18. クエスト同行
ホスト冒険者どもにクエスト同伴の件を伝えると、奴らは苦虫を噛み潰したような表情で俺を見送った。
女神様の契約上俺は逃げても無駄なので、つけてきているまぁ、つけてきていたとしても撒けばいい。
クエスト同伴ということで、冒険者クラブの取り上げられた兜とカタナも返ってきた。兜は変装の必需品だし、なんだかんだ、この“カタナ”は気に入っていたので、嬉しいっちゃ嬉しい。
待ち合わせは、冒険者ギルド。
あまり長居したくないので集合時間ギリギリに行くと、ちょうど毛皮のローブ姿が受付嬢と話しているのが見えた。毛皮越しの受付嬢の顔はずいぶん戸惑っているようだったが、行くべきかどうか迷っているうちに、話は終わったようだ。
マインは踵を返すと、俺を見つけてブンブン手を振った。
「もう、遅いわよ!! あんまりにも遅いから、すっごいクエスト受けちゃった!!」
「えぇ? おい、ちょっと待っとけって言っただろ」
俺はマインから差し出されたクエスト用紙を受け取り、絶句してしまった。
『森に住まう怪鳥、コカリトス討伐!!』
「これ、報酬すごくない!? なんと十万ピルス!! 怪しげな鳥を倒すだけでこんだけ貰えるって、冒険者ってめっちゃ楽な商売じゃない!?」
「……お前、怪鳥のこと、鼻かんむりした鳥のことだと思ってんじゃねぇだろうな」
「さすがにそこまで思ってないわよ! ドロボウ髭の鳥でしょ!? マイン、体毛濃い男とか無理だから、ぶっ殺せる気がする!」
鋭い爪でしゅっしゅとひっかくそぶりを見せるマイン。ああ、ぶん殴りてぇ……。
「いいか、マイン。コカリトスってのはな、マイヤー大森林の中でも最強格の魔物なんだぞ」
コカリトス。基本的には鶏を巨大にしたものを想像すればいいが、全く違う特徴が一つ。その尾っぽだ……いや、尾っぽと言ってもいいのかもよくわからない。鶏のお尻から生えているのは、なんと大蛇なのだ。
それも、ただの大蛇ではない。その大蛇と目が合えば、睨まれた蛙のように、身体が動かなくなってしまう。やがて身体は石のように硬くなり、そして、比喩表現でもなんでもない、本物の石になってしまうのだ。
未だどう言った魔法を使っているのかは不明なので、あの尻尾をそのまま持ち帰れば、研究材料としてとんでもない額になる。今回の討伐報酬も、やはり尻尾の持ち帰りが条件なので、無理ゲーにつぐ無理ゲーだ。
対して、鶏の方は軽んじられることが多いが、普通に厄介だ。その爪には猛毒があり、少しの切り傷で三日三晩苦しみ死に至る。クチバシは岩さえ砕くほど強固で、その鳴き声は人間の耳が耐えうる域を超えており、目眩を起こせば良い方なのだ。
しかし、これだけの説明をしても、マインは自信げに巨大な胸を張って見せる。
「大丈夫よ、だってマイン、不死なんだから!」
「いや、不死じゃなくって、ただ回復力が強いだけだろ。頭から喰われたらそれでおしまいだぞ」
「何言ってんのよ! マインのご尊顔を食べられるわけないじゃん! 握手会で舐めたいとか言われたことあるけど! まじきもいのマインのファン! ほら、めんどくさいから飛龍に乗って行きましょ!」
飛龍。体長三メートルほどの小さな龍で、龍の中で唯一人間が育てられる龍で、地上の馬、空の飛龍と、移動手段を二分している。
高地の多いマルゼンでは圧倒的に飛龍が便利なので、この冒険者ギルドの横には巨大な厩舎があり、そこでは冒険者ギルドが育て上げた飛龍がうじゃうじゃいる。
しかし、そこはさすががめついギルドだ。一匹の飛龍を一時間使うと七千ピルス。
飛龍は笛を吹けば勝手に帰ってくれるが、帰りの時間も換算されるので、ここから三十分のところに行き、帰りは歩いて帰っても七千ピルスかかるのだ。
その清算の都合上、支払いは後払いなので、クエストを達成した場合はその報酬金額から払うことができるのだが、冒険者が死んで支払い能力がなくなった際のことを考えて、手付金に一万ピルス納めないといけない。
わざわざ飛龍を使って結界の効果のない奥地まで行くような冒険者は、当然優秀でお金持ちと言うわけだ。
「あのなぁ、マイン、持ち合わせは?」
「え? マイン、基本的に男の人におごってもらうから、財布持ってきてない!」
「だよな……ご存知のことかと思うが、俺にもねぇぞ。コカリトスは諦めて他の魔物にしようぜ」
「大丈夫、作戦があるの! ほら行くわよ!」
マインはルンルンステップで冒険者ギルドから出ていく。
オイオイオイ……死ぬわアイツ。冒険者デビューしたやつにありがちな、冒険者ハイに掛かっちまってる。
まぁ、ただ、あいつの回復力は、コカリトス攻略に大いに使える。
コカリトスはその攻撃力によって危険視されている魔物なので、俺の『斬撃』も通用するはずだ。
しかも、コカリトスほどの魔物だと、近くに強くて警戒心の強い魔物はよりつかないので、今回の俺の目的には案外有利かもしれない。
クエスト同行を機に、ホストに沼る女は多い。
ホストに通うような都会の女の大半が冒険者としての経験がなく、魔物との戦闘経験もない。そんな中、目の前にクソ雑魚魔物が現れるだけで、皆ガクガクと足が震え動けなくなるらしい。
そんな状況で、ホスト冒険者が颯爽と自分を助けると、一度恐怖に晒された反動もあり、助けてもらったという恩が際立つのだ。
”冒険者と村娘効果”とも呼ばれ、村を冒険者に救ってもらった村娘は、簡単に冒険者に身体を許すことからつけられた。冒険者を長く続けていれば、一度はおいしい思いをしたことがあるくらいには一般的だ。
有名雄冒険者どもは、冒険者をやってる理由として綺麗事ばっか言うが、俺が代表して言ってやりたい。
女と簡単にヤレるから、冒険者は命を張るのだ。
まぁ、そんな真実はともかく、ローレンがいつまで俺とマインの逢瀬を傍観しているかは分からない。ローレンからしたら、本当に俺とマインをくっつけようなんて気はなくて、一度突き放すことによってより依存を高めようって腹だろうからな。できることなら今日にでも、マインにローレンを裏切る決断させたい。
昨日の段階で、大分こいつがチョロい女だと言うことがわかった。しかし、こいつの場合、『回復強化【特大】』があり、顔を火球で焼かれるとか言う冒険者でもなかなか経験できない修羅場を潜ってるからな。マジでコカリトスくらいの危険性のある魔物じゃないと、”冒険者と村娘効果”まで持っていけないのではないか。
……いやいや、それにしたって、コカリトスは危なすぎる。ヤバイな、俺も変にテンションが上がっちまってる。なにせ、まともに冒険者をやるのは俺だって初めてなんだ。
俺は高鳴る心臓そのままに、マインの後を追ったのだった。