16. 宿敵と二人きり
軽薄なホストクラブに似合わない異様な緊張感が漂う。マインからしたら、今すぐ脳天に酒瓶を振り下ろされてもおかしくないよう状況だ。もちろん、こいつの回復力が異常でなかったら、きっとそうしていたことだろう。
「……でやる」
「あ?」
沈黙を破ったのは、マインの方だった。
奴の身体はブルブルと震え、それに合わせて乳もぷるぷると揺れた。命乞いのつもりなら、泣き叫ぶよりもよっぽどわかってるが、あいにく乳程度では許す気にはなれない。
「死んでやる!!」
しかし、マインは俺の予想と全く真逆の行動をとった。フルーツ盛りにぶっ刺してあった果物ナイフを、自分の手首に当てたのだ。
「……おい、お前、何やってんの?」
俺が問いかけると、マインは猫目に涙をいっぱいに溜めて俺を睨みつけた。
「手首を切ろうとしてんのよ! そうでもしないとローランが考え直してくれないでしょ!?」
「……お前、本当に馬鹿なんだな」
「馬鹿って何よ!? あんたにはわかんないでしょうね、マインの気持ちなんか!」
まさか、俺というお前の被害者の前で、こうも被害者面するとは思わなかった。その面の皮の厚さには、呆れを通り越して感心してしまう。
すっかり怒る気もなくなってしまったので、ため息混じりにこう言ってやった。
「顔を焼かれてもすぐ治るような女がリストカットしたところで、誰も慌てねぇよ。だいたい、ファイアボールでお前の顔を焼いたのがそのローレンだろうが」
「あ、そ、そっか」
マインは、おとなしく果物ナイフを置いた。シクったな。そのままリスカさせとけば、その愚かさを見てざまぁできたかもしれないってのに。
……しかし、こいつ、流れの中とはいえ、あっさりあの火球がローランの魔法であることを吐きやがったな。
冒険者ホストなんて、まともに冒険者で食えない奴がやる汚れ仕事だ。火球の完成度から見てもローレンは大した実力者ではないだろうが……奴の情報を得ておいて、損はない。
「ほら、飲めよ」
俺は、シャンパンを、桃で絞ったジュースで割って、マインに差し出す。するとマインは、なぜかポッと顔を赤らめた。
そして、ツインテールを人差し指でくるくる巻きながら、ふんと鼻を鳴らす。
「な、何よ、急に優しくして!」
「あ?」
「どーせ変な勘違いしてるんでしょ! マジ勘弁なんですけど!」
「……はぁ?」
何言ってんだこいつ。勘違い? まさか、今更になって騙すつもりはなかったって言うつもりじゃねぇだろうな。
すると、マインはジュース割のシャンパンをゴクゴク飲み干す。どうやら酒は強いようだな。
新たな酒を、今度はシャンパン多めで作ってやる。これを優しさだと思ってるのなら大間違いで、お前を酔わせて口を緩くしてやるのが狙いだ。
マインは、差し出された二杯目を受け取ると、フンと鼻息荒くこういった。
「ローレン、ちょっとあんたに似てるけど、マインはそれを知らずにローランの担当になったんだからね!」
「ああ、それか……」
くそどうでもいい……いや、ここからなんだかんだ気になっていたことを聞くいい糸口になるか。
「そうか? 本当は俺のファンで、俺に似てるからって理由で指名したんじゃねぇの?」
「はぁ!? マジで勘弁なんですけど!! ないない、絶対にない!! 」
「それじゃあよ、なんであの全身鎧野郎なんかに貢いでんだよ。もしかしたら中身がバケモン級のブスかもしんなかったわけだろ?」
すると、マインはシャンパン割りに口をつけてから、やれやれと肩を竦める。
「これだから、人のことを見た目でしか捉えられないやつって嫌なのよねー」
よくもまあ、見た目のみで飯食ってるやつが言えたもんだよと言い返しかったが、グッと堪えて続ける。
「それじゃあ、見た目以外のどこがいいんだよ? トークもさしてうまくねぇし、冒険者として有名ってわけでもねぇだろ? なんだ、実はめちゃくちゃ強いとかか?」
「別に? 強くはないんじゃない?」
「……じゃあなんでだよ?」
「……………っっっっ」
「ふっ」
なんて言うか、ここまであからさまに口籠るやつを初めて見たから、ちょっと笑ってしまうと、マインが怪訝な顔で俺を見る。
警戒させてしまったか。ローレンに、なんらかの秘密があるのと、そこまで強くなさそうだと言うことがとりあえず知れただけも良かったとして、他にも聞きたいことがあるからとりあえず話題をそらそう。
「しかし、ローレンはお前のこと好きでもなんでもなさそうだな。たとえ『回復強化【特大】』を持ちだろうが、好きな女の顔は焼かない。酷い男だよ」
「そーなの!」
すると、マインがジョッキを机に叩きつける。酒が飛び散り、ぶるんと揺れた胸にぶっかかり、フリフリの白いブラウスがスケスケになったが、マインは気にした様子もなく続ける。
「ほんとに酷いよね! 最初は、ちょっとあぶるくらいって言ってたのに、あれのどこがあぶり!? 中まで火通っちゃってたんだけど!……あれ、マイン、ザマァルにスキルのこと教えたっけ」
「ああ、言ってたぞぉ。自慢げにな」
気になる反応だが、それはいったん置いておこう。
これで、こいつのスキルが『回復強化【特大】』であることが確定した。
どの媒体の当たりスキル一覧にも絶対に乗っている、ぶっ壊れスキルの一つが、こんな女の元に行っているなんて、当たりスキルを頂戴した恩も忘れて文句をつけたくなってしまう。
『回復強化【特大】』。
その名の通り、回復能力を強化するスキルだが、その効果は【特大】の名に恥じず、聖剣エクスカリバーと同等の回復効果を持つと言われている。
にも関わらず、銅の蕾からでもたまに出現したりする。きっとこいつもそのパターンだったんだろう。
しかし、元聖剣エクスカリバー所有者としては、同じほどの効果というのは嘘だと言い切れる。
例えばエクスカリバーなら、即死級の攻撃を受けても、その瞬間にエクスカリバーに触れてさえいたら、その傷すら瞬時に治してくれる。
しかし、『回復強化【特大】』は、即死級の攻撃を喰らえばそのまま即死だ。
つまり、獣人としてのポテンシャルこそあれど、あくまで素人のこいつを、殺すことは容易いってことだ。俺の『斬撃』で真っ二つにすりゃあいいんだからな。
……いや、あの時こいつが本気じゃなかったって可能性もあるか。なにせ『回復強化【特大】』だ。それだけで冒険者パーティからは引っ張りだこのはずだ。
「しかし、どうやってスキルを開花させたんだ? まさか、魔物を狩りまくったとか?」
「ううん、全然! マイン、血とか普通に無理だし!」
リスカしようとしていた女の発言とは思えないな、と内心思いながら、笑ってやる。
「まぁまぁ、女子はそうだよな。それじゃあ、なんでスキルが開花したんだ?」
「うん、えっとね、多分だけど、ローランに貢いでたからだって言ってたわ!」
なるほど。ホストに対して貢ぐと言う行為が、善行に取られたのか。俺も良く貧困層やら教会やらに寄付を強要されたもんだ。
ローレンに無理やりホストにされてわかったことだが、ホストで本当に稼げるのはごく一部。
ローレンにもその時期があり、そんな貧乏人に貢ぐと言う行為が善行と取られたのだろう。銅の蕾だったら、そのくらいでも開花しそうなもんだ。
しかし、いったん置いといた方に行きやすい、いい感じの問答になったな。
「てことは、そうとう貢いだんじゃねぇか? どのくらい?」
「えぇ、そんなの、言うようなことじゃないわよー……ま、一千万ピルスくらい?」
「い、一千万!? 俺の借金と同じじゃねぇか!」
「ええ、そうよ! すごいでしょ!」
なぜかドヤ顔のマインに、俺は呆れると同時に、こう思う。
(これはチャンスだぞ……)