10. 巨乳グラドル冒険者とデート
「ほら、ザマァルンルン、あーんっ」
「あ、あーんっ」
俺は万が一ゴーグルが上がらないよう細心の注意を払いながら、マインが差し出した匙に乗ったパフェを咥える。俺の貴族時代の考えくらい甘ったるいパフェに、吐き気を催さずにはいられない。
もちろん、あーん、なんて小っ恥ずかしいことは【マイヤー・ユナイテッド】時代でもしたことがない。
それだけでも恥ずかしいってのに、問題はこの場所だ。
俺たちが今いるのは、マルゼンの有名なパフェ屋。よっていつでも混み合っているのだが、そのせいか、外で飯食うのがお洒落だとでも思ってんのか、この店はテラス席が設けられている。
大通りから一つ曲がった路地なので、人もガンガン通る。そんな場所で、腐っても有名人の二人が一つのパフェをアーンなんて、イカれてるとしかも思えない。
しかもマインは、俺と対照的に、口だけを覆う黒のマスクをしているだけだ。しかも、あの日の毛皮のローブでなく、フリフリのゴスロリファッションなので、とにかく目を引く。
いわゆるミミック系といつやつで、一緒に歩いてるところを見られ
当然道行く連中は皆マインの方を見て、「でっか……」と呟いて去って行く。どうやら乳がでかすぎて乳のみに視線がいっているようなので、顔バレの心配はなさそうだ。
「ザマァルンルン、おいしっ?」
「ああ、うん、すっごく美味しいよ」
「よかったっ! ねぇ、今度はザマァルンルンが食べさせてっ?」
「……お、おうっ」
こいつ栄養が全部乳に行った結果乳に思考を乗っ取られ、乳がより肥大化するための栄養補給行動しかとれなくなってんじゃねぇのか、とはもちろん言わない。
俺は羞恥からプルプル震える手で、匙を使いパフェをマインの口元に持って行こうとした。マインはマスクを取り、アーンと口を開ける。クソ、ナニがとは言うつもりねぇが突っ込みたい!
「きゃっ」
すると、パフェがスプーンからこぼれ落ち、マインのざっくり空いた胸元に落ちた。
「ゔぉっ!?」
クリームの白が、否が応でもあれを想起させて、前かがみにならざるを得ない。
「もう、ザマァルンルンのえっちぃ」
「あは、あはは、はははは」
本当に本当に馬鹿馬鹿しいのだが、作戦上仕方なく、俺は高笑いをした。
……いや、正直なところ、女との触れ合いなんて久しぶりだから、マジで楽しい。こんな日々が続けばいいのにと、つい思ってしまう。
しかし、残念ながら、それはあり得ない話だ。
「美味しかったねー♫ じゃ、ごちそうさまー!」
「え、あ、はい……」
しっかり会計を払わされた後、俺たちが向かったのは、様々な娯楽施設が併合された『マイヤー百貨店』だ。真昼間だというのに、入口出口ともに人の波がぶつかり合い、モーセの杖でも割れないほどの混雑だった。
「ほら、行こ!」
そんな中、マインは俺の腕を掴んで、ぐいぐい人波に割って入っていく。そのたびに乳が当たり皆が前屈みになっていくので、比較的簡単に百貨店に入れた。
マインの目的は、百貨店三階のブランド服屋『バルンバルンシアガ』。巨乳以外お断りって店名だが、生憎俺たちを迎え入れた店員は貧乳だった。一体どんな気持ちで働いてんだろう。
黒を基調にした店内は何故か無駄に段差があり、異様に間隔を空けて服が並べられている。こんなんならラック一つにまとめたほうがいいと思うんだがな。
俺の頭の先から足元まで見て、フッと鼻で笑った店員の視線に耐えながら服を見るが、一般的なセンスの持ち主の俺では全く理解できない。なんでただ文字が書いてあるだけの服がこんな値段するんだよ。こんなもんうちのババアでも作れんぞ。
「あっ、これいいっ」
「え、ちょっと見せてみ?」
値段がヤバかったらゲロでもぶっかけてやると思っていたら、マインは俺から隠すように服を背中に回して、はにかんだ。
「着替えてからのお楽しみ! ちょっと待っててね?」
「おう!!」
試着室に入っていくマインを、ブンブン手を振り見送る。やっと一息つけるのかと思ったその時。
「……ザマァルさん」
「ぎゃっ!?」
背後からのアンデッド声に思わず飛び上がる。
振り返ると、メスガ記者ルルゥが、大きな瞳でぎろりと俺を睨んでいた。
俺は別の意味で冷たい目で俺を見る店員の視線を振り切るため、ルルゥの手を掴み店外へと出ると、声をひそめて怒鳴るという高等テクニックを使う。
「おい馬鹿、こんなところマインのやつに見られたらどうすんだよ!」
「ご心配なくー。もー帰りますんで」
「え、おい! ちょっと待てよ!」
俺はルルゥの腕を掴むと、しゃがみこんでルルゥに耳打ちする。
「いいか、あいつは確実に俺に美人局をかけるつもりなんだぞ!!」
「んっ」
すると、ルルゥが喘ぎ声を上げて飛び退いた。おっ、こいつ耳が性感帯か、と思い切りいやらしい目で見ていると、ルルゥはギロリと俺を睨み、踵を返して立ち去ろうとする。
俺はその背中に向けて、再び小声で怒鳴った。
「週刊記者として、ビッグスキャンダルを撮れる機会を逃していいのかよ!?」
「……まず、本当に美人局かどうか、分かったもんのじゃないですけどね」
「おいおい、呆れたな。お前も納得してただろ。今の俺と付き合いたい女なんて一人もいないってよ!」
「それはそうですね」
「…………」
いや、こういうのはさぁ、否定してよぉと無言の圧で訴えかけるが、ルルゥは赤くなった自分の耳を構いながら、フンと鼻を鳴らした。
ったく、これだから女ってのは……。
「あいつホス狂なんだろ? お前のせいで仕事も減少気味みたいだしな。金はいくらあっても足りねぇだろうが。で、俺は元【マイヤー・ユナイテッド】の冒険者だ! 地位も名誉も失っても金は持ってるって考えて当然じゃねぇか!」
「む……」
「何より、あいつの目が、今まで俺をハメてきたクソ女とそっくりなんだよ! 俺の権力と金を求めて媚びへつらう女どもとな! 今の俺に金がないのは、ああいう女の美人局に引っかかり続けたからだ! 俺の実績を信じろ!」
「自慢げに言う事じゃないとは思いますけどぉ?」
「……ともかく、俺は美人局にかけられるリスクを背負ってまで、お前が特ダネ取れるよう身体張ってんだぞ! お前ももうちょい協力的になってくれ!」
「……その割に、随分と楽しそうですけどね?」
「はぁ!? 一体全体どこが楽しそうなんだ! いつ被害に遭うかビクビクしてるわ!」
「はい、どうぞ」
ルルゥが俺に写真の束を差し出す。見てみると、マインとイチャイチャしてだらし無く鼻の下を伸ばした俺の顔と、テントを張った俺の股間がアップで撮られていた。
「あなたの勃○写真集を出版して百万部の売り上げを叩きだす準備ができましが、何か言い訳は?」
「……仕方ないだろ! あいつがどんだけスケベな身体をしてると思ってんだ!」
「開き直ってんじゃんキモ……あなたたちみたいな暇人と違って私は忙しいんで、もう帰ります」
「あ、おい、ちょっと!」
俺の静止を完全に無視して、ルルゥは怒り肩で去っていってしまった。クソ、なんなんだよ。そこまで怒る事ないだろうが。
もし美人局が嘘だったとして、俺とマインが付き合ってるって記事にできるだけであいつにとってはかなり美味しい展開のはずなのに、一体何を怒っているんだ。
……まさか、嫉妬したとか?思えば、俺の私服特集をやったり、俺の勃○写真集が百万部売れると思ってたり、妙に俺に対する評価高いんだよな。
なんだよ、俺のこと好きだったのか。そうかそうか。それでやけに俺に執着して、俺にストーカーして俺の醜態を晒し上げようとしている……いや、怖すぎる! どんなメスガキだよ!!
ルルゥが俺のことを心底嫌いなことを願いながら、その小さな背中を見送る。
実際俺とマインのイチャイチャは十分撮れているし、これから美人局にあったとしても、俺が奴を無理やり犯していないという証拠には足るだろ。
人気グラドル冒険者が美人局となれば、それなりのスキャンダルだから、武春もデカく取り扱うだろう。ともかく、マインはただじゃ済まない。俺を騙そうとした女が堕ちていく様を見れば……確実に心の底からざまぁできる。
俺は胸を躍らせながら、俺は試着室の前に戻った。
「マインにゃんにゃん、着替え終わったかぁ?」
猫なで声でマインに呼びかける。
マインは、「今ちょうど着替え終えたところ! 開けて!」と言うので、言われた通りにする。こういう時の褒め言葉くらいは心得ているつもりなので、なんの気なしだった。
「エッッッッッッ」
しかし、マインの姿を見た瞬間、定型文は全てぶっ飛び、危うく大声で「エロい!!!!!!!」と叫ぶところだった。
「ザマァル、どうかな……」
マインが恥ずかしそうに身体をくねらせると、たゆんと胸が揺れる。
たったこれだけの挙動で揺れるのはマインのデカ乳力のおかげもあるが、単純にそのデカ乳を全く制限できていないからだ。
ビキニアーマー。ある伝説の同人誌から爆流行りした、文字通り、革製のビキニ上下に、心ばかりの腕あてとすね当てだけの装備。この腕あてとすね当てが逆にビキニのエロさを際立てていると気づいたのは、十三歳の春頃だったか?
その檄シコ装備を、あの檄シコ女、マインが、目の前で着ている。
「……エッッッッッッ」
なんとか他の言葉で褒めようとしたが、気の利いた言葉は何一つ思いつかない。ここは無難な言葉で逃げるしかない。
「似合ってる似合ってる!! 最高だよ!!」
「えへへ、ありがとっ……でね、これからのデートコースなんだけど、よかったら変更したいんだ……」
「おう、もちろんいいぜ! で、どこに行きたいんだ?」
そりゃ、この格好で街中を歩こうもんなら、冒険者たちの冒険が止まらくなっちまうからデートは中止だ。え、ということは……?
「うん、その、ね……」
マインが、恥ずかしそうに俺に上目遣いをくれる。
これは……ついにお誘いか。美人局と分かっていても、ドキドキが止まらない。
「マインを、魔物の森に連れてって?」
「……えっ? ろぉ……」
しかし、予想外の言葉に、俺は思わず本音を漏らしてしまったのだった。