(8)亜人族の少女
スロノの最悪の予想が当たり、リノ達と同様にオークの群れに襲われてしまった様だ。
その群れがリノ達を襲った群れなのか別の群れなのかは不明だが、正直ある程度の知識があるスロノとしても目の前の少女の兄と姉の生存は厳しいだろうと思いつつやれることはやってやろうと注文を止めて立ち上がり、給仕の者に謝罪の意味も込めて多少の金銭を握らせると有無をも言わさずに少女を抱えて門に向かって走り出した。
「え?あの・・・」
「俺はスロノ。とりあえず急いで現場に向かってみよう。辛いかもしれないが、それしか方法がない。君がこの状態で喋ると舌を噛む可能性が高いから、方向だけ指で指示してくれ!現場についても、俺が君の安全は保障する!」
<収納>Eを持っている男の動きでないことは明白なのだが、もう夜も更け始めており誰が何をしているか等この世界ではわずかな魔道具による明かりしかないので<隠密>系統や<索敵>系統の力を持っていない限り正確にわかるはずも無く、誰かが慌ててものすごい勢いで移動しているとしか見えなかった。
これでもスロノはリノの体への負担を考慮して速度を落としているのだが、身体能力が格段に上がる<闘術>Aを自らに排出しているので相当速い。
残念ながら<闘術>の数が不足して更なる統合は出来ずにレベルAまでしか持っていないのだが、それでも破格の性能と言える力を発揮して移動している。
抱えている少女が景色を把握できるように<魔術>まで自らに排出して明かりを生み出し、方向を指示できる速度を見極めながら移動する。
<索敵>Bを行使して移動しているのだが、生存者の気配が掴めない事から察するに残念な結果になっている可能性が高いと暗い気持ちになりつつも必死で指示通りに足を動かしているスロノ。
―――バンバン―――
肩を叩かれた為に停止するとその先には少々荒れた場所が見え・・・間違いなく目的の人物、少女の兄と姉がオークと戦闘したのであろう場所だと理解したスロノは、優しく少女を降ろしつつも周囲の気配を慎重に察知して安全である事を確認すると同時に、遠くにオークらしき気配は察知できたのだが、その中に魔獣以外の生存者の気配を掴む事が出来なかった。
「あの、あのあたりです!」
慌ててかけて行く少女の後ろをついて行くスロノだが、周囲に生きている獣や魔獣がいない事は確認済みなので好きに行動させている。
「そ、そんな・・・」
多少開けた場所、戦闘の影響によって木々がなぎ倒されて開けてしまったと言った表現の方が正しいのだが、その場所に残されているのはおびただしい血痕の後と数体のオークの亡骸、そして食い散らかされた二人の亜人の亡骸だった。
誰がどう見ても少女が救おうとしていた存在、少女の兄と姉である事は明らかであり、スロノはやはり間に合わなかったと言う思いと共にこの少女をどうするべきか悩み始める。
目の前の少女は亡骸に覆いかぶさって声を殺して泣いており、この場で大声を出して余計な魔獣や獣を集めないように必死に配慮しているのは明らかだ。
不思議な過去の記憶があるせいか、ここまで悲惨な状況になっている少女を放置する事などできないと頭では理解しているのだが、散々裏切られ、利用され、と、辛い経験をしていたスロノは一歩が踏み出せずにいた。
そこに何と新たな生存者らしき気配を突然感じたのだが、恐らく相当瀕死の状態であった為にスロノが今利用している<索敵>Bでは探知する事が出来なかった存在であり、今意識を取り戻して蠢きだしたのだろう。
未だ目の前の少女は悲しみにくれておりそっとしておく必要がある為に、同じような状況の人物を助けるのが先か?と思ったスロノは、とりあえず再度周囲の安全を確認した後にそっとこの場を急ぎ離れて気配を掴んだ場所に移動する。
「ちっ、あいつかよ」
その場所には同じように戦闘の痕跡があったのだがオークの死骸は一体もなく単純に人族が一方的に嬲られた状態とわかる状況が存在しており、その中で蠢いていた・・・かろうじて今の所生存していたのは、ある意味怨敵であるロイハルエスだった。
他の女性陣やトレンは物言わぬ物体になっているので、ツカツカとロイハルエスの元に近接する。
わざと立てている足音に気が付いたロイハルエスは必死に頭を上げて視線をスロノに向け、その存在を認識すると一気に安堵の表情に変わる。
「お、お前か。回復薬を持っているだろう?早くよこせ。なければ、その辺に転がっている女の誰かが持っているはずだ。探して持ってこい!」
この期に及んで相当強気な態度なのだが、スロノを相当格下と見ている上に自ら放逐したリノと言う存在をかすめ取った不届き者と言う認識でもあるので今更態度が変わる事は無い。
「お前は、なんでこの状況になっている?」
思わずスロノが告げた一言だが、意識が朦朧としている事もあって思った事を何となく口にしているロイハルエス。
「あのブタ共がここまで大量にいるとは思いもよらなかった。金が欲しくて、数体女を生贄にしておけば楽に討伐できると思ったんだ。畜生!何とか亜人族三人の方にブタ共の意識を向ける事に成功したのに、結局はこの有様だ!」
全ての行動に対して反省や後悔が無く自らは善だと信じて疑っていないので朦朧としつつも全ての事を説明した結果、あの少女の兄と姉はある意味巻き込まれて余計な命を散らす羽目になったのだと認識したスロノ。
敢えて更に近接して座り込み、軽くロイハルエスの頭をはたいて意識を覚醒させる。
<回復>もある程度のレベルまで持っているが使うつもりも無ければ必要性も感じておらず、視線を合わせて一言一言正確に伝わるように告げる。
「お前は絶対に助からない。これからこの場で獣共に徐々に食われて死ぬんだ!」
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