったら最悪だわ。」

 「最悪だよ。」

 あづさの言葉に同意しながら目の前に置いてあるいちごパフェに細長いスプーンを突っ込む。いちごパフェのアイスは時間が経ったせいでドロドロに溶けていて下に敷かれたコーンフレークと混ざり合ってぐちゃぐちゃになっていた。

 「だから言ったでしょ?さっさと同じサークルに入りなよって。」

 シーザーサラダを食べ終えたあづさがストローで烏龍茶を飲み干した。

 美容系の専門学校に進学したあづさは高校の頃よりも美意識が高くなって見るからに食生活が変わった。千葉の実家にいた時はよく私と一緒にコンビニでパンやお菓子を買い食いをしていたけれど今は一緒に出掛けるとやたらサラダを頼むようになった。

 たった二ヶ月ほどで食生活が丸の内のOLのようになったあづさの前で私は変わらずパフェを食べて、この後はドリアでも頼もうかな…なんて考えている。

 東京へ来て一人暮らしを始めても私は今のところ何も変わらない。一人っ子で甘やかされて育ったからホームシックにでもなるかと思っていたけれど親の干渉からほどよく離れた私は案外、自由にのびのびと暮らしている。

 「だってゲーム同好会だよ?私、家にゲーム機なんてないから出来ないもん。」

 我儘を言う子供のように口を膨らませるとあづさは呆れたように私を白い目で見る。

 「なんでもやってみないと分からないじゃない。祐美は昔から他力本願で自分から行動しないから…せっかく先輩と同じ大学に行けたのに遠くから見てるだけで話しかけなかったら何も始まらないよ。」

 中学から友人として仲良くしているだけあってあづさは私のことをよく分かっている。

 恋愛に奥手で夢見がちで、何事も繊細で行動を起こす勇気がない。だから先輩を遠くで見つめているだけで彼氏も出来ずに高校時代を終えてしまった。先輩と同じ大学に行けばまた先輩を見ることが出来る、あわよくば親しくなれるかも…なんて淡い期待を寄せていたけれど現実は甘くなくて風邪薬よりも苦い。苦くて夢を与えることもなくあっけなく終わった。恋愛ってこんなにもつまらないものなの?

 私が口をつぐむとあづさは察したように話を変えた。

 「先輩の彼女はどんな感じの子なの?」

 「どんな感じ…黒髪ロングで私よりも背が高くてモデル体型で、クールで大人っぽい見た目で美人で…いつも一人でいる。」

 いつも講義室の中で一番前の席に座って一人で講義を受けている。バスに乗っている時も歩いている時も誰とも話さずに一人でスマホをいじったり遠くを見つめている。前に食堂で見かけた時も一人でラーメンを食べていた。

 まるで友達なんていらないって言っているように見えるくらい誰かの側に寄ったり媚びたりする様子がなくて、だから目を引くようなタイプだ。先輩はそんな子が好きだったんだ。

 昔から見た目も中身も私とは正反対の人と先輩は付き合う。私とは真逆の雰囲気の子が先輩の隣で先輩と目を合わせて笑い合っている。私はいつもそれを遠くから見ているだけ。

 ただ嫉妬して、羨望して、遠くから眺めているだけだった。

 「確かに先輩は面食いそうだったもんね〜。まぁ、私も喋ったことないから知らないけどさ。」

 そう言って烏龍茶を飲み終えたあづさがドリンクバーへと立ち上がる。

 あちらこちらで聞こえる話し声と呼び出し音でガヤガヤとした店内で私達の会話はあっという間に誰も知らない過去のトークへと色を変えて消えていく。その余韻を感じながら私の心は(もや)がかかったままスッキリと晴れないでいた。

 晴れない気持ちを抱えたまま先輩に恋した瞬間を思い出した。

 円を描くように綺麗に上がったサッカーボールを仰ぎ見ると青空のそばで輝く太陽が眩しくて目を細めた瞬間、顔面に衝撃的な鈍痛が走った。

 「痛っ」

 思わず声を出して顔を覆うと手のひらに鮮血がついている。

 「祐美、大丈夫⁉︎」

 近くにいた友達が悲鳴に近い声を上げて私のそばに寄る。

 「やだっ!鼻血出てるじゃん‼︎」

 友達が私のそばでオロオロしているとグラウンドにいたサッカー部員が私の方へと駆け寄ってきた。

 「すみません、大丈夫ですか⁉︎」

 声を聞いて視線を手のひらの鮮血からサッカー部員へと移すと黒髪短髪の絵に描いたように爽やかな青年が不安気に私を見ていた。

 「はい、大丈夫です…」

 そう答えながらジャージに刺繍してある名前を一瞥すると“一条”と書かれていた。

 グラウンドと校舎を隔てるコンクリート詰の通路を友達と歩いて帰宅しようとしていた放課後だった。私は鼻血を垂らしながら初めて先輩を認識した。

 先輩が私の顔を困ったように見ているとすぐにサッカー部の顧問が現れて、私と友達を保健室へと誘導した。

 保健室で保健師に手当てをされている間、窓からグラウンドを盗み見るとさっきまでの出来事が何もなかったかのようにサッカー部員たちが元気に走り回っていた。その中に”一条“先輩も混ざっていて、先輩は仲間に向かって合図するように笑顔で手を振ったかと思いきや次の瞬間、真剣な眼差しでボールを追ってグラウンドを駆け回っていた。

 「…これは恋だ。」

 片方の鼻に詰め物をした状態で唐突に呟くと、側にいた友達が首を傾げて私の顔を見た。

 高校二年生の春の出来事だった。私は三年生の先輩に一目惚れをしたのだった。

 あれから私は先輩の姿を目で追うようになった。

 遠くからキラキラとした宝石を見るような目で先輩を見つめ続けていた。

 頭の中では何度も先輩と一緒に帰る姿を想像しながら現実世界では遠くから先輩の様子を見続けているだけだった。

 私と先輩の視線が絡むことはあれから一度もなかったけれど、私はあの記憶を大切にして先輩との関係に夢を持ち続けていた。

 それなのに夢は叶わなかった。私の代わりに先輩の隣で笑っているのは私と正反対の見た目をした女。

 彼女はいつも通学する時に私と同じバスに乗っていて、後ろの方の席に座ると彼女の後ろ姿がはっきりと目に映った。

 いつもシンプルな白地のトップスや黒のロングスカートやワイドパンツなどを履いて、モノトーンコーデを基調としている。髪型は黒髪ロングで前髪が綺麗に揃っていた。

 メイクはいつも赤いリップとブラウンのアイシャドウをしていて大人っぽい雰囲気を(まと)っている。

 身長は私よりも10センチ以上高くてモデル体型で少し近寄りがたい独特なオーラを放っていた。

 バスに乗っている時も、一人で歩いている時も彼女は周囲をキョロキョロと見回すこともなく静かに窓の景色を眺めたり、真っ直ぐ前だけを向いて歩いていた。

 先輩は彼女とどうやって親しくなったのだろうか…

 同じサークルでどんな会話をして、どんな風に仲良くなったのだろうか。どんな風に告白して、どんな風にキスをしているのだろうか…何も経験したことがない私にはわからない。

 私の想像する先輩はいつも爽やかでニコニコしているか、相手の気持ちを考えてオロオロしたり世話を焼いている姿だった。

 先輩と話したことはあれ以来ないけれどサッカーをしている時や友達と話している様子は何度も見てきた。

 彼女と二人で歩いている姿も見てきた。彼女の前でニコニコする先輩の笑顔は私の理想通りで私の求めている姿だった。

 私は先輩が欲しい。

 先輩の彼女になりたかった。

 でもそう思えば思うほどに頭を掠めるのはもしものことだった。もしも失敗したら?

 全て終わる。手を伸ばせば伸ばすほどに掴めなかった時の絶望を知ったら…恐い。

 恐くて何も行動を起こせないまま夢だけ抱いてここまで来てしまった。

 その夢が破れた今、私が出来ることはこれしかない。

 もうこれしかない…


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