10話
私は白髭店員にお金を払い、店を出た。
あの日も今日と同じで、閑散とした道路が家へと続いていた。
家に帰ると、玄関に彼の靴があった。
私は急いで靴を脱ぎ、リビングへ向かう。
彼はソファーで足を組み、スマホを触っていた。
無性に腹が立った。
白髭店員から受けたあの優しさが私の怒りを助長した。
私は大きな足音を立てて、彼に詰め寄る。
「ねぇ、どうゆうつもりなの」
彼のスマホを乱暴に取り上げる。
「あ、おかえり」
まるでスマホを取られたことに気付いていないみたいな対応だ。
「おかえりじゃないよ。なんで来なかったの」
「なんでって……」
足を組み替える彼。
彼とは未だに目が合わない。
私のことを熊とでも思っているのだろうか。
「なんで」
逃がさない。
逃がすわけにはいかない。
今の私は、熊は熊でもプーさんみたいなかわいいもんじゃない。
「ねぇ、無視しないでよ」
「はぁ」
彼は深く大きな溜息をついた。
「なに?」
私は上から彼を見下ろして、短く冷たい言葉を吐いた。
「あかねはいつも自分のことばっかりだな」
その瞬間、彼と目が合った。
初めて見る彼のその目が、今でも脳裏に焼き付いている。
冷たい視線が私に向いていた。
まるで死んだ獣を睨みつけるような。
気付けば、私は、彼を殺していた。
気付けば、彼は死んでいた。
彼との別れは呆気ないものだった。