(97)ソルベルド、現る①
逆恨みからの復讐、ストレス発散も兼ねてハルナを拉致する為に行動していた陰のソルベルドだが、護衛であるミューとの戦闘が楽しくなっていた。
ハルナを必死で守る姿に敬意を表して一撃で楽にしてやろうと配慮したのだが、何故か最後の一撃は全くダメージを与えられずにいた為に最大限の警戒をし、遠距離攻撃によって頭部に攻撃をした。
何が起きるか分からないので、万が一にも同じ攻撃が跳ね返って来ても良いように調整した攻撃の為にミューのボロボロになった覆面を飛ばすに留まったのだが、その後一切の追撃無しにその場から去っている。
この行動は自らの攻撃が通らなかったと言うあり得ない事態が起きた為に一旦仕切り直すべく離脱したのではなく、実は別のあり得ない理由があった。
「クッ、まさかこのワイがここまでのダメージを受けるとは思わんかったわ。まさかの最終兵器やな。世の中には色々な攻撃手段があるっちゅう事を知らんかったと言う事や。修行不足や!」
言葉ではこれ以上ない程のダメージを負ったと言っているのだが、見かけ上はどこにも怪我をしている様子はないし、事実物理的な負傷は一切していない。
「あの麗しい銀目・・・ホンマに覆面が取れて良かったわぁ。正にあり得へん幸運!言うんやろな。あの一撃を防いだのは神の思し召し以外には考えられへんやろ?あの一撃が決まった後に覆面が取れたと考えると、恐ろしゅうて飯も食えへんわ!」
バクバクやけ食いの様に食事をしながらのセリフなので説得力は皆無だが、ソルベルドは一言で言えばミューに一目惚れしていた。
攻撃が通らなかった事自体には未だに納得できないながらも、最後の眉間への刺突が決まってしまってはミューを始末しかねなかったと思い、何とも言えない感情に支配されてヤケ食いをしている。
武に魅せられたソルベルドは、考えや行動はさておき身を律して鍛え続けているので、ヤケ食いなどしたことが無い。
頂点であるSランクになって尚“武”に対する探究心はあるのだが、それ以上にミューが気になって仕方が無く、戦闘能力は極めて高く戦略も陰湿ながら優れていつつも、恋愛に関しては初心者のレベルE以下と言わざるを得ないので、どうしても冷静になれない。
「ウップ、食いすぎや。真面に動けんやんけ・・・」
それでも止められずにもう少し口にしていたのだが、これ以上ない程にパンパンに膨れたお腹を摩りながら全く動けずに、倒れ込むように横になる。
この時点で襲われていれば、相手が例えレベルEの能力者であったとしても敗戦の可能性が高かっただろう。
「これは・・・ワイの二つ名を変える時がやって来たんや。陰のソルベルドを卒業し、恋のソルベルド!ええやん、ええやん!」
勝手な事を宣いつつ、真面に動けないので少しだけ転がりながら悶絶しているソルベルド。
リューリュやドロデス達がこの姿を見たら、何かに呪われたのか人格が入れ替わったのか、はたまた影武者の暴走か、何れにしてもいつものソルベルドであると認める事は出来ないだろう。
こうしてソルベルドは王国バルドの誰もいない部屋で数日悶絶するのだが、時間が経過すれば恋心は無くならないが冷静に現状を分析する事は出来るので、このままではこの恋は成就しないと理解する。
「・・・これは大問題や。なんでワイは余計な事をしてしもうたんや。この恋が成就するのであれば、他のSランカーなんてどうでもええわ!」
少し前までは最強の名を確たるものにするために国家レベルの騒動を起こしていたのだが、ミューと比べると心底どうでも良くなっている。
今までやってしまった事はどうあっても無かった事にはできないし、国家騒動はミューの所属する王国バルドで起こした事から、どうすれば挽回できるのかを必死で考えているソルベルド。
「そうや!聖母であれば母親のように何でも相談できるんちゃうか?リリエルに相談するのが最善や!」
リリエルに対しては、相性の関係から直接的な攻撃は控えていたので第三者を通して間接的な攻撃をしていた。
つまり、ソルベルドの不思議な基準ではギリギリセーフと判断したので、あろう事か直近で明確に敵対した聖母リリエルに相談しようと決めてしまう。
元からぶっ飛んでいるのだが、もう目がハートマークになっているので誰もソルベルドを止める事は出来ない。
「そうと決まれば善は急げや。先ず、恋のキューピッドがどこにいるのかを調べんとあかんな!」
数週間部屋に閉じこもって悶絶していたので、ソルベルド襲撃の一報を受けて再びリリエルやリューリュ、スロノが王国バルドに入国している事を知らないソルベルド。
何としてもミューと・・・との思いで情報収集を始めていた。
「まったく・・・全てがワイの為に動いているとしか思えんやん!」
少し活動しただけで既にリリエルは国王バルドの王宮に来ているとの情報を掴み、ついでにスロノとリューリュも入国していたのだがこちらは既に出国済みと聞き、勝手に事がこれ以上ない程に上手く進んでいると喜んでいる。
かつての厳しい視線は消え失せ、明るい未来を勝手に想像してだらしが無く頬が緩んでいるソルベルド。
最早Sランカーと言われても誰も信じられないような状態のまま、ミューとの橋渡しをお願いする為に聖母リリエル改め、恋のキューピッドのリリエルがいる王宮に向かっていると、突然大きな音が聞こえた。
―――ドンドン・・・ガラガラ―――