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12. 美人局。


「……お、お前、冒険者ホストだろっ。なんで、こんなところにっ」


「ん? そりゃおっしゃる通り、俺が冒険者だからでしょ。ま、確かにホストが本業だから毎日とは行かないけど、たまの休日に冒険者活動してたら、あんたらを見かけてさぁ。ザマァルくんは知らないと思うけど、こいつ、俺の柱なんだよね。盗られてちゃ困るってことで、後をつけて来たんすよ。あ、柱ってのは、いわゆる太客ね? 太客もわかんないか。ま、要はお得意様ってとこ」


 後をつけてきた? 全裸で、か? 確かに、全身鎧だったら音ですぐに気づいただろうが、そんなことのために全裸になるのは常軌を逸してるとしか思えない。ていうか、普通、素肌に直に鎧は着ないだろ!?


 俺の混乱をよそに、ローレンはというと、落ち着き払ってマインの顔を覗き込んだ。


「そしたらこんなことになっててよぉ……これ、ザマァルくんの責任だぜ?」


「……せき、にん?」


「そうだ。だってこいつ、ザマァルくんをかばってこんなんになっちまったんだぜ?」


 ローレンは、まずは俺が落としたカタナを拾い上げる。そして、ゆっくりと俺の元に歩み寄ると、「ザマァルくん、マントかして」と手を差し出す。


 俺は、ボーッとした頭で、言われた通りにマントを渡す。ザマァルは、パンパンとマントを降って広げ、そのままマインが隠れるように掛けた。

 まるで、死んだ人間に対する扱いだった。


「お、おい、まだ死んでねぇだろ!! 早く治さねぇと!!」


「あん? 治すつもりはないけど?」


「……は?」


 ふざけている場合かよと睨みつけると、ルスランは肩をすくめて戯けて見せた。


「だって俺、回復魔法使えないっすもーん」


「…………」


 なんだこいつ、そりゃあくまで客は客でも、死にかけてんだぞ。なんでこんなに余裕綽綽なんだよ……オイオイオイ、マジかよこいつ。

 俺の妄想であってほしいが、そう思えば、こいつが全裸なこと以外の説明がつく。


「……回復薬もねぇのかよ」


「ああ、それなら持ってるよ」


 ルスランが首にかけた巾着袋から取り出したのは、ガラスの瓶に入った翠玉色の液体。


「最高級の回復薬だ。これなら、どんな大怪我を負っても助かるぜ」


 こいつの言う通り、最高級回復薬に間違いない。これなら、確実に一命は取り留めるはずだ。

 しかし、ルスランはいつまでたっても回復薬を飲ませようとしない。


「何してんだ、早く飲ませろ!」


「ん? ザマァルくん馬鹿? 治すわけないっしょ? 最高級の回復薬なんていくらすると思ってんの。この回復薬でも火傷が全部治るわけないし、どんだけ体がエロくてもその時点でグラドルとしてもやっていけない。もうこの女には一つの価値もないんだから、このまま捨てて終いっしょ」


「……この、クズ野郎」


「ええ? それザマァルくんがいっちゃう? ていうか、俺みたいな一般庶民は、懐が寂しいからしかたないじゃん。あ、でも、ザマァルくんがなんとかしてくれるなら、考えてもいいけどさぁ」


 ああ、間違いない。こいつの狙いは完全に察した。

 美人局、なんでチャチなもんじゃねぇ。


 きっとこいつは、俺がマインにガチ恋していると勘違いしている。このマインと過ごした二週間、俺もそう思われるように振る舞っていたのだから当然だ。

 

 そのガチ恋相手をファイヤーボールで瀕死の状況に追い詰め、回復薬で助けてやる代わりに金を出せと迫れば、俺からいくらでもむしりとれると考えたのだろう。


「俺は、貯金とかしねぇタチだから、金なんて全然ねぇんだよ!!!」


 しかし、こいつの算段は外れた。俺には本当に金がない。こいつが請求するであろう法外な金はもちろん、特級の回復薬の正規の値段でも払うことはできないのだ。


「ああ、それも知ってる知ってる」


「……は?」


「金遣いの荒さは水商売の女の子たちの中で有名だからね。それじゃあ、俺に借金しよっか、ザマァルくん」


「……チッ」


 完全に、こいつの狙いがわかった。クソ、自分のバカっぷりに腹が立つぜ。


「……いくらだよ」


「そーだね、八千万ピルスってところじゃないっすか?」


「馬鹿げてる!!」


 王都の一軒家が一括で買える金だ。俺が首を振ると、ルスランはにたりと俺を見下ろした。


「大丈夫大丈夫。三ヶ月俺が勤めてるホストで働かせるよう契約に盛り込むから。そこで頑張って働いて返したらいい」


「ふざけんな!! たかだか三ヶ月でそんな大金稼げるわけねぇだろ!!」


「え? 俺は稼いでるけど?」


「お前がどうとか関係ねぇ! 無理なもんは無理なんだよ!」


「そう。それじゃあかわいそうなことに、マインは死ぬことになる。ザマァルくんをかばってね」


「っ」


 何言ってんだこいつ。マインが俺をかばった、だと?


 あり得ない。マインが本当に俺のことを好きなわけがないし、万が一好きだったとしても、出会って二週間も立たない相手を守るために、命を張るわけがないだろうが。どうせテメェがマインを利用して、俺の答えがどうであれ、絶対に治す約束を事前にしているんだろ?


 ……本当に、そうか?


 この火傷なら、超一流の回復師にすぐさま治療してもらわないと跡が残る。

 そのレベルの回復師は有力パーティが抱え込んでいるものだから、ここから数分でそいつらの治療を受けるのは、ルスランがとんでもないコネでも持っていない限り無理だ。


 そんなコネを持ってる奴が、こんなみみっちいことするわけねぇから、つまり、この時点で、マインの顔は元どおりにならない。

 窓ガラスに映る自分を見るたびうっとりしていたこの女が、顔に一生治らないような傷を負う……例え好きな男のためとはいえ、そんな代償を支払って美人局に協力するなんて方が、よほどあり得ない。


 マインは、ここまでするとは聞かされていなかった。そう考えるのが自然だ。


「どうする? 早く決断しろよ。このままじゃ死んじまうぞ。あ、剣は奪ったからそんな気もないと思うけど、少しでも妙な動きをしたら、この回復薬割っちゃうから」


 ルスランが、足で横たわるマインを突く。すると、びくりとマントの下の身体が跳ねた。

 まだ、生きている……。

 

 マインが、この件を知らなかったとしたら。

 俺のことを助けよう、なんて頭で考えてなかったとしても、つい身体が動いて、『火球(ファイアボール)』の前に飛び出したことになる。


 ……クソ!!!


「わかった! わかったから! 早く回復薬をよこせ!!」


「……おっとこ前だなぁ、ザマァルくん」


 ローランは、俺がまさしくやりたい嫌味ったらしい笑顔を浮かべて、巾着袋を開くと、小さく折り畳まれた羊皮紙を俺に渡す。


「それじゃあ、これに指印を」


 回復薬に続き、巾着袋から差し出したのは、貴族時代何度もサインした、聖教の契約書。クソ、ここまでしっかり準備してやがったか。


 内容を読む。

 この契約書にサインすれば、俺はローレンから高級回復薬を得る代わりに、ローレンから三千万ピルスを借り入れたことになる。返済期間は三ヶ月。その期間はホストとしての仕事が毎日保証される。

 もし返せなかったら……俺はその金を返すため、こいつの奴隷になる。拒否権はない。


 この契約書には、こいつの名前以外にも、俺では口にすることもできない女神様の名前が記されている。つまり、この契約は女神様との契約にもなるのだ。


 これで俺は、女神様の名の下に負債者になる。これを破れば、俺はこいつの奴隷になるし、こいつもそれを狙っている。

 なぜなら、この契約書一枚でとんでもない価値がある。つまり、こいつの目的は、金ではなく、俺を奴隷にすることなのだ。


 その後は、俺を恨んでる奴にでも転売でもするつもりか……どうなるにせよ、まともな人生は送れない。


「……クソが!!」


 俺は、親指の皮を食いちぎって、そのまま契約書に印を押した。


 ローランは大げさに拍手をすると、俺の手から契約書を奪い取ろうとした。並並ならぬ後悔に襲われ離せないでいる俺をぷっと笑ってから、俺の指を一つずつ契約書から剥がしていく。そして、契約書を丸めて巾着袋に入れると、「ほら、とっととやらないと死んじまうよ?」と、マインにかけたマントをめくって、口元だけをあらわにした。


 そんな気を使うことに違和感……いや、今は、そんなことどうでもいい。

 俺は震える手で、回復薬の瓶の蓋をあけようとする。しかし、なかなか開かない。


「……くそっ」


 焦ってさらに力を入れると、キュポンと音を立ててコルクが取れた、と思ったら、つるん、と俺の手元から回復薬が落ちた。


「あっ!?!?」


 ボヨン、と、回復薬がプレセアの胸に着陸して、そのまま沈み込んでいくのがゆっくりと見える。

 その回復薬が、反動でプレセアの胸から飛び立つ前に、俺はプレセアの胸ごと鷲掴みにして、回復薬を確保した。


「ぁんっ」


 回復薬の中身を見る。ちょっと、こぼれたけど、でも、ほとんど無事だ。仰向けでも存在感抜群のおっぱいのおかげだ。よかった……え?


 俺は、恐る恐る喘ぎ声がした方を見た。そして「うぎゃあ!!?!?!?」と、潰されたゴブリンのように叫んでしまう。


「ちょっとザマァル、いくらマインが魅力的だからって、苦しんでる女の子のおっぱい揉む!? この鬼畜!!!」


 マントを自らの手で捲ったマインが、焦げ付いた顔でふしゃーっとこちらを威嚇していたのだ。


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