(96)安全の為に③
スロノの提案に対して予想通り全員が興味津々の表情をしているのだが、何をどうするのか聞く者はおらず、スロノの話の続きを黙って待っている。
国王、王女、Sランカー、【黄金】と、本来であれば相当格上の存在の視線を一気に集めてしまい、慣れていないのか少ししどろもどろになっているスロノ。
「あのですね・・・色々詳細は省くのですが、安全の為に必要な作業がありまして。リリエルさんの全力の回復術を俺にかけてもらいたいのです」
緊張からか中途半端な説明になっているのだが、一応ミランダと打ち合わせした通りに目的だけを簡潔に告げた形になっている。
「私の回復術を、スロノさんに?・・・わかりました、大丈夫ですよ。色々不思議な感じはしますが、ハルナさん、ミューさんの安全に繋がる話であれば協力致しましょう。今直ぐで良いですか?」
こちらも予想通り、ハルナやミューの安全に繋がる事が目的と理解しているので断る事は無く、障害なく話が進んでいく。
「そうですね。できれば早い方が良いと思いますので、お願いできますでしょうか?その後の説明もありますし・・・」
「わかりました。行きますよ?」
術者と被術者は接触した方がより効果的ではあるのだが、聖母リリエルの力であれば距離が離れていようがスロノ一人を全力で癒せる回復術程度は簡単に行使できるので、席に座ったままスロノに向かって術を行使する。
流れる様な発動の為に、宣言されなければスロノに癒しが必要ないため術が無駄に霧散してしまう可能性があったほど見事な行使であり、その実力に改めて感心しつつ<収納>Exの力で術そのものをタイミングを合わせて保管したスロノ。
「・・・なるほど。では、術はこれで終了しますね」
術者本人である聖母リリエル、同格の魔術に深い造詣の有る魔道リューリュであればスロノに術を発動させるようにしたのに、一切発動の気配、霧散の気配も無かった事には簡単に気が付く事が出来ている。
その上でのリリエルのセリフなのだが、この場でその意味をある程度理解したのは事前に話を聞かされていたミランダとリリエル本人、リューリュ、スロノだけ。
「ありがとうございました、リリエルさん」
スロノは、想像通りにリリエルは術を正確に発動させるようにしたのだが、恐らく今まで経験した事のない様な状況に陥った事は間違いなく理解したと思っている。
「では、これをミューさんが使用するようにしてください」
徐に取り出したのは覆面であり、そこにリリエルが行使した回復術を既に付与済みのため、この覆面をミューが被れば動けない程の怪我を負った際に回復術が発動される事になる。
外套にしなかったのは、守るべき対象であるミューと回復術を付与した物の接触率に大きな違いが出る為で、常に全面が密着する覆面の方が効率的に術の恩恵を受けられるためだ。
国王バルドやハルナは何が何だか分からない状態なのだが、この覆面があればミューの命は例え陰のソルベルドの攻撃を受けたとしても助かる可能性が高い事だけは理解した。
「申し訳ありませんが、恐らく相手が相手ですので一度切りの使い捨てだと思って下さい。ですが、最も相手が嫌がるリリエルさんの能力が発動するので、勝手に色々と想像して撤退してくれる可能性があります」
「感謝する」
国王が立ち上がりスロノから覆面を受け取り優しくハルナに覆面を渡すのを見たリューリュが、アドバイスをするために軽い感じで話しかける。
「私から良いかしら?ハルナちゃん」
「はい。何でしょうか、リューリュ様?」
「恐らくミューちゃんは護衛騎士としてのプライド、妹や弟の意志を引き継いでいるプライドもあると思うの。なので、その覆面にリリちゃんの力が宿っているとは言わずに渡した方が良いわ」
プライドの件もそうだが、一撃を防げると分かって動くのと分からずに全力で動くのではどうしても体の動きに違いが出るので、そこは説明していないながらもアドバイスとして告げるリューリュ。
経験豊富な【黄金】一行もその意図を察して黙って成り行きを見守っており、ハルナはそこまで理解できないながらも言われた通りにプライドを守る為に行動すると誓う。
「わかりました。では、他の理由で覆面をつけてもらうようにします。スロノ様、皆様、本当にありがとうございました!」
スロノとしては、自分の能力で何が出来るのかこの場の面々に一部明らかになってしまったのだが、その詳細を問い詰められるような事も無く安堵しており、且つ、一度だけではあるがソルベルドからの攻撃をハルナの護衛であるミューが防げる事に安堵する。
欲を言えば、一度と言わずに複数回攻撃を防ぐために同じような物を予備として与えておく事やハルナにも同様の物を与えるのが良いのだが、そこまで話は上手くいかず、同一の能力を付与した物が複数ある場合には互いが干渉して内包されている術が真面に起動しなかった。
そこまでの説明をしていないので、事情を知らない者からすればもう少し防御に優れた品が欲しくなるのは当然なのだが、ハルナはその素振りすら見せずに手元にある覆面一つを大切に抱えている。
国王やSランカーにもなれば、物事に対して安易に考える事は無く深く検討する事が出来るので、一つだけ渡したのも何らかの制約があるのだろうと分かっている。
こうして覆面の本当の力、目的を聞かされずに装備して護衛をしていたミューは、その隠された能力によって一命をとりとめた。
逆に言えば、力を抜いたソルベルドの攻撃で致命傷を負う所だったとも言える。