(67)Sランカーの実力①
ドロデス一行の想像通り敵対する為に現れ、勝手な事を言い続けている陰のソルベルド。
流石に同格がいる以上は余裕を持って対処するのは厳しいと思いつつ、腰を落として槍を曲芸の様に振り回した後に“武人”と思わせる美しい刺突の構えに移行した。
高速回転している槍の風圧だけで、身体能力が上がっているわけではないスロノやミランダはふらついている。
まるで“ピシッ”と音が聞こえそうなほど滑らかに動から静に移行したソルベルドに見惚れてしまった【黄金】の男性陣三人。
武に対して特段思い入れの無いスロノやミランダ、ハルナ、リューリュはそのような事はないのだが、流石に簡単に倒せる相手ではないのは嫌でも理解している。
「ま、気を付けなあかんのはリューリュだけでっしゃろ?他は雑魚。何故か無能も一人紛れとるし、ワイの実力から考えれば楽勝なのは間違いあらへ・・・」
陰のソルベルドが自信満々に口上を垂れ流している最中、敵対すると明言した相手の話を聞き続ける必要はないとばかりに、事前に話していた通りにスロノとミランダが魔術で攻撃する。
ソルベルドの動きに飲み込まれていたわけではない二人なので即攻撃できたのだが、この行動を事前に聞いていなかったリューリュも追随する様に魔術を展開する。
三人共に炎の魔術を行使しているのは氷やら風やらの魔術を使っても攻撃力の観点から大ダメージを負わせる事は出来ないと考えており、逆に炎の魔術であれば多少避けられても高熱の余波でダメージを与える可能性がある上に間違いなく普通の槍ではないが武器にも少なからず損傷を与えられると考えた。
損傷が無くとも高熱になればそれだけ保持するのも大変になるので、氷の魔術で手から離れないよりも熱くて持てない方がより効果的だと瞬時に判断していた。
三人の誰かが炎と相反する氷の魔術を使用しては相殺されて何が何だか分からなくなっていた可能性は高いがスロノとミランダの息は合っており、二人の術を見て逆効果にならない術をリューリュが即座に判断して行使したのは経験によるものだろう。
リューリュが風の魔術を使わなかったのは想定した以上に炎の威力が大きく、ここで風の魔術を使った場合に抑えきれない二次被害が発生する可能性が高いと判断した為だ。
空中への退避もさせないとばかりに半球状の炎がソルベルドを中心に形成され、球状内部には攻撃対象しかいない事から余計な調整は不要とばかりに徐々に球の径を小さくしている。
実は最も内壁側の炎はスロノの魔術であり内径を小さくしている調整自体が今できる最大の技量を少々逸脱しているのだが、その外側で同じ術を行使しているミランダがスロノの炎を優しく内径側に押し込むように調整している。
一瞬でそこまで理解したリューリュも、最も内側の溢れんばかりの豪炎の調整を補佐するかのように、最も外側の球を形成している炎を内部に押し込んでいる。
と当時に、内側の二つの炎の影響が自ら行使している最も外側の炎の外に溢れない様に制御するほどの技量を見せているが、魔術に関して詳しく知る由もないドロデス達ではその事実には気が付かない。
「こいつは・・・決まったんじゃねーか?」
単純に豪炎球が見えておりその球がソルベルドを包むように包囲した上で縮小している為、どう考えても作戦は成功したのでは・・・と呟いてしまうドロデス。
これがフラグになったわけではないがそう簡単に敗北する人物がSランカーに成れるわけも無く、突然リューリュが術の発動を止めるようにミランダとスロノに告げる。
「二人共、術を止めて警戒して!」
理由を聞く程悠長な状況ではないのは即理解し、言われた通りに術の発動を止めて周囲に視線を移すスロノ、ミランダと、とある一点を見ているリューリュ、そして術が発動していた場所には内部の草木は消失しているがソルベルドだったモノの一切がないのでどうやって逃げたのかは分からないが、攻撃は失敗したと悟った【黄金】の男性陣三人。
「どうやって逃げやがった、あのクソ野郎!」
同時に警戒態勢に入って周囲を見るのだが気配を掴めるわけも無く、唯一ソルベルドの気配を掴んでいたリューリュが警戒している方向にいるはずだと視線を向ける。
「な!?」
熟練の冒険者であり一般的には到達できない領域のレベルを持つと言われているドロデスでさえこの緊迫した状況下で思わず驚愕の声を漏らしてしまったのは、視界に入ったSランカーである“魔道リューリュ”が額から血を流したからだ。
「大丈夫よ。この程度はかすり傷。陰湿なだけあってコソコソ動くのは得意だったのを忘れていたわ」
「誉め言葉として受け取ったるわ。全く、折角ワイが話している最中に攻撃しよって、一瞬焦ったやないけ?それに雑魚二人の魔術持ちを庇いよって・・・折角の攻撃が台無しや!」
リューリュが視線を固定している大木の後ろから“ぱっと見”無傷のソルベルドが出てきたので、再びドロデスが心の内を曝け出す。
「クソ野郎、あれで無傷かよ?」
「そんな事はないわ。無傷なら隠れる必要が無いもの。手が濡れているでしょう?コソコソ隠れている間に回復薬を使っていたのよ」
二人のSランカーが言っている事は全て事実であり、ソルベルドが球体に囲われた瞬間にスロノ達がいない方向の炎の壁に向かって全力で攻撃して脱出した上で術の行使に意識を向けているスロノ、ミランダ、リューリュに攻撃を仕掛けていた。
だがあれだけの炎の球から脱出するのに無傷とはいかず、槍による高速の刺突によって炎の無い空間を一瞬作って脱出したのだが、それだけで槍自体にダメージは無いながらも伝わる熱で手に大きな火傷を負っていた。
その状態で攻撃していた為か本来の威力ではなく、ある程度術に意識を向けているリューリュが一瞬遅れて別の魔術でスロノとミランダを助けたのが真相だが、【黄金】の近接戦闘三人は今の状況が把握しきれなかった為に何もできる事はないと悟ってしまった。