(75)絶望から①
戦闘や人間関係に対しては結構な経験を積んできたスロノだが、これ以上ない程の悪意からくる毒殺など経験していないので、苦しんでいる仲間を見て動揺し、更に対策しようと焦っている別格の存在、魔道リューリュを見て困惑する。
他の面々比べて大人しく軽く食事をしていたスロノ、そもそも若干耐性があるのか効果が現れるのが遅い獣人ハルナには今の所何も異常はないのだが、リューリュにさえ影響が出始める。
「「リューリュさん!」」
スロノだけではなく、この一行にとっての柱になっているSランカー魔道リューリュが苦しみ始めてしまった事で、より焦るスロノとハルナ。
何をどうするのか全く分からずに、仲間が苦しんでいるのを茫然と見るしかない。
「こっちにこい!」
突然店の奥から店主が出てくると、強引にハルナの手を取って未だ症状が出ていない、つまり動けるスロノから距離を取る。
「な!止めて!」
あり得ない状況を引き起こしたのは食事であり、今のこの行動も含めて店主が最も怪しいと理解したハルナは必死でもがいている。
「お前は洗脳でもされたのか?あんな連中に攫われて怖い思いをしたのだろうが、もう大丈夫だ。もう直ぐ国の偉い方と繋がっている騎士がやってくる手はずになっている。保護してもらえるぞ?」
ハルナの想像とは異なって、優しく話しかけてくる店主。
内容は普通の獣人であれば喜べる内容ではあるのだが、もともと王位継承のトラブルで逃亡せざるを得なかった立場のハルナからしてみれば、偉い方と繋がっている騎士などに連れられてはどうなるのか、考えるだけでも恐ろしい。
今の状況も含めると、あまりにも鮮やかだったので自分を攫う事を目的にここまでの事をしでかしたのではないかと思い、他の面々を救う為に懇願する。
「わかりました。私はどうなっても良いので、あの人達を助けてください!」
店主からしてみればハルナを助けているつもりなのに、まるで身売りをされても良いので人族を救えと聞こえてしまう。
大きな祖語が発生しているのだが、取り敢えず保護出来た事や目の前の人族は一人を除いて薬の影響を受けているので、残る一人ももう直ぐだろうと任務遂行できたと安堵している。
心の余裕があるのか、ハルナに諭すように話しかける店主。
「大丈夫だ。あの人族達は苦しんでいるように見えるけど、痺れ薬を飲ませただけ。それに、お前には影響が出るのが遅い薬剤を選択した上ここに解毒薬もある。さぁ、飲むと良い!」
「こ、これは全員分ですか?」
「そんなわけはないだろう。一人分。それも子供用だと聞いている。さっ、痺れが来る前に飲んでおきなさい」
ハルナの視線の先にはこれ以上ない程に苦痛の表情をしているスロノ以外の面々がおり、どう考えても痺れ薬の症状ではないと分かる。
「痺れ薬の訳ないじゃない!あれだけ苦しんでいるのを目の当たりにして、どうして痺れ薬と信じられるの!」
一瞬“はっ”とする店主だが、今更何かをできる訳もない。
「そうかもしれないが、あいつ等はお前を拉致した悪党。どうなっても自業自得だろう?それに、解毒薬はこれしかないし、あいつ等を引き渡せば妻が戻ってくるんだ」
「・・・まさか、人質に取られたのですか?そんな連中が渡す薬が痺れ薬?この解毒薬だって怪しくて飲めないじゃないですか!」
全て言われた通りで反論する術を持たないので、ハルナを落ち着かせようと諭していたつもりの店主は黙り込んでしまう。
その間、最も早く症状が出ていたドロデスが意識を飛ばして痙攣し始めた為、もう時間はないし迷っていられないと店主の手から薬品を奪うと、ドロデスの口元に垂らすハルナ。
回復薬ではないかもしれないが、今できる事はこれしかない。
他の面々は助けられない可能性が高いのだが、目の前の出来る事を何としても達成しなくてはならないと気丈に振舞い、王族としてのプライドか、今まで他種族の自分に対して良くしてくれた恩返しか、必死でドロデスに声をかけながら薬を口元に垂らしている。
その後・・・一回目とは異なる騎士が店に入ってくる。
「おぉ、確かに全員が目的の人物だな。よくやった。約束していた通りに担保は返そう。そうそう、あの女には解毒薬を飲ませただろうな?他は・・・まだ動いているな。思った以上に頑丈だ」
「もちろんです。ご指示いただいた通りに作業しましたが、彼等は思いのほか口にする量が少なかったので、効果が出るのに時間がかかっていました」
【黄金】一行が倒れており、作戦ではハルナには効き目の弱い解毒薬を飲ませて弱らせたまま連行する予定なので、ハルナだけは死亡されては問題があると騎士は確認している。
全く問題ないとの返答を得たので僅かばかりの金銭と報酬として渡すとともに、店主が最も望んでいた人質を返すと倒れている一行を同行していた騎士達に抱えさせて出て行く。
「お前、何もなかったか?大丈夫か?」
妻の安全を確保できて喜んでいるのだが、ある程度時間が経過して落ち着くと騎士一行が周辺にいないのは間違いないので、起こった事を話している。
「城に連れていかれたけれど、普通に生活は出来ていたの」
「そうか。こっちも色々あったが、俺は正直人族に対する考えを改めた」




