(76)絶望から②
店主の妻も人族に対しては良い思いを抱いていないので、夫である店主の言葉を聞いて何が言いたいのか理解できない。
「あのな?今回俺達の国は、残念ながら王位継承絡みで荒れているのは知っているよな?」
「そうね。王都から遠く離れたこの町でもその話は聞こえてくるし、今は戦争まで起きているでしょう?本当に困ったわ」
「その原因は、王位を奪おうとしているのか利権を得ようとしているのかは分からないが、王侯貴族が暗躍しているせいだ」
話が大きくならざるを得ないので、少し前にいた騎士に聞かれては投獄されかねないと小声で話している店主と、緊張の面持ちの妻。
「で、誰が絡んでいるのかは分からないが・・・王位継承権を唯一持っているハルナ王女がこの国から逃亡していた。あろう事か本来王女を支えるべき存在が敵だらけで、人族の有名な冒険者パーティーである【黄金】に助けを求めたそうだ」
「私も【黄金】の噂は聞いた事があるわ。全員がレベルAの能力を持っているのよね?」
「そうだ。その人達がハルナ王女を助けつつ国家を安定させるために王国バルドに向かっている。別件の用事もあるようだが・・・当然その情報を掴んだ悪意のある王侯貴族の誰かは邪魔をするだろう?実は今回、俺達はその騒動に巻き込まれたんだ」
「!?」
壮大な話の関係者になっているとは夢にも思っていなかったので、店主の妻は驚きを隠せない。
「気持ちは分かるが、全て事実だ。今回抱えられていた同朋。彼女がハルナ王女で間違いない」
「そ、そんな!!何故助けないの?そこまで事情を知っているのなら、一刻も早く何とかしないと!」
「落ち着け!!大丈夫だ。俺達程度が何かをしても一瞬で踏み潰されるだけだ。一緒に連行された人族がいただろう?彼等が【黄金】だ。だから任せられるに違いない」
「その方が大事でしょう?ハルナ王女の唯一の救いとも言える【黄金】があんな状態で連行されているのよ?幾ら戦闘能力が高いからって、助けられるわけがないじゃない!!」
あの状況だけ見れば店主の妻が言っている事は正論であり、騎士も倒れ伏している【黄金】一行が予定通り毒にやられて間もなく死亡すると理解したので、無造作に抱えて店から連れ出していた。
「大丈夫だ。確認する術は何もないが、あの時お前も聞いていただろう?俺が飲ませた薬は痺れ薬だと。ここから先の話しは知らないだろうが、アレを摂取した一行は相当苦しんでいたので、王女が言っていた通りに致死性の毒薬だったのだろうと思う」
「だったら、猶更!!」
「落ち着け!何度も言うが、大丈夫だ。確かに王女から見れば絶体絶命の状況。頼りの一行は毒にやられて解毒薬は一人分だけ。だけどな?ここから奇跡が起きたんだよ」
◇◇◇◇◇◇◇
絶体絶命の状況の中、意志を曲げずに自分用の回復薬をドロデスに飲ませていたハルナを見て、その姿から発せられる不思議な圧によって自分達と同じ存在ではなく高貴な存在であると肌で感じていた店主。
同じくその姿勢を目の当たりにしていたスロノも漸く我に返り、慌てて自らに今現在持っている回復の最大レベルである<回復>Aを付与して全員を癒す。
ソルベルドもスロノは調査対象になり得ない無能と判断していたので、少し前に直接対峙してあり得ない<魔術>を行使した事には驚いたのだが、真面に使える能力は基本一つのこの世界なので他の能力は持っていないと判断していた。
<魔術>やら<回復>やらはある意味おまけで、<収納>Exと言う別格の能力を持つスロノ故に、真の能力を想定すらできないソルベルド。
世界の常識から大きく逸脱しているスロノの能力なので仕方がないのだが、仮にスロノが最も早く発症してしまえばどうなったのか・・・冷静に自ら回復術を行使する余裕があったのかは不明だ。
そもそもレベルAの能力自体があり得ない能力と認識されているので、回復できる能力を持っているのは王国バルドに足止めされている聖母リリエル以外には存在しないと知っているソルベルドによって、毒のレベルも厳選されている。
その毒自体も獣人に対する遅効性やら各種制限を付けたので貴重であり、毒の成分としてはあり得ない程の猛毒なのだが、流石に<回復>Aの力に対抗できるわけも無く全員が一気に回復していた。
「ふぃ~、助かったぜスロノ。まさかこんな搦手で来るとは、あのクソ野郎!流石に今回はダメかと思ったぜ」
「本当ね。でも凄いじゃない?私でもできない程の回復術を行使できるなんて、どれだけ修練したのかな、スロノちゃん?」
ドロデスやリューリュから褒めちぎられているスロノは、正直もっと早く回復魔術を行使すべきだったのに慌ててしまい長く苦しませてしまった事を反省しており、素直に喜べない。
「・・・本当はもう少し早く対応すべきでした。俺が慌てていたせいで長く苦しませてしまい、申し訳ありません」
暫く互いに謝罪と称賛合戦になったのだが、ここは敵地だと認識している以上は次の話に進む。
「じゃあ、今後陰湿のソルベルドからの攻撃や罠を避け、ついでに黒幕の近くまで案内して貰おうかしら?」
「え?リューリュさん、どうするんですか?私としてもまた同じような状況になるのは避けたいので、そうしたいのは山々ですが・・・」
リューリュが、敵に本陣まで安全に案内して貰えるような事を言っているので、できれば良いが実際は不可能ではないかとミランダが疑問を述べる。




