(83)綻びが出始める②
自らが入念に計画して仕掛けていた騒動が収まってしまう可能性が極めて高いと聞いたミュラーラ公爵は、本来臣下としてはあるまじき回答をしてしまう。
「えっ?」
国王バルドの喜びの言葉を聞き、内容があり得ない事態だったので反射的に思わずその場に相応しくない言葉を発してしまったミュラーラ公爵だが、機嫌の良い国王は話の一部が理解の範疇を超えたと勘違いして説明を続けていた。
「そうだろう?驚くのも無理はない。余も今の状況を改善すべくその方の進言以外にも独自で動いていたのだ。その一つがギルドへの助力要請。そのおかげで既にパーミット侯爵が対処した地域以外での騒動も沈静化し始めている!」
今まで言いなりだったと思っていたのだが、まさか自分の知らない所で余計な事をしているとは思いもよらず、更には手中に収めているソルベルドと同格の存在が対処に動いてしまうのであれば対策は非常に難しいので、直にでも作戦を練る必要があると思っている。
思っているのだが・・・漸くこの厳しい状況を乗り越えられる目途が立ったと判断した機嫌の良い国王の自分語りが終わらないので、延々と謁見の間に留め置かれてイライラしてしまう。
ある程度時間が経過した際、国王が一息した瞬間を狙って口を開く。
「陛下。私の方でも色々と確認すべき項目がありますので、一旦戻らせて頂いても宜しいでしょうか?」
「む?そうか。確かにそうだろうな。良し、下がって良い」
周囲の目も気にせずに全速力で城を出て邸宅に戻ったミュラーラは、未だに庭園で修練をしているソルベルドを見て大声で喚く。
「ソル!」
流石に庭園で全ての事情を喚くわけにはいかないし本名を叫べないので、急ぎ執務室にソルベルドを連れて行く。
「今王宮で陛下に謁見してあり得ない情報を得た。あの無能がギルドに助力要請をした結果侵略している各地域にSランカーが対処に乗り出したそうだ。既に何カ所かは安定していると聞いている。お前は知っているのか?」
「何やて?ワイの知らんこの短い間におもろい事になっとるやんけ。丁度ええ。誰が来ているのかは知らんが、ワイがSランカーの頂点である事を証明したる」
「そんな事は後だ!ここにはリリエルがいるんだぞ?それにリューリュ・・・いや、リューリュは既に始末されているだろうが、Sランカーがお前を含めて三人存在する事になる。仮に、相手がお前の天敵であるリリエルと手を組んだらどうするんだ?」
リューリュが生存して王国バルドに向かっている事を知らないのだが、そこを差し引いてもリリエルと・・・相手が誰かは不明だがSランカーが手を組まれては厳しい戦いになる事は間違いない。
「そんな事は想定しとった事やろ?対処には騎士を出すと前から言ってたやないけ?もう忘れたんか?」
確かに今回の作戦開始時にはそのような事を言っていたのだが、ミュラーラとしては聖母リリエルと魔道リューリュを抑える為に騎士を出すのだと思っており、Sランカー残り二人の内の一人、流星ビョーラか暴風エルロンが相手では足止めにもならないと思っていた。
これは勝手な固定概念によるものだが、聖母リリエルはその性格から恐らく何も知らない騎士相手に本気で攻撃してくるとは思えず、その友人とも言える魔道リューリュも聖母リリエルの希望によって騎士に対して本気で攻撃しないと踏んでいた。
そこに大きな隙が出来ると思っていたのだが、相手が他の面々であれば話は全く異なってくる。
「そんな事は分かっている!あの時に騎士が相手になるのはリューリュかリリエルだと思っていたのだ。これがビョーラやエルロンであれば話は全く違って来る!」
「はぁ、相手が誰であれ変わらんやんけ。どうせ誰が相手でもできる事は少しの時間稼ぎだけでっしゃろ?その間にワイが一人目を始末すれば良いだけやん」
この言葉を聞いて、ミュラーラ公爵は初めて陰のソルベルドの真意を悟る。
公爵家の騎士と共闘はするのだが、あくまでSランカーと二対一にならない様に時間稼ぎをさせる為であり、ハナから騎士達では相手にならず捨て駒として考えていた事を・・・
確かに互いの益があるので共闘している関係になっているのだが、互いに欲望に忠実である事からソルベルドの考えを曲げる事は出来ないと悟ってしまうミュラーラ公爵。
「・・・ならば、確実に相手を仕留めろ」
「言われんでもわかっとるわ。そもそもワイの目的が他の連中の上に立つ事やからな。いよいよその時が来たと思うと昂るわ!」
興奮が抑えられない態度ではあるのだが、やはりそこは別格の存在であるために直に自分を律し、情報について問いかける。
「ほんで、ホンマに相手が誰だかわからんのか?相手によって対策が異なるのは当然やろ?それだけで勝率が大きく変わるんやで?公爵も邪魔モンが消えて国内が再び混乱した方がええちゃいまっか?」
「その通りだ。直ぐにギルドから情報を得てこよう」
使いの騎士を走らせると、ソルベルドは何時出番が来ても良いように体を慎重に解し始め、その時を待っている。
これだけの行動でもあり得ない程の集中力を感じさせているのは流石だが、その目的が独善的であるのは忘れてはならない。
使い走りにされた騎士は何も事情を知らずに、ミュラーラ公爵の使いとして国王からの依頼について情報を得る為にギルドに走り、追加の情報と共に戻って来た。
その情報はソルベルドやミュラーラ公爵にとっては非常に宜しくない情報であり、つまり・・・ハルナ王女側に有利に働く情報だったのだ。