(71)ミュラーラ公爵
伊達に爵位を得ているわけではないミュラーラなので、聖母リリエルに対抗するのが厳しいと仄めかしている陰のソルベルドの言葉を正確に理解し、それならばリリエルの行動を阻害するのではなく逆手に取れば良いと考える。
ソルベルドとしても負けはないが勝利も無い相手に力を削ぐより、混乱を維持した上で戦場に赴きたい気持ちが強いので、ミュラーラの提案に異を唱える事はない。
リリエルは国家の混乱を把握してはいるのだが、目の前の範囲で出来る事をするだけだとの信念で活動しているので、組織的な動きに対して何かをする事はなかった。
とは言っても、過去の経験から通常であればある程度の時間奉仕活動をすれば状況は安定し、他国なりに移動できていたのだが、ミュラーラの策略もあって常にけが人が量産されている状況で事態は改善しない。
当然町の状況、治安も悪化したままなのでこのままでは苦しむ人が増えるだけだと、ギルドを通して【黄金】に助力を求めていた。
公爵家の力があれば国内に存在しているギルドの情報など容易く入手できるので、リリエルから【黄金】一行に助力の依頼が飛んだことも直ぐに把握する。
「ソルベルド。リリエル絡みでもう一つ動きがあった。どうやらあの有名な【黄金】一行に助力を願い出たようだぞ。荒れた町の改善なのか、戦場を治める為かは不明だが、何れにしても此方の動きを阻害する方向なのは間違いない」
「そうでっしゃろな。しかし【黄金】。ははははは、あの名前だけの期待外れの連中。ここは寛大な心で挨拶でもしたろか?」
「・・・止めはしないが、もう一つだけ情報を付け加えておく。逃亡したハルナ王女の消息はつかめていなかったが、【黄金】のいる王国シャハで確認されている。おそらく【黄金】に庇護を求めたのだろう。あの連中に挨拶するのは勝手だが、行動を共にしている可能性が高いハルナ王女だけは始末せずに確実に連行しろ」
「ワイは戦場で暴れられればそれで良いから、問題あらへん。場合によっては目障りな【黄金】も始末しても良いでっしゃろ?」
「あぁ。ハルナ王女が無事であればそれで構わない。王位継承に必要な指輪を持っている人物を制御できれば、この国は我が手に入るからな」
国家を統治するなど面倒くさいと思っているソルベルドなので、互いに同じ利権を奪い合うような関係ではない為に問題なく話しは進む。
「ホナ善は急げや。早速行って来るで?」
たとえ距離があろうがあり得ない速度で移動できる実力があるのがSランカーなので、自分の常識で行動を推し量る事は出来ないと把握しているミュラーラ公爵は黙って見送っている。
「此方は別に動く必要があるな。今の状況は・・・」
都度報告が上がってくる他国侵略状況の書面に目を通しているミュラーラ公爵は、内容を理解すると自らの関与を隠している為に証拠隠滅として全ての書面を焼却する。
「思った通り、リリエルのおかげで戦力が極端に減る事はないな。逆にこのまま侵攻して完全な領土としてしまうのもアリだろうか?」
けが人をあり得ない力で癒し、再び戦場に向かわせている状況の為に戦況は極めて良く、理不尽な侵略ながらも一つの領地となり得る範囲の戦果を挙げられそうなほどになっていた。
欲が出てはいるが目的はあくまで国の実権を握る事なので、状況が複雑になり収拾がつかなくなる事を恐れて余計な事はしなかった。
さらに数日経過すると・・・
ソルベルドが不満そうな表情で戻ってきたので事情を聞き、新規加入したミランダを含む【黄金】、同行しているスロノ、更にはSランカーである魔道リューリュを伴ってハルナ王女が移動している事を知る。
ハルナ王女が同行している事は想定出来ていたが、直接対峙したソルベルドから得た情報で確定している。
情報を得たミュラーラ公爵の考えでは、【黄金】が王国バルドに到着後、ソルベルドの力でリリエルが手を出せない何らかの手法、時間やら場所を厳選して一行を始末しハルナ王女を監禁する予定であり、ついでに指輪も得ようとしている。
王族ではない為に正式な国王として認められない可能性は高いのだが、元より王族になるよりも国家の実権を握る方に重きを置いているので、王位継承に関する指輪も手に入れればハルナ王女を制御し易いと踏んでいた。
ひたすら己が強さを追い求めて周囲の犠牲を厭わないソルベルド、目の前の存在だけでも救いたいと善意から必死で癒しの活動を行っているリリエル、国家掌握だけを夢見て民を無視した行動を行っているミュラーラ。
混沌としている王国バルドに【黄金】一行やスロノ、王位継承権一位であり継承に必要な指輪を持っているハルナ王女、Sランカーである魔道リューリュが向かっている。
「公爵。正直ワイ一人でSランカー二人を直接同時に相手にするのはしんどいで?そのうちの一人、リリエルは相性が悪すぎや」
頂点を目指してはいるが、志半ばで消える事は絶対に認められないので、現状の戦力を正確に把握しているソルベルドはミュラーラに対策を依頼する。
「では、騎士隊を投入するべきか?」
「そうやないわ。あいつ等はワイ程の移動速度やないさかい、道中の町やら村やらに足止めさせれば良いんや。そこで毒なり罠なり、流石にリューリュには効果はないかもしれへんが、他の雑魚共を始末する事は出来るんちゃうか?」
「そうか。そうなると残るは魔道リューリュ。結局二対一になるが、その時こそ騎士隊の出番か?」
「最悪はそうやろな。毒やらでリューリュが始末できず共離脱させればラッキーやが、事態は最悪を想定する必要があるのは常識や」
勝手な欲望を達成するための障害を排除する為に、二人は作戦を練った上で即実行する事にした。




