7. メスガ記者、ルルゥ。
『清純派グラドル冒険者、マイン、冒険者クラブで豪遊! 担当はカリスマ全身鎧ホスト、ローレン!』
白黒の写真には、例のグラドル冒険者、マイン。
清純派グラドルってなんだよ。一瞬で矛盾してるじゃねぇか、と言うツッコミを我慢して、俺は週刊武春を放り投げた。
「こいつ、清純派を謳っといてホス狂かよ!! こりゃ、人気落ちるぞぉ!! はは、ざまぁ、ははは、ざまぁ、ざまぁ、ははっ、あははははっ!!」
そして、腹を抱えて笑ってみせる。
しかし、あの時ゴミ捨て場で感じた異様な高揚感はどこにもなく、馬鹿馬鹿しくなった俺は、深々とため息をつきながら、もしかしたらエクスカリバーよりも硬いベッドに身を投げ出した。
あのゴミ山での衝撃から、一週間が経った。
あれ以来、『ざまぁ(笑)』のスキルは発動していない。
おかげで、俺のスキルの解釈が間違っていたのかと不安になるが、同時に、その結論を出すのは早すぎると、何度も考え直す日々が続いている。
なにせ俺は、あれ以来、心の底から、『ざまぁ(笑)』と笑えていないのだ。
もちろん、性格が良くなったわけではない。いわゆる、趣味から仕事になると本気で楽しめない現象というか、『ざまぁ(笑)』したらステータスが上がるという状況が、純粋に『ざまぁ(笑)』できていた頃とあまりに違いすぎるのだ。
そんな自分に苛立ち焦ることによって、さらに『ざまぁ(笑)』から遠ざかっている気がする。悪循環だ。
俺は深々とため息をつくと、いつものようにトレーニングを始めた。
腕立てにスクワット、腹筋をそれぞれ百回三セット。汗を吸った服を脱ぎ捨てると、恒例のステータス確認に移る。
ザマァル・モーオソー 人族
ステータス
現在値 未来値
力 15 24
体力 32 45
敏捷 25 35
魔力 13 23
才能 11 11
魔法
『斬撃』
スキル
『ざまぁ(笑)』
「……ったく、停滞してんなぁ」
ステータスを+1にするだけでも、そのステータスにあった一流のトレーニングを一ヶ月する必要があると言われているのだが、今の俺は、ステータスの伸び率にすら関わってくる”才能”の数値が11なので、もっと効率良くいくもんだと思っていた。
当然、こんなステータスではアルフォードには敵わない。あいつは全ステータス1000越えのバケモンの上、マイヤー家直系の魔法を使えるからな。
しかし、せっかく習得した『斬撃』の魔法も、ババアほど頭がいかれていないから、室内では練習できていないし……そろそろ外に出るかな。
「安いよ安いよ! ザマァル対ミノタウロスの決闘が詰まった水晶が安いよ! 決闘時間が短いから魔力消費量も少なく済むよ!」
すると、ただでさえ騒がしい外から不快な声が聞こえてきて、俺は深々とため息をついた。
俺は立ち上がり、木窓の隙間から外を伺う。
安さにつられてここに止まっている俺の責任でもあるが、通りを挟んだ向こう側は所謂『水晶屋』で、闘技場の四方に設置されていた巨大な水晶によって記録した俺とミノタウロスの戦闘を、小さな水晶に複製して売っているようだった。あれに魔力を込めりゃ、俺の痴態が水晶の中に音声付き動画で見られるってわけだ。
わざわざ路上に水晶を積み上げていて、あれから一ヶ月たったというのに、それなりの人が集まっている。俺も肉便器監督の新作ACを買いたいってのに、あれじゃ行きようがない。
ここは、マルゼンの安宿の一室。
俺は、田舎に帰らず、マルゼンに残るという選択を取った。
すぐに『ざまぁ(笑)』でステータスを上げまくり、アルフォードのやつに決闘を申し込む予定だったので、マルゼンに残るのが最適だと思ってのことだ。しかし、現状はただの引きこもりだ。
現在値を上げるためにも、そろそろ冒険者ギルドでクエストを受けたいのだが……クエストを受ける時に提出義務がある冒険証には、俺の名前と顔がデカデカと乗っているので、気づかれちまうんだよな。
……ともかく、この停滞感をなんとかしたい。そう思い立ち、少し迷ってから、壁に立てかけておいた”カタナ”と言う剣を腰に差す。
エクスカリバーと防具一式を【マイヤー・ユナイテッド】に返却したので、今後のために変装しながらこそこそガラクタしか売っていないバザールに買いに行ったのだが、これが結構気に入っている。
東洋の島国の剣らしいのだが、細長い片刃剣で、少し刀身がそっているところが、『斬撃』と相性も良いんじゃないかと思っている。
あとは、これまたバザールで売っていたボロボロの革のアーマーを、腕、胸、脛につけて、その上から黒が日焼けして灰色になったマントを羽織る。
そして、唯一奮発したのは兜だ。頭は守らないといけない部位というのもあるが、俺の場合、顔を隠せるというのが
顔全体を覆い隠すフルアーマーの方が、顔を隠すという点では良いが、今の俺にはちょっと重すぎる。
そこで、頭の半分しか覆わない半キャップ型の兜にした。普通の半キャップ型なら、顔はほとんど隠せないのだが、この兜の良いところは、目元を覆うゴーグルと一体型になっているところだ。
兜を被り、ゴーグルをがじゃんおろせば、下半顔しか見えなくなる。これなら、俺がザマァル・モーオソーであることに気づく奴はいないだろう。
「……よし」
番台で寝こけている店主を起こさないよう慎重に階段を降りてから、煤けた両開きのドアから大通りと直角に交わる路地裏に、周りを伺いながら恐る恐る出た。
細い路地なので人通りは少ないのだが、俺には警戒すべき奴がいる。
パシャリ。
そう思ったのもつかの間、眩い光に襲われる。
顔を隠しておいて良かったと思ったのも束の間、この特徴的な兜を週刊誌に載せられた方が、特定されやすくなって最悪なことに気が付く。
俺はすぐに兜を取ると、光の方を向く。すると、もう一度パシャリ。
光は、路地裏に座り込む浮浪者のうち一人から放たれたものだった。よく見れば、ボロボロの格好に不釣り合いなピカピカの魔道具が、マントの穴から覗いていた。
「おいルルゥ。何勝手に撮ってんだよ!!」
俺が怒鳴ると、その浮浪者はぴょんと立ち上がった。座っても小さいが、立つとより顕著。身長は、俺の腰ほどしかない。
「あれあれ、これは偶然ですねぇ、ザマァルさんっ」
マントのフードを取ると、ぴょこんと水色のツインテールが飛び出した。今日び、子供でもやらない髪型がよく似合う童顔には、見るもの全てを苛立たせる煽り笑顔が浮かんでいる。
「そんな変装までしといて、どこが偶然だよ、このメスガ記者が…っと、悪りぃ悪りぃ。そういやその見た目で俺より年上だったんだっけなぁ?」
「そうですよぉ。年上をメスガキ扱いだなんて、そんなにざぁこ♡って煽って欲しいんですかぁ? 私に頼まなくても、今やウルマ王国の国民みんな、あなたのことを雑魚と思ってますよぉ?」
「チッ」
俺は頭をボリボリ掻いて、今度はあるかもわからない情に訴えかけることにした。
「あのなぁ、俺はもう一般人なんだぞ。いい加減ほっといてくんねぇかな」
「またまたぁ。ご謙遜を。今だにあなたの記事を載せると、売上が倍増するんですよぉ」
ルルゥは、俺を撮った魔道具をこれでもかと見せびらかして、ニンマリと笑って見せた。
こいつは、例の週刊武春の記者。名をルルゥと言う。
最近武春で出ている俺の記事は、全てこいつが撮っている。俺が地元引っ込んだ時も、わざわざあんな田舎まで押しかけてきたくらいには、俺にご執着だ。
目下、アルフォードなんかよりもよほど俺の宿敵である。
「嘘つけ。ていうか誰が興味あんだよ、俺がゴミ出しする時の私服特集。あの記事見た時、普通にミノタウロスに負けた時よりも恥ずかしくなったぜ」
くすくす、と俺を嘲笑うルルゥ。心の底から楽しそうで、こっちまで楽しくなっちまう。
「……なぁ、気分いいか。今までは、俺の記事、マイヤー家の圧力で書けなかったんだもんな」
「はい!! 最高の気分です!!」
くったいのない笑みではっきりと言い切るルルゥ。なんとも羨ましい限りだ。俺もルルゥのようになれたら……待てよ。
「……なぁ、お願いがあるんだけど」
「記事にするなというなら無理ですよ。今日の厨二コーデをデカデカと表紙に晒してやります!」
「武春のためにもやめといたほうがいいんじゃねぇか? まぁ、それはどうでもいい。お願いってのは、お前の弟子にしてくれないかってことなんだよ」
「……は?」
ルルゥが、半月型に歪んでいた目をまん丸にする。こいつの予想を裏切れたことに少し喜びを感じながら、俺は肩をすくめた。
「あいにく、今の俺を入れてくれる冒険者パーティがなくてな」
事実は事実だか、狙いは別だ。
『ざまぁ(笑)』できずにいるのは、俺の精神状態の問題もあるだろうが、一番の原因は、あくまで武春に書いてあることが他人事だからだろう。
もちろん以前から愛読書として楽しんでこそいたのだが、あくまで暇つぶし程度で、心の底から『ざまぁ(笑)』と思えていたかというと、判断できないところだ。
しかし、ルルゥのように、週刊記者になって、自らの手でクソッタレの冒険者の悪行三昧を晒し上げたらどうだろう。
心の底から『ざまぁ(笑)』できて、ついでに金も入る。最高だ。
「お断りします!」
しかし、ルルゥがあまりにあっさりと俺の申し出を断ったので、俺はつい舌打ちをしてしまう。するとルルゥは「きゃぁっ! 怖い!」と頭を押さえしゃがみこむ。
これは次の週、「ザマァル、武春の記者に暴行!」の記事が一面に載るなと憂鬱になりながら、「なんでだよ?」と聞く。ルルゥはぴょんと立ち上がると、プププと俺を煽り笑った。
「だって、あなたは腐っても有名人じゃないですかぁ。腐っても目立つでしょうし、目も腐ってるので不審者感満載ですし、何より単純に腐ってるから臭いですぅ」
「おい、大の大人の大号泣を見せてやろうか?」
渾身の脅し文句が効いたのか、ルルゥは黙り込み……カメラを構えた。どうやら俺の泣き顔を表紙にするつもりらしい。いや、それは売れるぞ。
これ以上武春の売り上げに貢献するわけには行かないと涙を堪えていると、ルルゥはやれやれとため息をついた。
「第一、うちのパーティに入団するなら、それなりに戦闘力も求められますよ、ざぁこ♡のザマァルさんっ」
「あ、なんでだよ?」
記者になるのに戦闘力って……魔道具を扱うためにある程度の魔力が必要ってなら分かるが。
「『フラ・イ・デイ襲撃事件』、ご存知ないですか? 全く、学のないこと!」
「……ああ、んなことあったな」
週刊武春を出版しているのは、【フラ・イ・デイ】という名の記者パーティ。
このパーティもここマルゼンに本拠地を持っているのだが、そこに冒険者の集団が襲撃したことが、三年前にあった。あんな記事ばっか書いてたら、冒険者から恨みを買いまくるだろうし、当然っちゃ当然だ。
「それから、フラ・イ・デイは、記者にも自衛能力が必要だと、入団基準の一つに戦闘力を求めるようになったんです。ザマァルさんみたいな弱者男性じゃあ入れませんよ♡」
……スキルの話をすれば、このメスガ記者の鼻を明かせるし、【フラ・イ・デイ】に入団できるかもしれない。
しかし、来週にはこの国の人間全員が俺のスキルを知ることとなるだろう。
それをアルフォードのやつが知ったらどう思う。公開処刑をした俺が、実は最強にもなれるスキルを持っているとわかったら?
まず間違いなく、俺が奴を超え復讐する前に、俺を秘密裏に処分することだろう。あいつが悪い云々って話じゃない。貴族ってのはそういうもんなのだ。
「……お前、週刊記者になってから何年だ」
「え? ちょうど四年になりますけど? なんですか、急に私の個人情報をしりたがるなんてっ。きもっ! きもっ!」
「じゃ、お前はそんなに強くないわけか」
「……ま、そうなりますねぇ」
なんだよ、お前もざぁこ♡なんじゃねぇか。
よくもまぁ、そのメスガキっぷりを維持して来たもんだな。誰かわからせてやれなかったのか?
「それじゃ、俺みたいなやつがそばにいるだけでも助かるってわけだな」
「え、いやだから、あなたじゃパーティに入れませんって」
「パーティには入らなくていい。お前個人の弟子になるんだ。それなら構わねぇだろ?」
俺を疑わしげに見るルルゥ。
「ルルゥ!! 見つけたわよ!!!」
と、その時。
ヒステリックな叫び声が、路地裏に反響した。
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