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15. 偽りのメスガキ


「それじゃあ、あの後俺をつけてた、ってことはないわけなんだな……」


 俺の問いかけに、ルルゥはおずおずと頷いた。

 ルルゥが怒り肩で去った後、実は俺たちの後を付いて来ていて、ローランとマインの、美人局というにはあまりにイかれていたあの計画の一部始終を捉えていたら、それでローレンを脅して、契約を破棄させる。

 ここ数日俺の支えになっていた希望は、完全に潰えたわけだ。


 酒で無理やりあげられた体温が、急速に下がって行くのがわかる。俺はルルゥが注文したシャンパンをグラスに注ぎながら、舌打ちをした。


「それじゃあなんだ、俺の醜態でも記事にしにきたのかよ。借金を背負ってホスト堕ちしたザマァル・モーオソーなら、いい記事になるだろうな」


 そりゃ、さぞかし儲かるだろう。しかしルルゥはフリフリと首を振った。


「そっ、その、ザマァルさんが奴隷になってしまったのは、私が職務を放棄したことも原因かと思うので、謝罪が必要かと思いまして、せめてもの償いとして、シャンパンを入れに来ました」


「……はっ、そりゃどうも。そんなもん、ほぼ中抜きされて俺の元にはほとんどやってこないけどな。新人ホスト冒険者の劣悪な労働環境でも記事にしてみたらどうだ」


「は、は、はい、検討させていただきますっ」


「…………」


 酔いも完全に冷めた。なんだこれ、怖すぎる。


 何が狙いだとジロジロ観察すると、ルルゥはビクビク細い肩を揺らして、庇護欲をそそる上目遣いで俺を見た。


 今日の服装も、いつものメスガキ然とした物じゃなく、黒の無地のセーターに小豆色のロングスカート、分厚いレンズのメガネといい、喪女丸出し。俺とローレンよりも別人ってくらい見た目も違う。


「お前、なんか今日キャラ違いすぎねぇか? いつものメスガキっぷりはどこに行ったんだよ?」


 俺の問いかけに、ルルゥはメガネがずれ落ちるくらいに俯き、おどおど答える。


「あ、いえ、あれは、その……し、仕事で。今日は、プライベートなので」


「はぁ? どういう意味だ?」


「あ、あの、メスガキを相手にしていると、ついつい分からせようと思って、言葉や行動が攻撃的になるものじゃないですかっ。それで、その、スキャンダルを誘発する狙いっていうのがあって、うちのパーティの小人族は、勤務中はメスガキになるよう言われてるんです」


「……そ、それじゃあなんだ。今のオドオドしたお前が、本来のお前だってことか?」


「あ、は、はい」


 なんだそりゃ。


 いつものように俺を揶揄うにしては、クオリティが低すぎる。ふざけるなとルルゥを睨みつけると、ルルゥは、「ひぐっ」と涙をポロポロこぼし始める。

 これが演技なら、ルルゥは週刊記者なんかやめて演劇員になれるだろう。


 あまりのブラックパーティぶりに、ローレンマインの次にムカついてたこいつへのヘイトがどんどん落ちて行く。これじゃあ『ざまぁ(笑)』はできそうにないが、話が通じそうな奴が出てきたのは助かったと考えるか。


「なぁ、そんだけ反省してんなら、なんか録音できる魔道具とか寄越せよ。ローレンの野郎が俺をハメたことを自慢しようもんなら、録音してお前にくれてやるからよ」


 ハンカチを渡しつつなかなかいい提案をしたつもりだったが、ルルゥの顔は晴れない。


「あ、そ、その、現状、音声を録音するなら、映像と音声が一緒に撮れる水晶玉を使うくらいしか……でも、記録用の水晶玉は、その、一応最近うちのパーティでも買ったんですが、到底人一人では持ち運べるような大きなじゃなかったので、む、難しいと思います……その、一応、最近ウチのパーすみません」


「……それじゃあこの際、証拠なしでもいいから俺が美人局にあったってことを記事にしてくれや。あいつら随分と手馴れてたし、おんなじようなことやりまくってるに決まってる。俺の記事をきっかけに、他の被害者どもも手をあげるはずだ。そうすりゃ説得力も出てくんだろ」


「あ、それは、その……多分、無理だと思います」


「はぁ? どういうことだよ」


「それは、その……」


「なんだ、はっきり言えよ」


「その、た、多分ですが……うちの編集部は、そんな記事を載せたがらないと思うんです」


「は? なんでだ? いっつも嘘っぱちの記事載せてるじゃねぇか」


 俺の問いに、ルルゥは額の汗を拭う。


「その、今やこのホストクラブは予約制になっています。私も、もっと早く来たかったんですが、なかなか入れなくて、マインさんに頼んで連れてきてもらったくらいで……ザマァルさんと魔物の戦いが、すごく人気なんです。つ、つまり、世間は今、ザマァルさんが虐められているところを見たくて仕方ないので、あなたが被害者であることを知りたがりません。世間は、正義面して人を虐める機会を逃さないんです……そういう人たちのおかげで成り立っているのが、週刊武春なので、ザマァルさんが被害者とは、認められないんです」


「……ああ、そうかよ、そりゃ、随分とご立派なお仕事だこった!!」


 俺が苛立ちから机を叩きつけると、ルルゥは「あ、あ、すみません!」と滑らかな挙動で土下座して見せる。うわ、慣れきってんな。


「で、でも、あの、ザマァルさんに対するヘイトがある程度収まったら、皆も聞く耳を持つかもしれませんっ」


「終わったらっていつだよ。あと一週間もこの生活してたら、アルコール中毒で死んじまうんだがな」


「そ、その、ひゃ、百年くらい?」


「アルコールとか以前に老衰するわボケ!」


 こいつ、素は確かにメスガキとは程遠いが、それはそれとしていい性格はしてんな。


 すると、ただでさえ騒がしいホストクラブの一角が、俄かに活気付き始めた。そこは、先ほど俺がいたところ。このクラブのナンバーワンのホスト、ローレンが座る特別席で、どうやらマインがシャンパンを入れたようだ。


 俺を騙して得た金がシャンパンになり、俺を騙したローランの懐に入って行くと思うと、ヤケ酒をしたくなる程度にはムカついた。


「それじゃあマイン姫、マイクをどうぞ! なんか面白い話しちゃってよ!」


 音響強化魔道具(マイク)を無茶振りとともに差し出されたマインは、「えっ、えっ、えっ」と慌ててぴょんと立ち上がった。


「……あ、え、えっと、そのー、この間、あれ、あの、道を歩いてたら、結構先に靴下が落ちてて、でも遠目から見たら金貨っぽかったのね。で、マイン、あ、金貨だぁって思って取りに行ったのね。そしたら靴下でぇ!! これ、めっちゃ面白くなぁい!? あは、あはは、あははっ……あ、ごめん違った。靴下じゃなかった。えっと、なんだっけ……うん、まぁ、はい」


「…………」


 マインのゴミのようなエピソードトークに、客は先ほどまでの盛り上がりは何処へやら、すっかり白けきってしまっている。

 流石のローランもお困りの様子だった。特徴的な兜を捻って辺りを見渡し、俺のところでピタリと止まった。


「おーい! ザマァルくんにルルゥ姫! こっちにおいでよ!」


 俺が完全に無視すると、ローランの取り巻きホストどもが「おいテメェ!! 無視してんじゃねぇよ!!」と怒鳴りつける。


 せっかく白けた空気が活気付くのが嫌なので、俺は深々とため息をついて、ルルゥに「行くぞ」と、酒を持って立ち上がった。


 ナンバーワンのホスト専用席は、ホストクラブの端っこに位置する。趣味の悪い金ピカのソファに、金ピカの机。周りも金ピカの垂れ幕で覆うこともできる。


 と、滑りすぎて茫然自失のマインが、俺を見て正気を取り戻す。


「ちょっ、ちょっとルスラン! こんなやつらと一緒じゃお酒が不味くなっちゃうよ!」


「まぁまぁ、お前のせいですでに泥の味がしてるよ」


 不満げなマインを宥める? と「ほら、姫、どうぞ」と、自分の隣にルルゥを座らせる。そして、ルルゥの華奢な肩にきんぴかの籠手を回した。


「ルルゥ姫、マインから聞いたんだけど、ルルゥ姫って週刊武春の記者さんなんだって? すごいねぇ」


「あ、あ、す、すみませんっ。その、私はマインさんの記事書いてないですっ!」


「ああ、別にその件に関しては全く気にしてないよ、安心して」


「……はっ!? えっ、き、気にしてないってどう言うこと!? おかげでマイン、すっごく酷い目にあったんだよ!」


 むっつりと不機嫌に酒を飲んでいたマインが、ツインテールを跳ねさせて驚く。対してローレンは、落ち着き払った口調でこう続けた。


「お前が人気グラドルになれたのも、武春さんの力あってのことだ。それがなきゃ、今頃お前の仕事なんて風俗嬢くらいのもんだぞ」


「風俗嬢!? それちょっとひどくない!?」


 ローレンはマインのことを完全無視して、ルルゥに語りかける。


「本当にごめんね、騒がしくて。マインとか俺の記事書いたら色々面倒になっちゃうと思うけど、ザマァルに関しての記事だったら、いくらでも書いてくれていいからさ」


「あ、は、はいっ」


 少し嬉しそうなルルゥを睨みつけると、「おい、何姫を怖がらせんだよ!!」と、取り巻きのホストが俺の腹を殴りつける。手打ちのパンチなんて大して効いてもいないが、面倒なので効いたフリをすると、ローレンは愉しそうにこう言う。


「ほらルルゥ姫、是非撮ってって? うちの宣伝にもなるしありがたいよ」


「えっ、あ、あのっ、今日はプライベートできてるのでカメラも持ってきてないですし、だっ、大丈夫なので!」


「あ、そうだったんだね」


「あ、いえ、はい! あの、もう用件はすんだので、帰らせていただきます!!」


 ルルゥが勢いよく立ち上がると、それに合わせてローレンも立ち上がる。そして、ルルゥを逃さないよう肩に手を回すと、「それじゃあ送っていくよ。ここらあたりは治安もそんなによくないし、俺の大事なお姫様だからね」とルルゥに笑いかける。


 ローレンからしたら、俺の告発が武春に載らないことを知らない分、ルルゥに釘でも挿しておきたいのだろう。無駄な努力ご苦労様だ。


「ちょ、ちょっとローレン!? 今マインの接客中だよね!?」


「ああ、お前、もう俺の担当降りていいよ」


「……へ?」


 呆然とするマイン。確かにあまりに急な話だが、ローレンは当然と言わんばかりに首を振った。


「最近、全然シャンパンいれてくんないじゃん。マインの気持ち、そのくらいのもんだったってことでしょ?」


「そ、それはっ! 仕事がなくなっちゃったんだから仕方ないじゃん! てゆーか、ザマァルを嵌めた時のお金はどうなってるの!?」


 兜ごしでも、ローレンが苛立ったのが感じ取れる。

 そりゃそうだ。今のは実質証拠だろ、とルルゥの方を見るが、ルルゥは泣きそうになりながらブンブン首を振る。もはやメスガキに戻って欲しさすらあるな。


 ローレンは兜の中で反響するくらいに大きなため息をついた後、ローレンはマインを見下ろし、こう言い放った。


「ちょうどいいや。今後はザマァルくんに乗り換えしなよ。どうせマインもそっちの方がいいんだろ?」


「はぁ!? なんでそんなこと言うの!? そんなわけないじゃん!」


「どうだか……ザマァルくん、思ったより人気ないからさ。マインが育ててあげてよ。それでは、行ましょうか、ルルゥ姫」


「ちょ、ちょっと待ってよローレン!!」


 マインの呼びかけ虚しく、ローレンはルルゥの取り巻きのホストたちは、豪奢な両扉から夜の街へと消えて行った。

 こんな騒ぎは、ホストクラブでは日常。気に留めるものもおらず、誰も寄ってこない。


 俺は、マインと二人っきりになったのだった。


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