(77)絶望から③
全員が意識を取り戻し、食堂の主人の事情もハルナから聞いて把握しているので謝罪を素直に受け入れ、全てが丸く収まる方向の作戦を提示している魔道リューリュ。
「でね。ここで私達が反撃しようものなら・・・勝利は出来るけど、店主ちゃんのお連れさんは戻ってこないでしょう?ハルナちゃんの話によれば店主ちゃんも犠牲者だから、そこはきっちりと対処するわ」
ここまで来てしまえば店主も当事者であり被害者でもあるので、自らの力不足で国家が不安定になった事が原因と思っているハルナは身分を含めて全てを説明していた。
店主が偽の情報をつかまされた挙句に妻を人質にされた事もあるが、獣人族であるハルナを助けるために行動していた事も相まって、信頼できる人物だと判断された結果だ。
「店主ちゃん・・・って。まぁ良いぜ。俺じゃー頭を使う作業は出来ねーからな。全員無事で難なく敵の懐に潜り込めるその作戦、聞かせてもらおうじゃねーか?なぁ、ミランダ」
「そうですね。一応【黄金】の交渉事は一任して頂いていましたが、私もドロデスさんと同じで、申し訳ないけれど何も案が無いからお願いします、リューリュさん」
「任せてよ!状況を整理すると、私達を殺害してハルナちゃんだけ手に入れようとしていたでしょう?でも、この店の中で私達の亡骸を放置はできないじゃない?食堂だし、店主ちゃんには痺れ薬って伝えていた訳だし。アレ、大丈夫よね?」
話しながら、これ程の悪行を平然としでかす連中なので亡骸を放置する可能性もあるかもしれないと、少しだけ自信が無くなっているリューリュ。
「・・・えっと、多分大丈夫。で、間違いなく陰湿のソルベルドのバックにいる黒幕が手配した連中が私達とハルナちゃんを連行するわけよ」
「あ~、理解した。やられたふりをしておけば、連れ出してくれるってわけか?だけどよ・・・俺達とハルナじゃぁ連行される場所が異なるんじゃねーか?」
「!?・・・そ、そうよね。冷静に考えれば私もそう思うわ、ドロデスちゃん。だから、別れそうになったらその場で反撃しちゃいましょ?」
随分と行き当たりばったりだな、と思いつつも、移動も楽だし道中の罠の心配や急襲に対する警戒も不要なので、一先ずその案が採用された。
「でね、店主ちゃんには当然私達が意識を取り戻していない前提で対応してほしいの。お願いできるわよね?」
店主は騙されて毒殺の片棒を担がされた挙句、人質まで取られている。
更に言えば、ハルナは【黄金】に拉致されたとの偽情報まで掴まされている為にリューリュの申し出を断りはしないのだが、やはり気になる事は有る。
「それは構いませんが・・・本当に申し訳ありませんが、皆さんが敗戦した場合にはこちらに報復される恐れがありませんか?」
完全に指示通りに実行できたと報告する以上、道中で意識を取り戻して反撃する事など有り得ないので店主が偽の情報を伝えたと判定されてしまい、報復対象になりかねない。
「確かにそうね。一人残らず始末しても、何処でどの作戦が実行されているのかくらいは陰湿のソルベルドは理解しているでしょうから、ハルナちゃんが手元に来ない段階で報復の対象になるのかもしれないわ」
国家の重鎮に所属している存在を始末すると平然と言えてしまうのも別格の存在だからだろうが、【黄金】の面々やハルナですら特段驚く様子は見せない。
「だがよ?あのクソ野郎がスロノの力を理解できねー以上は、作戦が失敗した正確な理由なんざわかり様がねーだろ?店主はしっかり仕事をした。んで、恐らくクソ野郎はリューリュの力で俺達を救ったと判断するだろうぜ」
「そうね。私もドロデスさんの言う通り、普通じゃない事態は別格の存在の力が働いたと考えるのが当然で、今この中でその力を持っていると認識されているのはリューリュさんだけ。そう考えるのが妥当ね」
この作戦を仕掛けた陰のソルベルド当人ではないので推測の域は出ないのだが、かなり高い確率で店主に報復が行われる事はないだろうと判断した【黄金】一行と、その話を黙って聞いていた店主も同じ考えに至り、納得したようだ。
「では、私はご指示通りに作戦が上手く行った体で話を進めます。どうかご無事で。皆様やハルナ王女にはこれ以上ない程無礼な態度を取ってしまい申し訳ありません。当然皆さんの状況、スロノさんの力については絶対に他言致しません」
やむを得ない状況であったとしても、結果的に毒を盛ってしまった事実は変わらないので謝罪をしている店主なのだが、謝罪されている方はもう終わった事だし結果的に何も問題なかったので特段気にするそぶりは見せなかった。
「謝罪は受け取っておくわ。でも、この話はもうお終い。これからの事を考えましょ?私達は伝えた通りに毒にやられた体で倒れているから、宜しくね?意識がないふりをしておくけど、未だ生存している事を探るように聞かれたら、口にする量が思いのほか少なかったとでも言っておいて」
一度は陰のソルベルドの罠にまんまと嵌ってしまったのだが、スロノによってギリギリではあったがその罠を回避した上で逆手に取って見せた【黄金】一行。
店主も魔道リューリュに言われた通りに、騎士がハルナ以外の様子を見た際に動いていると指摘されたので、間違いなく呼吸による若干の動き、則ち生存確認をしているのだろうと判断して、指示されていた通りに薬剤を混ぜた食事を想定よりも少ない量しか口にしなかったと伝えていた。
結果的にハルナ以外も纏めて店から搬送されたので、リューリュの作戦は今の所上手く行っている。
作戦と言えない程の適当な考えであり、想像通りにこのまま放置すれば確実に死亡すると思われている人族一行と、国家を掌握する為にミュラーラ公爵から必要とされているハルナでは移動先が異なる。
「んじゃ、俺は王女を届けて来るぜ?」
「了解。俺達はこいつらを捨てて来るから、後で落ち合おうぜ?」
ミュラーラ公爵や陰のソルベルドがいる町に到着するのには少々時間が必要になるので、廃棄すべき存在はさっさと捨てるべく短い時間だが別行動を始める様だ。