(86)侯爵家と公爵家②
謁見の間に入って来たのは、国王の宣言通りに本来殺害されていたはずの一行とハルナ王女。
呼ばれていないが、何故か魔道リューリュと仲の良い聖母リリエルまでこの場に来ている。
国王も一瞬だけ驚いた顔をしたので予想外の出来事なのだろうが、誰がどう見ても国家に対して相当な益を自主的にもたらしてくれた別格の存在なので苦言を呈せる訳も無く、すんなりと受け入れる。
たとえ獣人族が人族を嫌悪していると言っても、二つ名に相応しい姿勢を維持し続けてくれた存在に敬意を払うのは国主として当然だ。
それに、ここで糾弾しても物理的に跳ねのけるだけの力を持っているのがSランカーなので、敵対するより融和の道を選ぶ方が得策だとの思惑もある。
「お、コイツが親玉かよ。随分と手の込んだ事をしやがって。陰のソルベルドを使って色々と面倒ごとを起こしたそうだな?あぁ?」
のっけから攻撃的な態度を隠そうともしないドロデスと、国王の前であっても諫める様子もないハルナを含めた他の面々。
「ぶ、無礼だぞ!人族風情がこの場をどこだと思っている!陛下の御前で公爵である私に訳の分からない言いがかりをつける等、言語道断!」
「うるせーな。この場がどこかなんて俺には一切関係ねーんだよ。単純に俺達を殺害しようとした片割れがいる。そんだけだ」
Sランカーではないながらも別格の存在であり、異国の地にもその名を轟かせているAランカーの【黄金】であれば、かなりの不敬でもどうにでもなってしまうのは事実であるのだが、そこを一切考慮せずに単純に目の前のゴミをどうしてやろうかだけを考えているドロデス。
「もうっ、ドロデスさん!少し落ち着いて。これじゃあ何も話しが出来ないじゃない!予想は出来ていたけど、暴走するわね」
このままでは目の前の主犯格から何も情報を得ないまま細切れにしかねないと思ったミランダが、仲裁に入る。
Sランカーの二人は昔話に花が咲いているのかこの状況に一切動じることなく、近くの椅子を勝手に引っ張り出して座りながら談笑している。
この状況を嫌でも目にしている国王の近衛騎士達は少々苦笑いなのだが、国王自身が何も言わず・・・言えずにいるのだから、黙って成り行きを見守るほかない。
ミランダに諫められたドロデスは渋々引き下がるのだが、視線は厳しくミュラーラ公爵を睨みつけている。
「へ、陛下!この様な下賤な者の不敬な態度を許しても良いのですか?【黄金】だか何だか知りませんが、コレは国家への挑戦とみなせる行為ですよ?」
ミュラーラ公爵家に所属している実力だけは優秀な騎士は証拠隠滅の為にソルベルドに抹殺されているので、国家としての権威や戦力を動かすべく話を持っていくミュラーラなのだが、国王の反応は真逆だ。
「お前が言うか。なるほどな・・・この状況になっても“もがく”姿勢だけは評価できなくもないが、余が何も知らないとバカにしているのか!」
「な、何を仰るのですか!?まさか、忠臣である私をお疑いですか?ひょっとしてこの連中に唆されたのでしょうか?であれば、コレは獣人族に対する裏切りとも取られかねませんぞ!」
種族嫌悪まで話を拡大して身の潔白を訴えているのだが、焦っているのかこの場に同族であり最大の被害者でもある王女のハルナが存在していることを失念しているミュラーラ公爵。
「ミュラーラ公爵。私を捕らえようとした事、王宮で生活している際にも攻撃していた事、全て明らかになっているのですよ?いくつかの証拠は私を必死で逃がしてくれた本当の忠臣、パーミット侯爵家の人達が持って共に逃亡したのです!」
「そ、そんなバカな!証拠を保管する時間すらなかったはず・・・」
必死で言い訳を考えて国王と話をしている最中に思わぬ方向からとんでもない爆弾が飛んできたので避ける事が出来ず、反射的に本心からの疑問を口にしてしまう。
「ミュラーラよ。今貴様は明確に自らの罪を認めたのだ。パーミット侯爵!」
国王からの指摘で絶対に言ってはならない事を言ってしまった事実に気が付いたのだが時既に遅く、どうすればこの場から逃れられるのか考える暇も無いまま、追撃とばかりに敵勢とも言える存在が呼び寄せられる。
「パーミット侯爵。そしてその方の家族からの忠義を一瞬でも疑ってしまった事、心から謝罪する。今!事実は明白になり、最も卑劣な行動で反逆を企んだミュラーラと、真逆とも言えるこれ以上ない程の献身を見せたパーミット侯爵がこの場にいる。ミュラーラに厳しい沙汰を与えるのは当然だが、パーミット侯爵本人の働き、そして今は亡き二人がハルナを命がけで救ってくれた事、何を以って報いれば良いのか・・・」
本来国王が臣下に頭を下げるなど有ってはならないのだが、パーミット侯爵が家族を含めて本当に命がけで国の為、王族のために行動してくれていた事、そもそもの発端がミュラーラ―公爵の悪意ある行動であった事もあり、子供を失っているパーミット侯爵に口だけの謝罪では足りないと思い言葉に詰まる。
家臣として、誤解から冤罪で裁かれかけたとしてもその忠心に揺らぎはないので、言葉に詰まった国王を庇うような発言をするパーミット侯爵。
「陛下。我が息子、我が娘は立派に責務を果たしたのです。今私は二人に対しては心からの称賛の言葉以外は思いつきません」
「パーミット侯爵・・・すまない。本当にすまなかった」
勝手に椅子を出して世間話に興じていた二人のSランカーも、パーミット侯爵の強い心、そしてその子供達の揺るぎない忠心に敬意を表しているのか、態々立ち上がって深く頭を下げている。
個々人の性格にもよるのだが、国王同様、正に別格の存在と言われているSランカーが揃って哀悼の意を表するなど通常では目にする事は出来ない。