(54)若手の貴族と護衛②
【黄金】やスロノ、シャールであれば本当の護衛の存在もしっかりと気が付きながらも彼等に二人の貴族を救出するような動きがない事も把握しているのでそこをつつくような事はしないのだが、騎士達も自分達の存在は気が付かれているだろうとは思っている。
スロノに気が付かれているかはさておき、【黄金】やギルドマスターであるシャールの実力を理解していればそこは間違いないと言う事だけは分かっている中で、この時点で自分達に火の粉がかかっていない事から見逃されている事も把握している。
そうこうしている内に逃亡する事が出来なかった二人が闘技場に上げられており、無意識に後退りしているが背後に複数の冒険者が逃亡を防ぐために待ち構えており、彼等から容赦なく背中を押され続けているのでそれ以上動く事が出来なくなっている。
「ま、待て!スロノと言ったな。わかった。今回は俺達の負けを認めてやる!」
「その通りだ。お前の実力は理解した。ある意味こいつ等が不甲斐ないと言えなくもないが、ある程度の実力がある事は把握できた。もう十分だ!」
勝手に完結している挙句にどう考えても相当過酷な修練を積んでいると容易に想像できる三人をこき下ろしているので、スロノとしてもこのまま見逃すと言う選択肢はなくなってしまう。
いくら言っても表情も変わらずに徐々に近接している事から貴族の二人は焦るが、未だに相当上から告げている。
「聞いていないのか?今回は負けを認めてやると言っているだろうが!もう試合は終わりだ。これ以上無駄な事をする必要はない」
「そうだぞ。それに潔く負けを認めてやった俺達に追撃などしてみろ!貴族としての立場があるからな。どうなるかはお前程度でもわかるだろう?」
当初【黄金】に話しかけていたような殊勝な態度は見る影もないままに二人は最大限に譲歩しているつもりなのだが、この発言が心底スロノだけではなく周囲の冒険者達の神経を逆撫でしている事には気が付かずに、無駄に焦っている。
本来の護衛である騎士もこの言動は無いだろうと呆れており、このまま当主になってしまっては領地の民だけではなく他の騎士達からの信頼や忠誠を得る事が絶対にできないと思い、良い矯正の機会だと捉えている。
「わ、わかった!こうしよう。そこに倒れている無様な三人をお前にやる。それで良いだろう?」
「そうだ。それが良い。だからこれで全て水に流してやる。負けを認めて、戦力も譲渡してやるんだ。これ以上の事を望むのは不敬だぞ?」
次から次へと勝手な事を言っているので、完全に呆れてしまったスロノ。
そもそもこの二人が暴走してこの状況に至っているのだが、その二人の命令を聞いて必死で戦っていた三人を容赦なく切り捨てる事が出来るのだからここで多少痛めつけても反省などしないだろうと思ったスロノは歩みを止める。
「シャールさん。対戦相手にもならない連中が負けを宣言していますので、これで終わりにしても良いですか?」
「・・・あぁ。スロノが良いなら構わないが。一応念を押しておくぞ?コレはお前等二人が吹っ掛けてきた喧嘩だ。その結果手も足も出ずに疑いの余地が無い程完全に負けた。これ以降一切文句を言うんじゃないぞ?」
二人の貴族はこの場さえ乗り切ればその後は更に屈強な護衛を引き連れて如何様にでも報復できると信じて疑っていないので、シャールの言葉をすんなりと受け入れる。
「「わかった」」
「それは何よりだ。じゃあ、冒険者の資格は宣言通りに今をもって剥奪する。今後何をするのか知らないが、冒険者達に余計な事をした場合にはこの俺が直接指導しに行くからな。良く覚えておけ!」
「お~い、そこにはギルドマスターだけではなく、俺達【黄金】も加えておいてくれや!」
報復を企んでいる事など誰にでもわかる程傍若無人な振る舞いであった事から、万が一の事態が起きた際にはギルドマスターに加えて【黄金】も報復すると宣言されてしまっては黙り込むしかない二人。
「おいおい、一気に大人しくなったな。やはり報復を考えていたか?浅はかだが、これでお前の本当の力を理解する事が出来ただろう?それに忠臣とも言える三人をあっさりと切り捨てるあたり、護衛の立場からして見れば守るべき存在になり得ていないと言う事も教えておいてやろう」
貴族の二人にしてみれば何を言っているのか完全には理解できないのだが、シャールのその視線は一瞬本来の護衛である一般人の振りをしている騎士達に向けられていた。
この状況でも二人を助けるために動いていない存在がこの場にいる事を暗に告げており、このままでは貴族としても立ち行かなくなると幼い二人に対して最後の指導をしてあげているのだが、今の時点ではその真意に気が付く事は出来ていない。
「で、本当にこの三人はこちらで預かって良いのだな?」
未だに意識を取り戻していない護衛三人の処遇について確認するシャール。
「と、当然だ。俺達貴族に二言はないし、その程度の力しかない護衛であれば全く必要としていないからな」
「俺も不要だ。煮るなり焼くなり好きにすれば良い!もう行くぞ!」
護衛対象としてそれなりに敬意を持たれる行動を取らなければならないと言う、非常にありがたい直前のアドバイスは全く届いていないと理解したシャールは肩をすくめる。
「まっ、あんな連中はどこにでもいるだろう?最後のアドバイスも届いていないのには驚いたがな。はっきり言うと矯正は難しいんじゃねーか?」
ドロデスを先頭に【黄金】とハルナが闘技場に上って来て、疲れた表情を見せるシャールを労いつつもスロノの近くに移動する。
「スロノ君。心配していなかったけど凄いじゃない?私が見た感じでは相当手加減をしているように見えたわね」
三人の様子を確認し、単に気絶しているだけだと即座に理解した上でこう告げている。