(73)店主の怯え
この町は王国バルドに所属している。
つまり、獣人族の国家であるために、人族を嫌悪する存在が大多数を占めている。
【黄金】一行が訪れているこの店の主人もその部類に入るので、人族を目の当たりにすれば周辺の人と同様に露骨に態度に出るのだが、【黄金】一行が到着する前日、その態度は少し控えめだった。
その理由は・・・
突然店に怪しげな人族・・・目元を隠してはいるが頭上に耳がないので人族と判断できる存在が侵入してきたので何も食わす物はないと追い返そうとしたのだが、その後ろから入って来た同族が帯剣しており、どう見ても王国バルドの王侯貴族と言った高位の存在に仕えている騎士に見えたので、空きかかった口が閉じる。
何故人族と獣人種が共に行動しているのか良く分からないが、国家に牙をむく程の力がある訳でもなくその意志も無いので、嫌々ながらも食事を提供するだけで済む事を願っていた。
人族の国家に近いこの町に重鎮の騎士が来ている時点でその考えは異常に甘いと言わざるを得ないのだが、かつてない経験なので騎士が何かを話すのをじっと待っている。
間違いなく人族と自分に何らかの食事を提供する様に言って来るのだろうと思っていたのだが、想像すらできない事を話し始める。
「これからお前に指令を与える。拒否権はない。当然成果を求められるので、担保としてコイツを預かる。指令自体の難易度は低いからな。しっかりと成果を出せばコイツは無事に返すし、報奨も与えよう」
騎士と人族から目を逸らしたわけではないのだが、気が付けば人族のソルベルドの横に店主の妻が抱えられており、何が何だか分からずに動揺している店主。
「良いか?これからこの場所にとある一行が来る。獣人一人、他は人族六人の一行だ。そのうちの三人の男は無駄に立派な体躯をしているから、直にわかるだろう。そいつらには・・・」
色々な指示が出ているのだが、店主は自分の妻が気になって仕方がないのかオロオロして碌に話を聞けていない。
「ダメやんか。こんな状態じゃ、話なんて全く理解してへんで?ホンマこれで大丈夫だと思っとるんか?」
この場で初めて口を開いた人族のソルベルド。
店主としては最も怪しい男がまさかSランカーだとは想像もできないのだが、憎むべき人族が妻をいつの間にか抱えているので、騎士の存在を忘れて思わず掴みかかろうと獣人ならではの瞬発力を活かして動くのだが・・・
「グッ・・・」
訳が分からない内に店の天井が見えており、指先一つ動かす事が出来なくなっていた。
「ホナ、これなら少しは落ち着いて話を聞けるでっしゃろ?三回同じ説明をしなくて済むように、しっかり対応頼んだで?」
人族の声が聞こえてくるので、話しぶりから騎士に何かされたのではなく声の主、人族に難なく対処されたのだと理解して愕然としている。
まさか人族程度に何をされたのか分からない状態で、完全に屈服させられるとは想像もしていなかった。
混迷を極めている店主をよそに、ソルベルドに話しかけられた騎士は再び同様の説明を繰り返すのだが、説明前にこう告げる。
「お前は理解できないだろうが、理解の範疇を超える存在は何処にでも存在する。良いか?聞こえていたと思うが三度目の説明はない。つまり、これからの話を理解できない時点で任務は失敗とみなし、罰を与える事になる。罰の内容は・・・想像に任せよう」
誰がどう考えても店主の妻に対して何かすると言っているので、全てが理解できないながらも妻の安全だけを願い必死で騎士の話している内容を理解している店主。
「・・・以上だ。冒頭に伝えたが、そう緊張しなくてはならい様な任務ではない。成功すれば担保も返すし、報酬も与える。必要な資材は店の前に置いてあるから状況に応じて使用しろ。では、健闘を祈る」
天井と共にかろうじて姿が見えていた騎士、人族のソルベルド、抱えられている妻が消えると突然体が動くようになる。
慌てて店の外に出ても妻を始めとして三人の姿は全く見えないので、こうなってしまうと言われた事を遂行するほかないと必死で店の外に並んでいた各種物資、酒、肉、甘味を店の中に並べ始める。
「これが人族にだけ効果がある痺れ薬か」
指令は、ここに来る一行のうち獣人族以外の行動を阻害する必要があるとの事で、獣人族がその他大勢の人族に強制的に連行されていると、全く事実と異なる内容の話を聞かされている。
対象が王位継承権を持つ王女だとは知らないまま、流石に渡された薬品が致死性の猛毒と事実を知らされては行動が不審になる可能性がるので、一般的に人族を嫌悪して行動できる範疇、今回で言えば痺れ薬程度であれば普段と態度が変わらないはずだと、ソルベルドの発案によって正確な薬品の内容は伝えられていない。
「同族を攫うような人族に少々の罰を与えるだけ。やってやるぞ!」
妻を取り戻すため、誤解ではあるが同朋を救い出すために行動すれば報酬まで得られると自らを鼓舞し、ターゲットの到着前に準備を終了するべく必死で行動し始める。
翌日・・・時折普通に食事をしに来る獣人には、今日は下準備に時間がかかるので休業だと伝え、その話を広めてもらうようにお願いしている。
作戦では匂いを撒き散らしてターゲットを誘導するところから始める必要があったので、匂いにつられて獣人がこの店に来てしまっては、ターゲットの為に準備した薬品入りの各種食事、酒を口にしてしまい無駄に消費し、作戦時には物資が不足する事を防ぐためだ。
こうして作業を続けていると、予定通り聞かされていた風貌の一行が店にやって来た。




