(61)よくわからない状況
有り得ないほどの力を持ち、更にギルドマスターからの信も厚いドロデス率いる【黄金】に平然とケンカを売っている行商人。
流れ的には有無をも言わさずに修練場に連れていかれてボコボコにされるだろうと大半の冒険者が思っていたのだが、その予想と真逆の事態が起こっている。
ある意味絡まれている【黄金】一向に対して、ギルドマスターが行動に制限をかけたのだ。
「おいおいシャール。お前、熱でもあんのか?それともこのクソ野郎に何か弱みでも握られているのか?」
ドロデスがこのように反応してしまうのも仕方がないのだが、それでもギルドマスターは視線を一切動かすことなく再びドロデスに対して警告する。
「止めろ、ドロデス。俺はお前達が大切だから言っているんだ!」
どうやらギルドマスターが弱みを握られているわけではないと理解したミランダが、あえてドロデスの少し前に出てこれ以上暴走しないようにしつつもギルドマスターと同じように目の前の不思議な存在に視線を固定しつつ口を開く。
「どうやら普通の方ではないようですね。それはそうですよね?平然と私達に訳のわからない事を告げてくるのですから、普通である訳がありませんね」
「えらい買ってもらって少し恥ずかしいんやけど。まぁ、おおきに!」
ミランダは褒めているわけではないのだが、今の反応を見てこの男を挑発するのは不可能だろうと判断したのかため息をついてギルドマスターに視線を移している。
「ギルドマスター。あちらで少しお話をしませんか?あっ、先ほどのあなたの独り言は検討の余地すらありませんので、その無駄な黄金も仕舞ってくださいね?」
只者ではないと理解したうえで明確にお願いを断りこの後に交渉の余地を残さない状況にしたミランダと、その程度は理解している行商人の男。
「・・・姉さんは見かけによらず行動力があるんやな。まぁ、ええやろ。焦る必要はあらへんし、今日は一旦引きましょ」
殺気を飛ばしているドロデス達を目の前にして、無防備に背中を向けて平然と出て行った姿を見送る。
「ふぅ~」
ギルドマスターが深いため息をついた後に顎でついてくるように指示を出したので、共に移動する【黄金】、スロノ、ハルナ。
スロノも今の流れであの男が相当な実力者であることは認識したのだが、今は高い能力がある状態ではないので過去の経験と今の流れでそう判断しただけだ。
「座ってくれ」
「おい、シャール。何故止めた?あいつは過去お前からの依頼を遂行している時に背後から攻撃してきやがったクソ野郎だぞ?」
「今その証拠が明確にあればなんとかなるが、あの場でそこまで追求しなかったということは証拠がないのだろう?だとしたら、こちらの立場が悪くなるだけだ」
「シャールさん。あの男が相当な実力を持っているのか権力を持っているのかはわかりませんが、私達の立場を不利にしないように立ち回っていただいた事は感謝します」
「そう言ってもらえると何よりだ。それとな?何故接触してきたのかは不明だが、今後のこともあるだろうから明言しておく。あいつはお前等が想像しているレベルのはるか上を行く実力と権力を持っている」
ギルドマスターはこの切羽詰まった状況で冗談を言うわけではないので、これだけでは良くわからずに続きを催促するかのような視線を全員が向けている。
「あいつは、陰のソルベルド・・・こう言えばわかるだろう?この町に来るときはいつも行商人の格好をしてくるんだが、訪問する場所で立場を使い分けているようだ。まぁ、そのために存在が不確かという流れであの二つ名になったんだがな」
「あのクソ野郎がSランカーかよ?強さなんざ微塵も感じなかったぜ?」
「だからこそ別格なんだよ。確かに俺も本人を知っていなければ、ドロデスと同じことを言っただろうな。だが、今言った話は全て事実。あいつはSランカーの陰のソルベルドだ」
人の域をはみ出している別格の存在が禁忌を平然と実行する事実に愕然としているのか自分達では手も足も出ないと思っているのかは不明だが、茫然としているドロデス、ジャレード、オウビ。
スロノ、ミランダ、ハルナは今のところ多少の動揺はあっても比較的冷静なので、スロノが気になったことを口にする。
「あの、すみません。今話に出てきたSランカーは<槍術>を持っているのですよね?武器を携えているようには見えませんでしたけど。過去のことなので不正確ですが、俺が会った時も今と同じように武器は何も持っていなかったような・・・」
「あいつらレベルになると武器の有無はあまり関係なさそうだ。それに基本的には種々の事情によってギルドから相応の品が与えられている。特殊な武器で見えないように携帯できる」
「そうですか。ありがとうございます、ギルドマスター。ドロデスさん達、大丈夫ですか?なぜ陰のソルベルドが依頼を断るように言ってきたのかはわかりませんが、今後どうしますか?あっ!依頼を実行しないと言うわけではなく、このまま向かうのか少し様子を見るのかですよ?」
相手がSランカーだとしても訳のわからないことを言われて言いなりになる選択肢はないので、勘違いされる可能性があると思い至ったスロノは少しだけ慌てている。
と同時に、やはりスロノ自身が行商人に扮したソルベルドと接触した際の状況はスロノ自身が能力を使った気配を察知したのだと確信し、今後は周囲にも注意を払う必要があると考えている。
「そうだな。悪りーが少々頭に血が上っちまっているからな。今は何をするにも冷静な判断ができねー。確かにSランカーを相手にするには相当危険・・・いや、はっきり言って勝負にならねーからいくら理不尽であったとしても耐えなくちゃならねーが、冷静でない今の状況だとあいつが視界に入った瞬間に攻撃しちまいそうだからな」




