(82)綻びが出始める①
【黄金】一行は毒入り飲食物を提供した食堂から彼等を連れ出していた騎士を締め上げて得た情報で、ハルナ王女を逃がそうとしていたパーミット侯爵家の二人の行動によって侯爵自身に反逆罪が適用されると知る。
侯爵家の二人が王都からの逃亡を手助けしたのは事実なのだが、身の危険を感じて避難すべく一時的に逃亡しただけで、【黄金】の援助を得た上で死地に戻るつもりでいた。
決死の覚悟でハルナを逃亡させた侯爵家の二人だが、犯罪者に仕立て上げられているので報われない悲劇が起きたと言っても良いだろう。
王国バルドに残っている存在で事実を知っているのは、敢えてこの騒動を起こしてパーミット侯爵を糾弾しようとしている人物なので、必死で戦争を終結させて報告に戻った侯爵は何が何だか分からないままに幽閉されてしまう。
「まさか、パーミット侯爵が王位継承の邪魔をするとは思ってもおりませんでした。しかし、現実的にパーミット家の者と共にハルナ王女が失踪している事を考慮すると、反逆罪は免れません」
反論する術を持たないパーミット侯爵は既に幽閉されており、今は元凶であるミュラーラ公爵と真実を知らない国王バルドが二人だけで話をしている。
「余も驚いている。まさか、余の娘を拉致するとは・・・あの忠臣が。いまだに信じられんがな」
「そうは言いましても、三人共に失踪しているのは紛れもない事実。大変申し訳ありませんが、ハルナ王女が王都から去る理由もわかりませんし、我らの目を掻い潜って単独で逃亡できるはずもありません」
正確な報告が国王に行く前にミュラーラ公爵の所で遮断されているので、ハルナが王宮内で命の危険があった事など分かるはずもない国王。
遮断されている情報の中には、何処から漏れたのか王位継承の絡みで国内が不安定になっているとの情報も含まれているのだが、民に流れ出てしまった情報は流石のミュラーラ公爵でも消し去る事は出来なかった。
この情報自体は噂に尾ひれがついて真実に辿り着いたのかもしれないが、各地で広まっている噂なので幾らミュラーラ公爵が注意しても、貴族に情報が到達するのは防げない。
ある程度の立場である存在でなくとも今の国内の状況があり得ないとは即座に理解できるのだが、まさか国王まで手玉に取っている公爵の仕業とわかる訳もないので、王位継承のトラブルがあるとの情報を得ても、例え高位貴族であったとしても国王に確認するほど不敬な態度を取れずに黙っている。
今尚現国王が健在である以上、ある意味退位を勧める様な事を言えば自らの首が飛ぶ可能性があるのだから当然だ。
しかし、敢えてミュラーラ公爵は王位継承の邪魔をしたと明言する事で王位が間もなく移譲されるとの認識を国王に植え付ける。
少しでも早く自らが実権を握りたい為に少し賭けに出たのだが、安全の為に即座に別の話しに移行する。
正に今話題になっていたパーミット侯爵の対処の話しであり、あまりに厳しすぎる事を言ってはパーミット侯爵の今までの功績の面からも良い感情を持たれないだろうと考えているミュラーラなので、敢えて比較対象を出しながら目的を達成するべく進言する。
「正直な所、私も侯爵家の行動に驚いております。確かに侯爵自身の関与については確定しておりませんし、過去の功績も考慮する必要があるでしょう。本来反逆罪は例外無く死罪ではありますが、その辺りを考慮すると・・・私財の没収、爵位の剥奪と言ったところでしょうか?」
実際に爵位の剥奪は無理だと思っているのだが、こう言っておけば次点の降爵になり敵にはなり得なくなるので、近い将来・・・現国王であるバルドが王位継承を宣言した暁にはハルナを傀儡にするか、不可能であれば陰ながら始末した上で指輪さえあれば他の王族に王位を継承させて傀儡にする予定なので、その際に家を潰せば良いと考えていた。
「・・・今すぐに結論を出せない。この件は少し時間を使って判断する」
今日はここまでだと思ったミュラーラ公爵は恭しく一礼すると、謁見の間を後にする。
「ふ~、何故これほどまでに想定できない事が起り続けるのだ・・・」
答えは少し前に目の前にいた存在のせいなのだが、真実を知らない国王は一人玉座で深いため息をついていた。
一方で王宮から出て自らの邸宅に戻ったミュラーラは、関係性が明らかにならない様に覆面をして園庭で鍛錬をしているソルベルドが目に入る。
「あれほどの強さがありながら、更に鍛錬を行うのか。いや、だからこその強さなのだろうな。私も緩むことなく邁進するのみ!」
執務室に戻り、間もなく手に入る予定の王位継承に必要な指輪についてどう活用するべきか、ハルナをどのように手懐けるのか思案している。
ハルナを即始末しないのも指輪の在りかを聞き出す為であり、正直な所を言えば、今まで接してきた経験からハルナは傀儡にし辛いと感じているので、指輪さえ手に入れれば他の王族に王位を継承させた方が良いとも考えている。
「愚王に諂う屈辱ももう少しだけだ。間もなく私がこの国の実権を握る事になる。いっその事国名も忌々しいバルドではなく、ミュラーラにしてしまうのもありかもしれないな」
Sランカーである陰のソルベルドと行動を共にするようになってから、一気に自らの欲望が手に届く所まで事が進んだので非常に機嫌が良いミュラーラ。
本気で国名を変えようとは思っておらず、そのような事をしては裏で国を操る意味がなくなるので少々気持ちが逸っているだけなのだが、事はそう簡単には進まない。
翌日、謁見の予定はないながらも国王に呼び出されたので登城すると、何故か機嫌の良さそうな国王がいるので不思議になっているミュラーラは、国王の言葉に素直に答える事が出来なかった。
「おぉ、来たか、ミュラーラ。最近国内の治安悪化、他国とのイザコザが立て続けに起こっていたが、解決しそうだ。国内はSランカーである聖母リリエルが癒しを行ってくれているのは知っていたが、まさか他国とのイザコザにもSランカーが対処してくれるとは思わなかった。ギルドにダメもとで言ってみたのだが、功を奏したぞ!」