最終話
コンビニから帰ってきた。
ガラクタだらけの私の家に。
鍵を開け、玄関でスリッパを脱ぐ。
リビングからスマホの着信音が聞こえてくる。
私のスマホではない、彼のものだ。
誰からなのか見る気力もない。
ポケットからパピコの片割れを出し、クローゼットを開ける。
ロングコートをかき分けると、そこに彼はいた。
クローゼットの中で体育座りをして眠っている。
時間がたつたびに冷たくなる彼の身体。
二日前、上にかかっていた私の黄色いコートを掛けてあげた。
彼の身体から溢れ出た赤い血がコートにしみ込んでいる。
オムライスみたいだな、とふと思った。
私はクローゼットの扉にもたれかかり、座り込んだ。
隣に彼がいる。
私は手に持っているパピコを彼に渡した。
食べやすいように、ちゃんと蓋を切り取って。
彼が好きだった。
宝物だった。
あの日、彼が死んだ日、彼の誕生日だった。
彼にとっては特別な日だったのに。
いつものように喫茶店でオムライスを食べることが嫌だったのかな。
私からのサプライズでも待ってたのかな。
ごめんね。
毎週金曜日、あの喫茶店で一緒に食べるオムライスが私は好きだった。
特別な時間だった。
「……自分勝手だったよね。ごめんね」
涙がこぼれた。
一滴、二滴と、頬を伝い、床に滴る。
止まらなかった。
私は床に置かれたマッチを手に取る。
中にはマッチ棒が五本入っていた。
一本取り出し、マッチを擦る。
手が震えて、なかなか火がつかない。
十回目ぐらいでやっと小さな火が付いた。
熱い。
吹き消せるほどの小さい火なのに私は怖かった。
私は静かにマッチから手を放す。
それは重力に導かれて、床に落ちた。
もう限界だった。
しかし、床に落ちたマッチ棒は五秒ほどで自然と火が消えてしまった。
床には数か所の黒い燃え跡と、無数のマッチ棒が散乱している。
自らこの世界と決別するのは都合が良すぎるのかもしれない。
もしそうだとしても、宝物を失った私にとって、この世界に気を遣う必要なんてあるはずがなかった。
それから三日後、私はその答えを出した。
ほんのりと香るカフェオレの匂い。
鳴り響くサイレンの音。
燃え盛る炎の熱さ。
そして、隣で眠っている彼。
私はゆっくりと目を閉じた。
人生でいちばん短い夏を、君と。