(216)本の真実
既に闇ギルドに戻ってもこの本に関する情報は無く知る術はないが、能力を与える力を蓄積するフェーズに入るには能力を得ようとする存在と同種の血液付着が必要になる。
能力を得る対象が獣人族であれば獣人族の血液が必要になるのだが、今回は書籍を投げつけられた使用人ネバガの額に当たった際の出血が付着している為に人であるエルロンも能力を得る権利は持っている。
更に若干異なる模様が相当なページに記載されているが、実は見開き状態では同じ模様となっておりページをめくる事で異なる模様が描かれている。
この模様こそが得られる能力を示しており、全てではないが模様に対する能力一覧が記載されていた書面も持っていた闇ギルド。
相当な情報収集能力なのだが、エルロンが組織を掌握して暴走したおかげで前ギルドマスターのラルドが丁寧にまとめていた資料は最早見る影も無い。
そして得られる能力のレベルだがコレは力を蓄積するフェーズに入ってからどれだけの量を蓄積できるかによって変動するので、ここから半日程度生物を飲み込ませ続ければ最大レベルのSを得る事が出来るが・・・SSやExにまでは至らない。
蓄積される時間が経過した後に本が大きく発光するので、その際に数分以内に本を持ち目的の能力が描かれたページを捲り維持する事で本に触れている存在一人に対して応じたレベルの能力が与えられる。
能力が与えられた人物に対する直接的なリスクは皆無だが、そこに至るまでに相当な生命を糧にさせている所から恨まれる可能性はある。
そんな事はエルロンには一切関係ないし情報も無いので理解の範疇ではなく、先ずは本当にテヘランが消えるのかを真剣に見ている。
餌としてぶら下げた報酬と共に今後の作戦から除外する所はその通りにするつもりであり、余りにも使えない手駒が消えようがどうでも良いと思っている。
とは言え報酬に関して言えば命を見逃す事が該当すると思っており、自らの懐を痛めるような行動をとるはずがない。
「おい!あと五秒以内にこっちに来なけりゃー、報酬も無ければ見逃す事も一切ねーぞ?」
覚悟を決めたと言っても直接的な荒事の経験がないばかりか、立場を笠に手下だけに負荷を負わせていたテヘラン侯爵の動きは極めて遅い。
何せ人が消え去る現象を連続して目撃してしまった事もあって、侯爵と言う立場があろうが間違いなく自分自身も消えてしまうと理解した為にこうなるのは仕方がないが、エルロンがそこを配慮する事は絶対にない。
そこにエルロンから最終通告とも言える宣言が来てしまったので、ぎゅっと目をつぶり一気に扉に向かって駆け抜ける。
「おぉー、正直眉唾だったがよ?この目で見ると信じざるを得ねーな。そうなると次は俺が得られる新たな能力が何になるのか・・・それと、そのレベルだな。精神系統を操作できる能力であれば、あのクソどもに乱心してもらうのも手だな」
【黄金】を始末する手段の一つとして一行には自ら手を汚さずに町や国家自体で騒動を起こさせれば彼等が乱心したと思われ、国王や【黄金】を指示している貴族、更には民までもが恨みを募らせて攻撃する事は間違いない。
そこを高みの見物して互いに被害を受けた所で真実を暴露しつつも完全に始末してしまえば良いと思っているのだが、それだけの能力を得られる可能性は低いだろうと理解はしている。
「理想の実現は流石に厳しいだろうな。そこまで甘くはねーだろ。んで、何時までコイツに餌を与えりゃ良いんだ?」
何も現象に変化がない以上は自らが近接するわけにもいかないので、今後どのようにするべきか悩むエルロン。
「常識的に考えりゃ、俺の能力も相当な修練によってレベルを上げている。となると、与えるエサが大量であればある程能力のレベルも上がるんじゃねーのか?」
奇しくも過去の経験から能力を与える書籍に関する真実に到達しており、仮にこの仮説が間違っていたとしても自らが不利益を被る事は無いために早速行動に移す。
「俺がここに居ちゃ、餌が侵入できねーしな。面倒クセーが移動すっかよ?」
一先ず外に出て窓側からこの部屋に侵入しない限り自らも餌になり果てる可能性が高いので、外に出て元Sランカーの力で悠々と地上からかなりの高さにある窓から侵入する。
テヘラン侯爵では窓から脱出する事など検討する事も出来ない程の高さであるのだが、エルロンの実力があれば関係ない。
豪華な椅子を引いて無遠慮に座り、足を机の上に投げ出した後に大声で叫ぶ。
「おい!テヘランからの指示があるからこの声が聞こえた連中は直に執務室に来い!但し、入室はせずに扉の前で並んでおけ!俺はエルロン、暴風エルロンだ。お前等の主テヘランからとある指示を受けて来た。俺が把握している気配とこの部屋に来る人数に差異があった場合、テヘランと俺から相応の罰を与える。今回の命令は最重要事項だからな!今の作業は中断して直に来い!」
使用人としては突然の暴挙とも言える話しの内容に訝しむ者がいるのも事実だが、確かに主であるテヘランはここ最近エルロンと行動を共にしていた事があるのを把握している為に主の命令であればやむを得ないとゾロゾロと執務室前に集合している。
部屋の入口からある程度の長さまで列が続いた事を椅子に座りながらしっかりと把握したエルロンは、続いてこう指示を出す。
「先ずは先頭の二人、入室しろ。入室後に扉を閉めるのを忘れるな」
扉を開けてしまえば、列に並んでいる使用人が入室した使用人の姿を確認する可能性があり・・・その結果動揺が伝わって餌が逃走する事を防いでいる。
まさか生贄に出されると思っていない使用人達は、この時を境にテヘラン侯爵の邸宅から一斉に消え去る事になる。
「随分と・・・何処まで際限なく飲み込むんだ?気配からこの場には俺以外存在しねーから、これ以上出来る事はねーんだけどよ・・・俺が不在の間に何かしらに能力を付与しちまったら本末転倒だしな。暫くは様子見か?」