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5. 『ざまぁ(笑)』

 

 マルゼンのような巨大都市は、田舎と違い、建物が寒さに身を寄せ合うように隣接している。よって、建物の隙間に路地裏という細い道ができて、大抵の場合はゴミ捨て場になっている。


 俺は、そのゴミ捨て場の中に放り投げられた。


「しかし、あんなちっちゃいミノタウロスも殺せないなんて、ザマァルマジ雑魚すぎ!」


「ほんとそれだよねー! あ、ていうか、今までのうちらとの関係、完全になかったことにしてね! あんたみたいな雑魚の女だったって思われるだけで不快で仕方ないから!」


 俺をここまで運び、放り込んだメアリーヌとアシュレールは、俺を嘲笑いながら去っていく。その背中をボケーっと眺めたが、何の感情も湧いてこなくて、俺は臭い臭いゴミの中で、ただただ呆然とし続けた。


 コツコツ。


 高いヒールが地面を突く音が、迫ってくる。


「酷いザマだね、ザマァル」


「……ベラ?」


 ベラは、胸元がざっくりと開いた真っ赤なドレスに、真っ赤なヒールを履いていた。いつもの地味な格好とあまりに違っていて、一瞬誰だかわからなかった。

 ベラは、俺のことをじっと見下ろしている。その無機質な瞳に映る情けない俺に耐えられなくなって俯くと、喉につっかえていた言葉がポロリとこぼれ落ちた。


「……なんで、騙した」


「え? ああ、だってザマァル、ビビリだから。ミノタウロスと戦うっていったら、こなかったでしょ?」


「……そうかもな」


「……ああ、ミノタウロスとなんで戦わせたのかってことかな? 私はね、スキルのないザマァルなんてこれから惨めな人生しか送れないし、すぐに皆から忘れ去られるんだから放っておけばいいって言ったんだけど、アルフォード様のザマァルへの恨みは深かったみたい。だから、私の方から提案したの。ザマァルを公開処刑しようって」


 倦怠感に身体の力が抜けて、ゴミの中に、ずぶずぶと沈んでいく。もう何処かに行って欲しかったが、ベラのヒールは地面に突き刺さったままだ。


「ああ、そうだ。もしまだ勘違いしてたらいけないから、この際はっきり言っておくね」


 無機質だったベラの声に、感情が燈り始める。それが希望の光であるはずがないのに、俺は顔をあげてしまう。


「ザマァルのこと好きって言ったけど、あれ、嘘だから」


「……っ」


 そして、俺を見下しきった顔を、真正面から見ることになる。


「本当に好きなのはアルフォード様。付き合ってるんだ、私たち。これから一緒にディナーなの」


「……そうか」


 通りで、こんな路地裏にドレスにヒールで現れたわけだ。俺のところに来たのは、そのついでだったってことか。


「そりゃ、よかったな。それじゃあ、さっさと、行けよ」


「……ふふ、ふふふ」


 すると、ベラが口に手を当て、小さく笑い始める。

 目を逸らす気になれなかったのは、きっとこれが、こいつが俺に笑いかける最後の時だからだろう。

 そして、ベラはこう言った。


「ザマァル、ざまぁみろ(笑)」


 それは、今までベラが俺に向けてきた全ての言葉が、嘘だったと実感できるほど、感情に満ち満ちた言葉だった。


「ふふ、言えてよかった! 女神様に先を越されちゃったのは残念だけど、女神様のおかげで今があるんだから、感謝しなきゃだよね……本当に、本当にザマァルのこと、嫌いだったから!」


 笑みは、徐々に嘲笑に変わり、やがて怒りの感情がにじみ出てくる。


「全部、女神様の言う通りだよ! ザマァルは、ほんっとうにどうしようもないクズ! 優しかったのは最初だけ! すぐに与えらた権力に毒されて、お金と女と人の不幸しか頭にない、ただただ偉そうで周りに気を使わせてばっかの最低男に成り下がって! 私やアルフォード様、ザマァルのために頑張ってる人たちを、何一つ尊重してくれなかったよね! 自分を守る盾と、善行を稼ぐ剣扱いだったよね!!」 


 怒り任せに振り上げられた足が、俺の脇腹に落ちる。ヒールが深々と刺さったが、悲鳴はあげなかった。


「特に、アルフォード様に対しては酷い! アルフォード様のほしいものを全部奪っていった! スキルの蕾以外は全部アルフォード様が勝ってるし、真面目に頑張ってるアルフォード様の方が評価されるべきなのに、ただ虹色の蕾を与えられただけで、マイヤー家次期当主の座さえ奪って!!! 本来の継承者のアルフォード様が、どれほど傷ついたか!!」


 それはアルフォードの親父が決めたことで、俺のせいじゃない、と言おうとも思ったが、反論する気さえ起きない。


「アルフォード様が結界の外で危険な魔物と戦ってる間に、ザマァルを守り続けないといけなかった私の気持ちが分かる!? 何回も運命を呪ったんだよ!? お気に入りの女の子とイチャイチャイチャイチャ、しまいには下品な週刊誌を見てざまぁし出すような最低男を守って、大好きなアルフォード様を守れない自分が、嫌で嫌で仕方なかった!」


 ヒールが何度も俺の腹を刺す。


「優しいから好きだなんて、嘘に決まってるじゃない! 本当に優しいのは、アルフォード様みたいに、どれだけ酷い仕打ちを受けている時でも優しい心を失わない人なんだよ!! よくもまぁ、あんな言葉信じられたね!! 私、笑いを堪えるの必死だったんだから!!」


「…………」


「……あは、あははは、あははははっ」


 やがて、ヒールは俺の脇腹から離れる。

 ベラは、「はぁ、すっきりした。案外いいね、ざまぁするのも」と、目元に浮かんだ涙を拭った。


「それじゃ、さようなら、ザマァル。もう二度と、会うこともないと思うけど」


 そして、コツコツと、まるで踊っているかのようにリズミカルな音を立てて、ベラは去っていった。


 俺はその背中を見送ってから、ゴミの山から立ち上がろうとした。

 しかし、エクスカリバーに直してもらったはずの足には力が入らない。再びゴミ山にダイブする。


 ポツリ、と、水滴が俺の手の甲に落ちた。ポツリ、ポツリのあと、すぐさまザァザァと、俺を打ち付ける雨に早替りした。


 街ゆく人々の悲鳴が狭い路地に木霊したのも束の間、雨の音以外、何も聞こえなくなる。


「……はは、ははは」


 これでは、泣くこともできない。


「ははははは!!!」


 その代わりに湧き上がってきたのは、意外にも愉悦の感情だった。俺は止めどなく湧き上がり収まりがつきそうにないその感情を、笑うことで発散する。


「……ざまぁみろ、ザマァル・モーオソー」


 そして、気が済むまで笑ってから、そう呟くと、冷え切った身体に、熱が燈るのを感じる。

 雨によってより臭気が強くなったゴミの山の中で、俺はジタバタ暴れながら叫んだ。


「こんな惨めな目に遭ってんのも、全部お前の自業自得なんだぞ、ザマァル・モーオソー!! お前が優しいお前のままなら、女神様やベラたちに嫌われることもなかった! こんなふうに復讐されることもなかったんだ!! 全部、全部、お前のせいだ!!」


 後悔したってもう遅い。環境のせいだ、なんて言い訳も通じない。ハズレスキルを引いた途端、これほどの掌返しを受けるようなどうしようもないクズだったという事実は、変えようがない。


 俺はゴミ山の中でめいいっぱい身体を広げた。激しい雨に打たれていると、女神様に罰されている気分になって、とても気分がよかった。


「はは、ざまぁ、ざまぁ、ざまぁみろ、俺!!! はは、ははは、はははは……え?」


 熱、い……?

 感情の昂りにより、体温が上がったのかと思ったが、すぐさまそんなレベルの話ではないことがわかる。


「あつ、えっ、熱い、熱いんですけど!?!?!?」


 俺はゴミ山から飛び出すと、服を脱ぎ捨て身体を確認したが、火傷の痕すらない。

 しかし、耐え難い熱は確かにこの皮膚の下に存在している。


 じっとしていることもできずに、俺はゴミ山の中に身体を突っ込んだ。鼻が曲がるような臭気も、この熱を誤魔化すにはいたらない。


 このままでは、死ぬ。そう確信した俺は、叫ぶのをやめて、この熱の原因を探ることにした。

 全身が焼き爛れたように熱い、が、その中でもより強烈なのは……胸、つまりはステータスの石盤の場所だ。


「ステータス・オープン!!!」


 そう叫ぶと、俺の胸のうちからずるりと石盤が出てくる。しかし、熱は治まりそうにない。石盤が原因というわけじゃない!? それじゃあ一体、何が……。


「……え?」


 しかし、ステータスの石盤を見たとき、俺は熱のことなど完全に忘れてしまっていた。


ザマァル・ノーランド 人族


ステータス 

      現在値     未来値

 力    5+10    6+18

 体力   12+20   15+30

 敏捷   10+15 12+23

 魔力   3+10    3+20

 才能   1+10    1+10


魔法

 『斬撃』


スキル 

 『ざまぁ(笑)』


「ステータスが、上がった……?」



明日もなんとか五話投稿予定です!


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