(74)食事と酒
全ての酒、食事、デザートに対して均一に痺れ薬(と思っている)が混ぜ込まれているので、早く全員が口にして任務を遂行し妻を取り戻したいと緊張している店主。
どの食事、酒を手に取るか分からないので全てに均一に無味無臭の薬品を混ぜ込んでおり、こうする事で何かが他と異なると言った僅かな違和感をリューリュに察知されないように、ソルベルドが指示していた。
店主の気持ち等わかるはずもない【黄金】一行は、食事、デザート、酒の三カ所に分かれてどれにするのかを選んでおり、通常であれば全く気にならないこの時間もあり得ない程に長い時間に感じてしまう。
食事を始める前に金銭の授受を終了しておくこともソルベルドからの指示であり、給仕をしては都度ターゲットと接触する事になり異常を察知される可能性があるので、店の奥に引っ込めるようにしていた。
「これで同朋も助けられるし、妻も戻ってくる。早くしてくれ!」
店の奥から店内をこっそり観察しつつ、一刻も早くこの緊張状態から解放されたい一心で祈るように呟いている。
本来警戒態勢にあるリューリュであればこの程度の声は直に拾えているのだが、暫くソルベルドの襲撃もないし気配も無く、更にはあり得ない程の良いシステムで甘味が提供されている事から油断していた。
正に、ありとあらゆる場所で情報収集する為に行動し続けていたソルベルドの力量が上回った結果なのだが、そうとは知らずに未だに楽しそうに食材を選んでいる。
「アレが……なついているように見えなくもないが、あれだけ幼ければ懐柔されたのかもしれない」
視界には同朋である王女ハルナの姿が見えるのだが、聞いていた状況とは違い拉致されたようには見える訳もないので、勝手な想像を膨らませている。
食材に混ぜ込んでいる毒薬は、残念ながら聞いていた痺れ薬ではないし獣人族にも影響を与える。
一応王族ハルナを始末しては後々ミュラーラ公爵が傀儡として使用できなくなるので、獣人族に対しては効果が出る時間が遅くなる薬剤が選択されているし、解毒薬は準備済みだ。
完治させず共動ける程度にすればより今後の動きが楽になるとの思惑もあって、解毒剤も実は希釈しており、仮に人族の誰かに奪われても完治には至らない。
何から何まで陰湿な方面に対する作戦は準備万端であり、いよいよ【黄金】一行が夫々口にする食材を持って席に座った。
「そんじゃぁよ、もう直ぐここまでゆっくり出来ねー状況になるだろうから、今のうちに楽しもうぜ?」
ドロデスの言葉に無駄に一瞬だけ反応してしまった店主だが、同朋を救うため、妻を取り戻す為に憎い人族が痺れて行動不能になるくらいは当然だとの思いで、その時を待っている。
「んじゃぁ、乾杯!!」
全員が酒を飲み、ジュースを飲み、食事を口にし、甘味を口にしている。
談笑しながら食事は進んでいるのだが、その時は突然訪れる。
「うっ・・・」
最も早くから酒を口にし、その後も浴びるように飲み続けていたドロデスに最初に異常が現れる。
「どうしたの、ドロデスさん?飲みすぎたのかし・・・」
次に冷や汗をかき始めたのは、ドロデスと略当時に一気に息苦しさを覚えたミランダ。
流石に二人がこのような状況になったので、口にした物が異常の原因だとハルナを含む全員が判断して手を止めるとともに、先ずは苦しんでいる二人に対して回復薬を与える。
「グォ・・・」
残念ながら何かを口にできる状況ではなく魔術に頼るほかないために、最も魔術に精通している魔道リューリュが回復魔術を行使するのだが……
「今のうちに全員回復薬を飲んでおいて。回復魔術は得意じゃないから、せめて薬品が飲めるまで回復できれば……」
この世界では、基本的に能力は一つ。二つ目は幾ら修練しようが経験が一つ目の能力に吸い取られるので、希少とも言える二つ目の能力を発展させるのは極めて難しい。
魔道リューリュは本来<魔術>をレベルSにまで引き上げてはいるが、回復に必要な能力は聖母リリエルが持っている<回復>なので、以前リリエルが術を行使しているのを見て見様見真似で回復術を行使している。
流石に<魔術>をレベルSで持っているだけあって能力を持っていないながらも<回復>D程度の効果が発生しているのだが、この毒がその程度で癒せるわけがない。
リューリュに該当能力がないながらも<回復>D程度はできるとの情報を仕入れていたソルベルドが、対策される事を踏まえて作戦を立案しているので抜けはないと思っており、事実ここまでは順調に推移している。
苦しんでいるのは二人だけだったのだが、ここにきて回復薬を飲んだジャレードやオウビも無言で苦しみ始め、回復薬にも耐性がある毒が使用されていると悟る。
「コレは・・・拙いわ!」
自らの回復術では気休めにもならず、発症前に回復薬を飲んでも予防効果がないと悟ったリューリュは慣れない魔術を行使しつつ必死で対策を考えるのだが、今からリリエルを呼びに行こうにも間に合わないし、道中どう考えてもソルベルドの邪魔が入る。
「あの陰湿野郎!」
思いつく対策が全て無駄であり、ソルベルドの罠にまんまと嵌ってしまった今のままでは、今までの経験から考えると間違いなく全滅だと悟ってしまう。




