(29)ミランダ開眼③
ギルドマスターの言葉を聞き、更には有り得ない程の獣や魔獣が向かってきている現実を直視し、嫌でも緊張が高まるこの場の面々。
そこに【飛燕】のメンバーである一人がこう告げる。
「俺は、いや、俺達は正直この崖下にさえ届く攻撃手段を持っていない。せいぜいその辺りにある岩を投げる位だ」
戦力として数えられては困るとのっけから宣言しているのだが、【飛燕】としては有り得ない程の力を持つ<弓術>Bを持つハーネルがいるので何も問題ないと思っている。
「そうね。遠距離を持っているのは私だけだから~。任せて!でも、報酬は私が7、貴方達が各1よ?」
しっかりと主張すべきは主張する冒険者としては正しい行動ではあるのだが、この短い時間でも振動や音は加速度的に大きくなっている。
「じゃあ、早速一撃行っちゃおうかしら~」
軽い感じで弓に矢をつがえて放つと、大きな光を纏って突進してくるはるか遠くの群れの先頭に着弾して爆発する。
「どんどん行くわよ~」
何となく気が抜ける声とは裏腹に、確かに<弓術>B上位の力は伊達ではないと思わせる実力を如何なく発揮して見せたハーネルなのだが、何事にも限界はある。
余りの大群に対して持っている装備・・・矢が不足し始めて、眼前の崖下を通過する魔獣の数が目に見えて多くなっている。
残り数人の遠距離攻撃を持つ者達全員が<魔術>を必死で行使し、【飛燕】の男組も岩を崖下に投げ入れているのだがはっきり言って焼け石に水であり、ついに頼みの綱のハーネルの矢が尽きる。
「もう私は無理ね~。でも随分と間引いたでしょ?これで大丈夫じゃない?」
あっけらかんと言ってのけるのだが今尚崖下の魔獣や獣の流れは止まる事は無く、ギルドマスターはこれでは町は全滅だと確信したのか覚悟の表情で自爆覚悟でミランダに声をかけようとするのだが、それよりも早くスロノがミランダに軽い感じに声をかけていた。
「ミランダさん、最初は本当に軽く!軽くですよ?」
今更腰が引けているスロノなのだが、冷静に考えれば自分の調子を確認させるだのなんだの言い訳をしてこの時間に自分の能力を確認させれば良かったと思い至ったのだが、今更後の祭りだ。
「うん。わかったわ、スロノ君。じゃあ行くわね。最初は軽く・・・得意だった炎で行きましょう!」
右の掌を開いて天に突き出し、その上に一瞬で青い炎が立ち上る。
ミランダは<魔術>が暴走しない事に対してはこの極限状態の場では気にならなかったらしく、そのまま炎を投げるように崖下に向けて手を振り下ろす。
―――カッ―――ゴゴゴォ―――
魔法発動までの時間が極めて短いながらもたったこれだけで崖下は地獄絵図になり、相当高い位置にあるミランダ達がいる場所にも激しい熱風と言う攻撃がやってくる。
「熱っ、おい、何しやがる!!」
いつもの術の暴走かと思った【飛燕】の男が文句を言うのだが、正確に今の事象を把握したギルドマスターは慌てて崖下をのぞき込むと・・・
溶岩の様になっている道と、後からそこを通過しようとして勝手に息絶えて行く魔獣の群れが見えた。
このままの状態であれば後から来た群れの死骸によって通過可能な道が出来て後続の群れがこの場を通過できる可能性が高いので、未だにこちらに向かっている本隊の様な場所に強めの魔術を行使する様にミランダに告げる。
「ミランダ。今尚向かってきている群れに対して今の術を遠慮なくぶっ放せ!」
能力暴走の話し、証言までしっかりと把握しているはずのギルドマスターからもお墨付きを貰えたと思ったミランダは、嬉しそうに頷くと今度は両手を開き天に突き出す。
「お、おいおい・・・なんだこれは!」
【飛燕】の誰の声かは分からないが、この場にいるスロノ以外はミランダの手の上に出現している高濃度の炎に驚愕する。
見た事もない様な力を内包しているのは誰の目からも明らかなのだが、更に驚くべきところは完全に術の制御が出来ているので、攻撃姿勢に移っていない今の状態でとてつもない力を内包しているのが明らかな炎の魔術から一切の熱を感じない。
「お前・・・いつの間に術を制御できるようになったんだ?」
思わず漏れる一言だが今は悠長に会話をしている時ではなく、当然ミランダも攻撃に対して意識を集中しているので答える事は無く一気に術を発動する。
手を魔獣が津波のように襲い掛かってきている方向に向けると手の上で揺蕩っていた炎は一気に放射線状に広がって飛んで行き、群れが最も密集している部分に着弾してその行動を阻害する。
―――カッ!・・・ゴォー―――
巨大な炎の壁が出来上がり、その壁を抜けてくる魔獣は一切見る事が出来ない。
「さ、流石だな、ミランダ。これで町は助かる。既に抜けて行った魔獣がいるが、あれだけならば防壁で持ちこたえる事も出来るし居残り組で大勝する事が出来るだろう。お前は町の英雄だ!」
【飛燕】の四人、特に同じ遠距離攻撃を得意としているハーネルはギルドマスターの言葉に対して不満そうな表情をしており、実はスロノも完全に燃えカスになってしまっては能力を収納する事が出来ないと少々不満ではあった。
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