17. 復讐への第一歩
こいつがどんだけイかれてても、金を貢ぐだけ貢いで、払えなくなったら捨てられた、なんて状況、可愛さ余って憎さ百倍になるには十分だ。実際、こいつは相当ローレンに対して溜め込んでいる様子だしな。
目下、俺が一番叩きのめしたいのはローレンだ。あいつに一千万ピルスの借金をしている以上、まずはあいつを殺す必要がある。女神様の契約は絶対だが、それはあくまで契約者が生きてたらの話だからだ。
当然、こんな常識はローレンのやつも警戒してるので、奴は常に取り巻きのホストに身を守らせ、同時に俺も監視させている。
目撃者がいる中あいつを殺せば、その瞬間俺は千人はホスト冒険者を抱える【ダンディ・エア】を敵に回すことになる。そりゃさすがにまずい。
だが、逆に言えば、常に監視されているってことは、マインがローレンを殺した際に、俺が無実だってことを簡単に証明できる。
この面にこの身体だ。マインは、毎晩のようにローレンに抱かれていることだろう。ベッドで寝こけるローレンの首を切ることも、マインなら可能ってわけだ。
……いや、そんなことさせないでも、他の復讐手段がある。今回の美人局? の一件を、マインの口から週刊武春の記者に語ってもらうってのもある。今でもローレンなんかより圧倒的に人気であるマインの持ち込みとなりゃあ、俺が被害者云々ってのもさして
それでも気に食わないなら、他の犠牲者についてでもいい。ローレンに金を貢ぎ続けたマインが、ローレンの悪行を週刊誌にたれ込んだらどうだろう。
“関係者談”とは信憑性が格段に違う。ローレンは社会的信用を完全に失って、批判を恐れた【ダンディ・エア】はローレンを追放する。
そんな冒険者が死のうと、自殺で片付けられるのがオチってわけだ……くく、どちらにせよ、今から楽しみだぜ。
ともかく、ローレンをぶっ殺して『ざまぁ(笑)』するまで、一時的にこいつと組むのはアリだ。
「そんだけ貢がせといて、まだグラビアさせようとしてのかよ……マイン、可哀想だなぁ」
俺が同情を示すと、マインはふんと鼻を鳴らす。やはり、満更ではなさそうだ。
「どうだ? そんだけ貢がせてるんだから、結婚の話とかも出てるんだろ?」
「え、それは……ないけど」
「えぇ!? ないのか!? ローレン最低だな!?」
「べ、別に、結婚したいわけじゃないし! そこらへんのガチ恋女と一緒にしないで! マインは、ただローレンに貢献できてるだけでいいの!」
なんだそりゃ。んな都合のいい女、この世にいるわけがない。どうやらこいつ、自分のことすらわかってないようだな。
お前は、絶対に振り向いてもらえない男に尽くしている健気な自分に酔ってるだけのクソバカ女だ。ローレンのためじゃなくって、自分のためにやってんだよナルシスト女。
こんなやつは、復讐する自分にだって、なんだかんだ理由をつけて酔えるに違いない。その理由を作ってやれば、案外あっさりことが進むかもしれないぞ。
「そうか、しかしそうなってくると、これから大変だな。ローレンにはマイン以外の太客いっぱいいるし、その中でローレンに貢献するってなると、仕事が減っちまった今はまずい状況なんじゃねぇの?」
「うっ、それは、そうなんだけど……」
マインはもはやほぼシャンパンをゴクゴク飲み干すと、ぽつりと呟いた。
「ねぇ、あんた、冒険者じゃない?」
意図を測りかねながらも、頷く。
「一応な。て言うか、それを言ったらお前だって冒険者だろ?」
「あたしはただ冒険者資格とっただけだし……ねぇ、冒険者って儲かるの?」
「ああ、儲かるね。俺は貯金しない主義だったがすっからかんだったが、本来は一千万ピルスなんて、はした金ってくらいには稼いでた」
ゴクリ、と、マインの白い喉が蠢く。どうやらグラドルで稼げないから、冒険者で稼ごうという腹づもりらしい。
典型的な冒険者を舐め切った馬鹿の発想だし、美人局でもやってろ、と言いたいところだが、こいつのスキルを考えたら、普通に働く稼げるか。
……しかし、この展開はいいぞ。
今後、こいつと二人きりになれる機会は、そうそうないだろう。そもそも、ホストクラブで二人きりで接客するという行為が稀だ。
しかし、そんなホストと二人きりになることができるシステムがある。『同伴』だ。
簡単にいえば、出勤前のホストと客が外で会う行為のこと。ローレンなんかは、毎回別の女と一緒にクラブに出勤していたりする。
同伴の中でも特に人気なのは、一緒にクエストを受け、魔物の森に狩りにいくクエスト同行だ。腐っても冒険者で、冒険者時代のファンが客に来ることが多いので、案外需要があるのだ。
俺はグラスに口をつけ軽く酒を含んでから、アルコール任せにこう言った。
「良かったら、俺と同伴してくれよ。冒険者として稼ぎたいなら俺を一緒に連れてってくれたら、魔物がよく出るスポットから、受けるべきクエストから、全部教えられるぜ」
すると、
「は、はぁ!? そんなこしたら、ローランに誤解されちゃうぢゃん!!」
「ああ、そうだな。誤解させちまえばいい」
俺がそう囁くと、マインが猫目をぱちくりと瞬かせる。
「男なんて、甘やかしてたらすぐ調子に乗る生き物なんだよ。現に指名してもらったにもかかわらず、お前を放置して他の女とどっかに行っちまってる。そんな扱いしても、お前が離れないって確信してるんだよ」
「……それは、そうだと思うけど」
「そうだろ? だから、お前がそんな都合のいい女じゃないってことを、ローレンに教えてやんなくちゃいけないんだよ。大体、ローレンの方から俺に担当変えろって言ってきたんだから、奴が責める権利は全くないだろ?」
「で、でもぉ……」
「おいおい、そんな刺激のない女のままだったら、ローレンに飽きられちゃうぞ?」
「そ、それは困る!!」
がしゃん、とジョッキ同士がぶつかるくらいに強く、マインが机を叩きつける。ローレンに対する執着は強いか……いや、依存する対象を失うのが怖いだけか。
「だろ? 協力するよ」
俺が作り笑いを浮かべると、マインは、ぴんと立てた耳尻尾を、シュルシュルと器用に巻いて、火照った
「だからさ、なんでそんな優しくするわけ? 言ってもマイン、あんたを騙した、みたいな形になったわけじゃん?」
ここがポイントになりそうだ。この三年間で死ぬほど女遊びしてきた経験を生かさないてはない。
「俺は、お前を治療するためにローレンに借金したんだぞ?」
「……何よ、私のこと恨んでるって言いたいわけ?」
「チゲぇよ。俺がどうしようもねぇクズなこと、週刊誌読んでるなら重々承知のことだろ? その俺が、そこまでしたんだぜ……そんくらい好きだったっことだよ」
「ほ、ほぉぇ?」
マインが馬鹿みたいな声をあげて、スケスケの乳すら真っ赤にして照れる。プイっとそっぽを向いた。
「で、でも、今は嫌いってことでしょ!?」
「そう思ってたんだがな。こうやって、お前が裏切る前みたいに喋ってると、どうもそうじゃないらしい」
「……ふ、ふぅん、そ、そっか! もう、ザマァルほんとマインのこと好きなのね! きもっきもっ!!」
罵倒とは裏腹に、マインの尻尾はブンブン振れている。俺はすかさず、マインの猫耳に耳打ちをした。
「それじゃ、明日、同伴な」
「……し、仕方ないわねぇ! 行ってあげるわ! ローレンにも、いいホストに育ててって頼まれてるし!」
なんともまぁ、チョロいことだ。貴族時代、いろんな女と関わってきた俺だから分かる。この女はいとも簡単にローレンを裏切るだろう。
マインと協力し、ローレンに対して復讐を遂げて『ざまぁ(笑)』をした後、当然マインにも『ざまぁ(笑)』してやるつもりだが、どうせだったら同時に進行しておきたい。
この女は依存体質で、俺はその依存先の男と顔が似ている。
そして、依存先の男のために他の男を騙すような女だ。ローレンに貢ぎ始めたのはローレンが貧乏人だった頃みたいだし、弱ってる男の方が好きなタイプなんだろう。
つまり、今の俺に依存先を鞍替えする可能性は、十二分にあるってことだ。
その依存先の男が、ローレンへの復讐に協力してほしいとなったら、自分の中の復讐心を晴らす最高の理由ができる。なんなら自分の男のためにやってるマイン素敵! なんて馬鹿げた思想を抱いてもおかしくない。ローレンに対する復讐のハードルを下げてやることができる。
もちろん、マインが好きなんていうのは大嘘だ。そしてこの嘘は、マインへの復讐への第一歩でもある。
ローレンのへのこいつを利用つくしたあと、ローレンに対する復讐を完遂したところで、こいつを思いっきり捨ててやる。依存先に捨てられそうになって泣き叫ぶこいつを見ながら『ざまぁ(笑)』してやる……ああ、罪悪感なんて一つもない。純度百の愉悦を感じられるという確信に、胸が高まった。
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