(85)侯爵家と公爵家①
「証拠は残っていない。絶対に大丈夫だ」
互いに欲望を達成すべく、協力関係にあったミュラーラ公爵と陰のソルベルド。
少し前までは正に筋書き通りに事が進んでいると気を良くしていたのだが、スロノの存在を正確に把握できなかったことが要因で大きな綻びが生じ、そこから止められない雪崩の様に一気に状況は悪化していた。
陰のソルベルドは互いの関係性を完全に秘匿しながら動いていた以上、今迄同様実力を発揮して逃亡すればどうにでもなるとさっさと逃亡しており、公爵の立場であるミュラーラは権力の維持もあるが、ここで逃亡すれば反逆者としての立場が確定してしまうので、逃亡できずに一人モンモンとしている。
戦力の高い側近とも言える騎士にはソルベルドの存在を明かしていたのだが、そこだけがある意味証拠となり得る可能性があると判断されたのか、ソルベルドが置き土産とばかりに全て始末して逃亡しており、ミュラーラ公爵としては得る物は無くあり得ない程の損害だけが残っている。
文句を言おうにも犯人の所在は不明であり、仮に訴えたとしても逆に反逆罪の証言をされては自分の立場が悪化するだけなので、泣き寝入りするほかない。
冷静に現状を分析すると多大な損失だけが残った事を把握しているのだが、今はそんな事よりも反逆罪に問われない事だけを真剣に考えており、現時点で物的証拠はないはずだと必死に自分に言い聞かせている。
国王との質疑応答まで考えていたミュラーラ公爵の元に、想像通り登城の指示が出る。
「来たか」
何もなくとも定期的に登城の指示が出る立場なので、今回の指示が何を意味するのか分からないまま謁見の間に向かう。
道中すれ違う王宮の使用人、貴族、騎士の態度に今までと異なる雰囲気や態度が見られなかった事から、定例の登城指示なのかと思っているミュラーラ公爵。
「ミュラーラ、登城の命により参りました」
「うむ。随分と・・・表情が暗いな。何があったのか申してみよ?」
国王の真意が掴めないので、迂闊な事を言う訳にはいかないと当たり障りのない回答をするミュラーラ公爵。
「特段これと言った事は有りませんが、強いて言えば領地の運営で忙しくなっている事でしょうか?」
国王の表情の変化を見逃さないようにしながら回答しているが、流石は国王・・・一切表情に変化がないまま次の質問が飛んでくる。
「そうか。例年であればその方の領地運営に対して変化がない時期ではあるが、今回に限り何かあったのか?」
内心余計な事を!と思っているのだが、臣下と主の関係である以上は聞かれた事に答える必要があるし、ここで暴れても国王の近衛騎士にすぐさま取り押さえられる事は明白だ。
「最近国内の状況が悪化しており、そのあおりを受けて領地内部の治安を含めて状況が良くありませんでした。ですが、陛下の奇策とも言えるギルドへの依頼で流星ビョーラの力を得て騒動が沈静化しましたので、我が領地もじっくりと腰を据えて復興する事が出来ます」
まるで自分が関与していない事象によって領地が荒らされたと言っているのだが、確かに疑惑を持たれないように領地の一部に損害が出る位置で騒動を起こしていたのも事実。
当初ミュラーラはこの案には大反対したのだが、万が一の時に助けになるとソルベルドの進言を受けて渋々同意していた。
内心では万が一も起るはずがないと思っていたしソルベルドが暴れたいだけだろうと思っていたのだが、今この状況になればソルベルドは先の先まで考えて行動していたと感謝すらしているほどだ。
「成程・・・な。確かにミュラーラの所にも被害があった事実は確認している。まぁ、他と比較すると、特にパーミット侯爵の領地と比べると恐ろしい程少ないがな」
段々と雲行きが怪しくなってきたので、この話題は避けるべきだと考えたミュラーラ公爵は即座に異なる話題を提供する。
「確かにそうかもしれませんが、正直他の貴族が治めている領地については良く分かりません。ところで、聞くところによると一時期この国にはSランカーが集結していたようですね。これを宣伝して観光業に力を入れるのも手ではないですか?」
貴族として国家繁栄に関する話に持って行ったつもりのミュラーラだが、内容が良くないし、敢えて国王がパーミット侯爵の話を出した事にもう少し配慮するべきだった。
「確かにな。では、観光場所として聖母リリエルはギルド前。流星ビョーラはより被害の大きかったパーミット侯爵領、魔道リューリュは謁見の間、陰のソルベルドはお前の邸宅で良いか?」
リリエルについては何時もギルドの前で作業をしていたので理解できるし、ビョーラも敢えて被害の大きかった場所を選択したと言う事は最も活躍した場所である事も理解できるのだが、残りの二つについては理解するのを頭が拒否している。
「そ、それは良い案ですね」
「であろう?言わず共分かると思うが各面々が活躍した場所、する場所を観光名所にするのが当然だからな、ミュラーラ公爵!」
これは全て明らかになっていると判断したのだが、どう考えても証拠は残っていないので認めてしまえばそこで終わりだと強気に出る。
「陛下の仰ること、一部理解できかねます。陰のソルベルドの観光地については忠臣である我が領地に益を与えてくださるものと思いましたが、何か誤解があるのでしょうか?」
こう返しながらも、何故魔道リューリュの観光地が謁見の間になっているのか考える事を放棄しているのだが、恐れていた事実が現実になり始めているのを嫌でも悟ってしまう。
「はっ、見下げた態度だ。では、魔道リューリュと【黄金】一行、それに我が娘ハルナよ、入ってくるが良い!」