(92)ソルベルドの誤算①
Sランカーにもなればあらゆる経験をしているので、ミューが行っている様な挑発程度で我を忘れる事はない。
ソルベルドも同様で冷静ではあるのだが、憂さ晴らしを兼ねて敢えてこの挑発に乗るのも有りかと思っている。
目の前の覆面程度は一撃で沈められるし、大勢の騎士、王宮の内外に屯している護衛やら情報収集の存在やらはハルナを抱えた状態でも容易に振り切れる自信があった。
「ええやろ。この際やから相手したろか?己の実力を過大評価しているエセ騎士に、厳しい現実を突きつけたるのも悪くないやろ」
ここでハルナが余計な動きを見せた場合、幾らでも対処できる自信はありながらも面倒だと感じたのか、ミューでは視認できない速度で意識だけを刈り取ったソルベルド。
ミューにしてみれば突然守るべき存在が力なく崩れ落ちたので焦るのだが、未だソルベルドの手中にある為に攻撃する事も、守る為に近接する事も出来ない。
「貴様・・・」
「焦らんといてな。戦闘の邪魔になるさかい、ちょっと眠ってもらっただけやん?」
丁寧ではないながらも怪我をしない最低限の範囲でハルナを床に置いたソルベルドの手には、いつの間にか漆黒の槍が握られている」
「やはり貴様はSランカーの一角、<槍術>Sを持つ陰のソルベルドか!」
ミューの問いには肯定も否定もしないソルベルド。
今回の騒動も明確に冒険者の禁忌に違反しているので、自らの関与について証拠を残さないように配慮していた。
万が一にも倉庫の外にいる何かしらの存在にこの会話を聞かれていた際、証拠隠滅の対処が面倒になると言う通常では考えられない、次元の違う配慮とも言えない姿勢を見せているソルベルド。
「成程、アンタは<闘術>を使うんかい。ワイの獲物を潜ってこられる実力があるのか、楽しみや」
元々好戦的なので、Sランカーである陰のソルベルドと理解した上で尚、闘志が衰えていない目の前の存在を見て楽しくなっている。
「確かに状況的には芳しくないのは認めよう。しかし、獲物を持つ人物の対処は心得ている!覚悟しろ!!」
直線ではなくジグザグに動いて攻撃の的を絞らせないようにしつつ、目くらましとばかりに移動ついでに足元のゴミをソルベルドに蹴りつけているミュー。
攻撃が当たらず共避けてくれれば、ソルベルドの背後に倒れているハルナを庇えると狙っているのだが、残念ながらその作戦はあえなく失敗に終わる。
―――ドス―――
「グッ・・・貴様!」
ゴミは全て槍の回転による風で吹き飛ばされた挙句、近接しているミューも槍ではなくソルベルドの蹴りによって吹き飛ばされてしまう。
本来蹴りを含めた体を武器にする能力はミューの様に<闘術>が必要なのだが、明らかに<槍術>を持っているソルベルドに蹴り飛ばされている。
槍を一切使わない攻撃、身体能力の上昇はさておき本来の能力を使っていない攻撃によって吹き飛ばされているのは最大の侮辱であり、敵にすらなり得ていないと言われているのと同義だ。
命のやり取りを行っている最中で自分が持っていない能力、敵が最も得意としている能力による攻撃をしているのだから、絶対的な自信が無ければできない。
その程度は直に理解したミューなのだが、だからと言って引くわけにはいかない。
自分の弟と妹が命がけで守ったハルナ王女を助ける事しか頭になく、痛む腹などお構いなしに全力の攻撃を仕掛ける。
「ほい、ほい、ホンでホイッと」
全ての打撃はソルベルドのふざけた掛け声と共に躱され、いなされ、時には簡単に相殺されてしまう。
此処まで騒ぎになれば倉庫の外にいる護衛が異常を察知して戦力が集まるはずなのだが、実は既にソルベルドに意識を刈り取られているので、応援が駆けつける事はない。
今のミューは目の前のふざけた存在からハルナを逃がす事しか頭にないので、徐々に息が切れて動きが悪くなっても、心が折れずに必死でソルベルドに攻撃をし続けている。
「中々の根性やと思うけど、そろそろ体力も限界やろ?王女に攻撃の余波が行かない様に配慮している事を考えると、武人としての力量は高いんやな。まぁ、ワイとしても十分楽しめたし、そろそろ終わりにせんとあかんかな?」
全く疲れた様子も無いままミューの動きを正確に把握しているソルベルドは、楽しめはしたが想像よりも弱かったと思い、ミューを始末する事にした。
自らの関与を断定した存在である以上、証拠隠滅は必須であるのだが、楽しませてくれたお礼として一撃で仕留めてやろうと華麗に槍を扱う。
実力的に言えば<闘術>を持たないながらも直接的にその手足で致命傷を与える事は出来るのだが、武人として相手に対する敬意もあって漆黒の槍を使う事にしていた。
ミューからしてみればそのような配慮など分かる訳もないし、必死で抗ってハルナを助けようとするのだが・・・本当に少しだけだが能力の<槍術>を使って槍を扱うソルベルドの動きを見て、絶対に敵わない存在だと魂が理解してしまう。
一瞬棒立ちになったのだが視界にはソルベルドと共に倒れているハルナが映り、気力で再び攻撃せんと足を動かすのだが、漆黒の槍から放たれる刺突による光が視界に入った瞬間に一瞬意識が飛び、その後聞こえたのはなぜかソルベルドの驚愕の声だった。
「何やて!」




