(57)過去の話
「そうだな。ミランダが加入した時のことを覚えているんなら話は早えーな。今だから言えるが、実はあの時は心の疲労だけじゃなくって実際に負傷していた」
「え?今は大丈夫ですか?」
「あぁ、今は全く問題ねーよ。そこは安心してくれ、スロノ」
仮に今も引きずるような怪我であれば自分が治そうと思っていたスロノだが、その必要はなかったようだ。
「んでな?あん時説明したとおりに色々と荒れていた町に行って精神的に疲れたのも嘘じゃねーんだが、その活動をしているときに今スロノが話していたような胡散くせー行商人が居やがったんだ。同一人物かはわからねーが、瞬間移動と間違うほどの速度で移動できる行商人が早々いるわけねーから、そこを踏まえるとよ?」
自分の能力については相当ごまかして過去の話をしていたスロノだが、【黄金】達にとってみればスロノの話はスロノ自身に高い能力がないと成立しない状況であったとしても疑う余地がないので普通に話が進んでいる。
「んで、俺達が復興、暴れているバカ共の鎮圧、教育と色々苦労しているときにそいつは平然と商品を売っていたんだぜ?そん時は忙しくて違和感を覚える暇はなかったが、今考えればそんな荒れた場所で行商人が平然と商売なんざできる訳はねーんだよ」
話しながら過去を正確に思い出しているのか、三人の表情は厳しいまま固定されている。
その後もドロデスの説明が続いたのだが、今の時点で冷静に思い出せば謎の行商人はドロデス一行が実力行使に出る際には必ず近くにおり、間違いなく観察していたとの確信に至る。
「そんでよ?いよいよ最大勢力にお仕置きをするときもそいつは居たんだが、俺達にとってみれば戦闘時には必ずいる観客みてーな感じになっていたわけだ。んで、いくら数がいようが雑魚に後れを取るわけじゃねーんだが、最後の連中をシバキ上げ終わった直後にあの野郎が背後から突然攻撃をしてきた」
正直油断と言われればその通りなのだが、逆に言えば行商人がドロデス達を油断させるほどに用意周到に行動していたとも言える。
「情けねーが、俺達は無防備の状態で背後から一撃を入れられちまってよ?誰も動けなくなっちまった後に、あのクソ野郎は倒れている俺達を見下ろしてこう言いやがったんだぜ?【黄金】の名前に相応しくない弱者だってな!」
「随分と卑怯な奴ですね。でも、いくら油断していたとは言ってもドロデスさん達に動けなくなるほどの一撃を叩き込める行商人・・・存在しますか?」
「実はこの町に戻ってきてから、ギルドマスターに正直に説明して調査を頼んだんだがよ?そんな行商人の情報はねーんだよ。まっ、当たり前だな。そんな中で今のスロノの話が出たもんだから、少し熱くなっちまったな」
「そうですか。でも動けなくなるほどの一撃って、本当に今はどこも痛くないですか?」
「はっ!そんなヤワな鍛え方はしてねーよ!と言いたい所だがよ、その一撃が思いの他内臓に来る一撃だったみてーでよ?今だから正直に言うが、ミランダと組んで活動している時、あまりにも痛てーから治療を受けることにしたんだ」
「ごめんなさい。私、全然気が付かなかったなんてメンバー失格ね」
「いやいや、そこは俺達の演技力が凄げー!って、褒めるところだぜ?ミランダ」
落ち込むミランダを励ましつつもこんな中途半端で説明を終えては余計にミランダが心配すると知っているドロデスは、自分達の恥と言えなくもない説明を続ける。
「んでよ?精神的に疲れたからって理由で町日依頼を受けていた訳じゃねーだろ?そん時にギルドマスターに頼んで高レベルの<回復>持ちに依頼をしたわけだ。数人試したが正直多少良くなっている感はあっても完治はしなかったんでよ、一生このままかと諦めていた所で朗報があったんだ」
曰く、この大陸に存在している五人の別格の存在、人ならざる力を持っている五人のSランカーの一人である“聖母リリエル”の二つ名を持つ存在とギルドマスターがコンタクトを取って、<回復>Sの力で完全に癒してもらったとの事だ。
「それは良かったですけど、Sランクになると能力も公になるのですか?」
「あぁ。ギルドがSランクと認めるし、そこまでの実力になると能力が知られようが不届きな第三者に襲われても迎撃できるからな」
「あの・・・<回復>の能力でも迎撃できるんですか?」
「そりゃーそうだろうよ。レベルSの能力を持つSランクは伊達じゃねーよ。俺達も初めてSランカーと接触したがよ、ありゃー人の皮を被ったバケモンだぜ?聖母リリエルなんて呼ばれちゃーいるが、俺でも、いや、俺達でも勝てねーだろうよ」
スロノは<回復>を持っているのだがその能力だけでどの程度の戦闘能力があるのかわかるわけもなく、一般的な知識から想像して疑問に思っただけのだが、まさかドロデスがあっさりと勝負にならないと断言するとは思っていなかった。
「それほどですか!俺も実際にお会いしてみたいですね。今はどこにいらっしゃるんですか?」
「それはわからねーな。化けモン共は好き勝手に行動しているらしいからな。まっ、そんなわけで今の俺達は健康そのものってわけだけどよ、スロノの話に出てきた行商人。俺達を攻撃してきたクソ野郎も訳のわからねー訛りが入っていやがったからよ、思わず嫌な思い出を思い出しちまったぜ」
ドロデスの口からは出てこなかったが、回復に際してSランカーへの指名依頼なので相当な金額を支払う可能性があったのだが二つ名の通り聖母のような性格のようで、移動に必要だった最低限の経費のみの支払いで済んでいた。
「正直いつかは俺達もレベルS・・・なんて思っていた時期もあったが、本物を目の当たりにして流石に壁は高けーと思い知ったわけよ。そんな連中だから相当傲慢かと思いきや、正しく聖母だったな」
ウンウンと頷いているジャレードとオウビなのだが、スロノとしては一部釈然としない部分があったのか少し首を傾けながら思ったことを口にする、
「いくら油断があったとは言ってもSランカーに癒して貰わなければ回復できない攻撃ができるなんて、その人物もSランカーなんじゃないですか?」